落合順平 作品集

現代小説の部屋。

オヤジ達の白球(9)公式審判員

2017-05-16 18:31:40 | 現代小説
オヤジ達の白球(9)公式審判員


 
 「その責任を取らされてうちの地区は今季、出場を自粛中だ」


 「あたりまえだ。今季どころか、無期限出場停止でもいいくらいだ。
 おまえたちのせいでソフトを辞めた人間が、何人もいるんだぜ」


 「俺たちのせいにするな。
 ろくにソフトを好きでないメンバーばかり集めているから、そうなるんだ。
 勝つためなら何でもする。審判を買収してどこが悪い」


 「まったく反省していないのか。呆れた奴だな、おまえは」


 「多少の反省はしているさ。
 そうか今回はジャッジの公平を期すために、公式の審判員を呼んだのか。
 最初から公式の審判員を呼んでおけば、去年のような騒動はおこらなかった。
 遅すぎるぜまったく。町のソフトボール部会の動きは」

 「よく言うぜ、まったく。
 もめ事の原因を作った張本人のおまえが。北海の熊」



 「だからよ。そいつはそっくり、おまえさんのチームへ返してやる。
 俺たちが買収したのは素人の審判たちだ。
 すこしくらい判定が甘くても、我慢するのが大人の配慮というもんだ。
 おまえらの我慢が足りないせいで、乱闘に発展したんだ。
 責任をとっておれらのチームだけが、いまだに活動を自粛中だ。
 喧嘩といえばほんらい、公平に、双方を成敗するもんだ」


 「バカ言ってんじゃねぇ。
 巻き添えを食って、おれたちまで出場停止にされてたまるか。
 頭にきた。ここで決着をつけようじゃねぇか!。
 あのときは町の役員連中が仲裁に入ったから、不完全燃焼のまま終わりになった。
 鬱憤はまだ、たっぷり残っている。
 どうだ、これから、一対一で決着をつけようじゃねぇか!」


 「面白れぇ。売られた喧嘩だ。真正面から受け立つぜ!」

 
 北海の熊が、両腕をまくりあげて立ち上がる。
「上等だ」消防士あがりの寅吉も、レスキューの帽子を投げ捨てて立ち上がる。
「待て待て、2人とも。いまはその話をする時じゃねぇ。冷静になれ2人とも」
岡崎が両手をひろげて仲裁に立ち上がる。

 
 「まったく。すぐカッとなるんだから、おまえさんたち2人は。
 喧嘩をしている場合じゃねぇ。いまは坂本の話を聞く方がさきだ。
 で、町が手配したその公式の審判員がいったいどうしたって?。
 謎の女とどんな関係が有るんだ?」


 仲裁に入った岡崎がじろりと坂上を見下ろす。


 「まぁ、まて。あわてるな。まずは乾いた喉を潤してからだ。
 勿体ねぇじゃねぇか。
 注ぎたての生ビールが俺の前にずらりと4杯も並んでいるんだ。
 ぜんぶ呑んでから、仔細をゆっくり話すからよう」


 ぐびりと喉を鳴らし、坂上が生ビールの一杯目を飲み乾す。
中ジョッキが15秒ほどで空になる。まったく見事な飲みっぷりだ。
よほど喉が渇いていたのだろう。
空になったジョッキをテーブルへ置いた坂上の手が、2杯目の生ビールへ伸びる。
その指先を岡崎がぴしりと叩く。


 「おい。おまえも、調子に乗るのもいいかげんにしろ。
 みんなお前さんが、ビールを飲むのを見るために集まっているわけじゃねぇ。
 女の話を聞きたがっているんだ。
 2杯目のビールはあとにしろ。いいから、いいかげんで見てきたことをぜんぶ話せ」


 「市の審判部から、4人の公式審判員が派遣されてきた。
 驚くなよ、おまえさんたち。
 なんとその4人の中に、女の審判員が混じっていたんだ」


 「別に珍しくものなんともないだろう。
 群馬と言えば、女子ソフトボールの強豪県として有名だ。
 去年。福岡から日立高崎ソフトボール部(注・現在はビッグカメラ)へ入った
 上野由岐子ってピッチャーは凄いぞ。
 高卒ルーキーのくせにいきなり、史上初の2試合連続の完全試合をやってのけた」


 「それだけじゃねぇ。
 上野は1999年の世界ジュニア選手権で、日本チームを優勝に導いた。
 なんでも10年にひとりの逸材だそうだ。
 そんなすごい女の子がわざわざ九州から、片田舎の群馬までやって来るんだぜ」


 「日立高崎ソフトボール部だけじゃねぇ。
 群馬にはもうひとつ、太陽誘電という強豪チームがある。
 1987年から26年間、1部リーグに在籍しているチームでリーグ優勝は通算6回。
 準優勝も3回。こっちも伝統ある名門チームだ」


 「女子ソフトボールが盛んな背景を考えれば、女の審判員なんかちっとも
 珍しくなんかないだろう。
 ん?・・・・ちょっと待て。その女の審判員というには、もしかして・・・・
 不定期にここへ現れる例の、あの謎の美女のことか。もしかして!」
 
(10)へつづく


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