オヤジ達の白球(10)坂上の決心
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/35/02/e9c67224305b64b0a96d68fbe3cbfcef.jpg)
「その通りだ。晴天の霹靂だ。まさに予想外の出会いさ。
帽子を目深にかぶっていたので、最初は誰だかまったくわからなかった。
だけどよ。向こうから先に、丁寧に頭を下げてきた」
「むこうから先に頭を下げた?・・・ということはやっぱり例の謎の女か!」
「挨拶されて、顔を確認したとき、俺も腰が抜けるほど驚いた。
帽子の下の顔は、あの謎の女だった。
可愛い顔をしているくせに、ソフトボールの公式審判員なんかやっているんだぜ。
驚くだろうぜ、普通・・・」
「へぇぇ・・・・あの女が、ソフトボールの公式審判員ねぇ。
人は見かけによらねぇもんだ。意外だねぇ・・・」
坂上を囲んだ男たちの口から、なんともいえないため息が漏れる。
想定外の事実だ。
ふらりとあらわれる女から、健康的なスポーツの匂いは感じない。
むしろ。どこか暗い影さえ漂っている。
女のイメージと、公式審判員をしている姿がすぐには結びつかない。
「・・・で、どうした、そのあとは?」
熱燗を握りしめた北海の熊が、じりっと坂上へ詰め寄る。
「そのあと?。
そのあとも何も、あとは普通に、ソフトの試合をしただけだ。
あの女も球審したり、3塁の塁審なんかをしていたぜ」
「バカやろう。試合の事なんか聞いてねぇ。
謎の美人の公式審判員が、どこに住んでいるのか、どんな仕事をしているのか、
未婚なのか、バツイチの子持ちなのか、そういうことを俺たちは知りたいんだ。
そのあたりの情報はいったいどうなっているんだ?」
「何言ってんだ。知るわけがないだろう、そんな個人なことなんか。
親睦ソフトの大会にやって来た公式審判員のひとりが、例の女だったという事実だけだ。
悪いか。それ以上の情報を拾ってこないで?」
「やっぱりな」。あきらめの色が、男たちのあいだにひろがっていく。
「肝心なことがちっともわかっていねぇ。こいつに期待した俺たちが馬鹿だったぜ」
男たちがいっせいに坂上から離れていく。
熱燗をぶら下げた北海の熊も、「使えねぇな。救いようのない阿呆だ、この男は」
カウンターの定位置へ戻っていく。
「な・・・なんだよ。
みんなしていきなり、手のひらを反すようにいっせいに解散しやがって。
まるで俺が、何か失態をしでかしたみたいじゃねぇか」
「しでかしたんだよ、その失態を。いいか坂上。よく聞け。
みんなが聞きたいのは、なぞの美女の個人情報だ。
休みのとき、ソフトボールの公式審判員をやろうが、相撲の行司をやろうが
そんな事はどうでもいいことだ。
熊が言うように、もっとましな情報を拾って来い。
期待した俺まで、なんだか損した気分になっちまったぜ」
同級生の岡崎が、チェッと露骨に舌を打つ。
「そういうなよ岡崎。
話はそれだけじゃねぇぞ。実はいい話がもうひとつ有る。
耳よりの話だ。
こいつは間違いなく、ビッグニュースだ。
どうだ、聞く気は有るか?」
「耳よりの話がある?。しかも、ビッグニュース?。
大した情報も持ってこないピンボケ野郎のくせに、よく言うぜ。
まぁいい。同級生のよしみだ。
酒のつまみに聞いてやるから、小さな声で言ってみな」
「実はよ俺。一大決心をしたんだ」
「一大決心だって?。お前さんが?。へぇぇ珍しいことがあるもんだ。
昔から飽きっぽくて、何をやっても長続きしないお前さんが一大決心したのか。
面白い。興味があるねぇ。なんだ早く言え。聞こうじゃねぇか」
岡崎がグラスに残った日本酒を、グビッと音をたてて呑み込む。
(11)へつづく
