落合順平 作品集

現代小説の部屋。

オヤジ達の白球(10)坂上の決心

2017-05-17 19:50:56 | 現代小説
オヤジ達の白球(10)坂上の決心




 「その通りだ。晴天の霹靂だ。まさに予想外の出会いさ。
 帽子を目深にかぶっていたので、最初は誰だかまったくわからなかった。
 だけどよ。向こうから先に、丁寧に頭を下げてきた」


 「むこうから先に頭を下げた?・・・ということはやっぱり例の謎の女か!」


 「挨拶されて、顔を確認したとき、俺も腰が抜けるほど驚いた。
 帽子の下の顔は、あの謎の女だった。
 可愛い顔をしているくせに、ソフトボールの公式審判員なんかやっているんだぜ。
 驚くだろうぜ、普通・・・」


 「へぇぇ・・・・あの女が、ソフトボールの公式審判員ねぇ。
 人は見かけによらねぇもんだ。意外だねぇ・・・」



 坂上を囲んだ男たちの口から、なんともいえないため息が漏れる。
想定外の事実だ。
ふらりとあらわれる女から、健康的なスポーツの匂いは感じない。
むしろ。どこか暗い影さえ漂っている。
女のイメージと、公式審判員をしている姿がすぐには結びつかない。


 「・・・で、どうした、そのあとは?」


 熱燗を握りしめた北海の熊が、じりっと坂上へ詰め寄る。


 「そのあと?。
 そのあとも何も、あとは普通に、ソフトの試合をしただけだ。
 あの女も球審したり、3塁の塁審なんかをしていたぜ」


 「バカやろう。試合の事なんか聞いてねぇ。
 謎の美人の公式審判員が、どこに住んでいるのか、どんな仕事をしているのか、
 未婚なのか、バツイチの子持ちなのか、そういうことを俺たちは知りたいんだ。
 そのあたりの情報はいったいどうなっているんだ?」



 「何言ってんだ。知るわけがないだろう、そんな個人なことなんか。
 親睦ソフトの大会にやって来た公式審判員のひとりが、例の女だったという事実だけだ。
 悪いか。それ以上の情報を拾ってこないで?」


 「やっぱりな」。あきらめの色が、男たちのあいだにひろがっていく。
「肝心なことがちっともわかっていねぇ。こいつに期待した俺たちが馬鹿だったぜ」
男たちがいっせいに坂上から離れていく。
熱燗をぶら下げた北海の熊も、「使えねぇな。救いようのない阿呆だ、この男は」
カウンターの定位置へ戻っていく。


 「な・・・なんだよ。
 みんなしていきなり、手のひらを反すようにいっせいに解散しやがって。
 まるで俺が、何か失態をしでかしたみたいじゃねぇか」

 「しでかしたんだよ、その失態を。いいか坂上。よく聞け。
 みんなが聞きたいのは、なぞの美女の個人情報だ。
 休みのとき、ソフトボールの公式審判員をやろうが、相撲の行司をやろうが
 そんな事はどうでもいいことだ。
 熊が言うように、もっとましな情報を拾って来い。
 期待した俺まで、なんだか損した気分になっちまったぜ」


 同級生の岡崎が、チェッと露骨に舌を打つ。


 「そういうなよ岡崎。
 話はそれだけじゃねぇぞ。実はいい話がもうひとつ有る。
 耳よりの話だ。
 こいつは間違いなく、ビッグニュースだ。
 どうだ、聞く気は有るか?」

 「耳よりの話がある?。しかも、ビッグニュース?。
 大した情報も持ってこないピンボケ野郎のくせに、よく言うぜ。
 まぁいい。同級生のよしみだ。
 酒のつまみに聞いてやるから、小さな声で言ってみな」


 「実はよ俺。一大決心をしたんだ」


 「一大決心だって?。お前さんが?。へぇぇ珍しいことがあるもんだ。
 昔から飽きっぽくて、何をやっても長続きしないお前さんが一大決心したのか。
 面白い。興味があるねぇ。なんだ早く言え。聞こうじゃねぇか」


 岡崎がグラスに残った日本酒を、グビッと音をたてて呑み込む。
 
  
(11)へつづく

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