落合順平 作品館はこちら
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「その通りだ。晴天の霹靂だ。まさに予想外の出会いさ。
帽子を目深にかぶっていたので、最初は誰だかまったくわからなかった。
だけどよ。向こうから先に、丁寧に頭を下げてきた」
「むこうから先に頭を下げた?・・・ということはやっぱり例の謎の女か!」
「挨拶されて、顔を確認したとき、俺も腰が抜けるほど驚いた。
帽子の下の顔は、あの謎の女だった。
可愛い顔をしているくせに、ソフトボールの公式審判員なんかやっているんだぜ。
驚くだろうぜ、普通・・・」
「へぇぇ・・・・あの女が、ソフトボールの公式審判員ねぇ。
人は見かけによらねぇもんだ。意外だねぇ・・・」
坂上を囲んだ男たちの口から、なんともいえないため息が漏れる。
想定外の事実だ。
ふらりとあらわれる女から、健康的なスポーツの匂いは感じない。
むしろ。どこか暗い影さえ漂っている。
女のイメージと、公式審判員をしている姿がすぐには結びつかない。
「・・・で、どうした、そのあとは?」
熱燗を握りしめた北海の熊が、じりっと坂上へ詰め寄る。
「そのあと?。
そのあとも何も、あとは普通に、ソフトの試合をしただけだ。
あの女も球審したり、3塁の塁審なんかをしていたぜ」
「バカやろう。試合の事なんか聞いてねぇ。
謎の美人の公式審判員が、どこに住んでいるのか、どんな仕事をしているのか、
未婚なのか、バツイチの子持ちなのか、そういうことを俺たちは知りたいんだ。
そのあたりの情報はいったいどうなっているんだ?」
「何言ってんだ。知るわけがないだろう、そんな個人なことなんか。
親睦ソフトの大会にやって来た公式審判員のひとりが、例の女だったという事実だけだ。
悪いか。それ以上の情報を拾ってこないで?」
「やっぱりな」。あきらめの色が、男たちのあいだにひろがっていく。
「肝心なことがちっともわかっていねぇ。こいつに期待した俺たちが馬鹿だったぜ」
男たちがいっせいに坂上から離れていく。
熱燗をぶら下げた北海の熊も、「使えねぇな。救いようのない阿呆だ、この男は」
カウンターの定位置へ戻っていく。
「な・・・なんだよ。
みんなしていきなり、手のひらを反すようにいっせいに解散しやがって。
まるで俺が、何か失態をしでかしたみたいじゃねぇか」
「しでかしたんだよ、その失態を。いいか坂上。よく聞け。
みんなが聞きたいのは、なぞの美女の個人情報だ。
休みのとき、ソフトボールの公式審判員をやろうが、相撲の行司をやろうが
そんな事はどうでもいいことだ。
熊が言うように、もっとましな情報を拾って来い。
期待した俺まで、なんだか損した気分になっちまったぜ」
同級生の岡崎が、チェッと露骨に舌を打つ。
「そういうなよ岡崎。
話はそれだけじゃねぇぞ。実はいい話がもうひとつ有る。
耳よりの話だ。
こいつは間違いなく、ビッグニュースだ。
どうだ、聞く気は有るか?」
「耳よりの話がある?。しかも、ビッグニュース?。
大した情報も持ってこないピンボケ野郎のくせに、よく言うぜ。
まぁいい。同級生のよしみだ。
酒のつまみに聞いてやるから、小さな声で言ってみな」
「実はよ俺。一大決心をしたんだ」
「一大決心だって?。お前さんが?。へぇぇ珍しいことがあるもんだ。
昔から飽きっぽくて、何をやっても長続きしないお前さんが一大決心したのか。
面白い。興味があるねぇ。なんだ早く言え。聞こうじゃねぇか」
岡崎がグラスに残った日本酒を、グビッと音をたてて呑み込む。
(11)へつづく
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