落合順平 作品集

現代小説の部屋。

オヤジ達の白球(13)北海の熊

2017-05-20 19:12:48 | 現代小説
オヤジ達の白球(13)北海の熊


 
 北海の熊は、その名の通り北海道出身。
怪童と呼ばれ、野球で知られる某私立高校で甲子園出場を目指した。
『プロを目指せる逸材』と一部の人たちから、熱い注目をあつめた。


 しかし高校2年の夏。それまでの無理がたたり、ついに肩を壊した。
野球選手が肩を壊せば致命傷になる。投手とくればなおさらだ。
手術することも考えた。
メスを入れれば1年以上、リハビリに専念することになる。
それでは甲子園に間に合わない。


 結局。痛みをこらえて投手をつづけた。
しかし野球の神は、彼に味方しなかった。結果はさんたんたるものになった。
2年生の夏は2回戦で敗退。痛みがさらに激しくなった3年生の夏は、
1回戦で、弱小高校にコールド負けというおまけまでついた。



 傷心のまま高校を卒業した熊が、故郷を離れ群馬の土木会社へ就職した。
土木業は、道路工事などの公共事業を行う業界。
橋や高速道路、ダム、トンネルなどの建設に携わる。
土木業はまず、土地を整備するところから仕事がはじまる。


 土木業界と建築業界は似たもの同士という印象が有る。
建物や施設を作るという意味では同じだが、土木が地面の中や表面の作業を
行うのに対し、建築は地上の建物を担当する。


 土木作業員は工事現場に出て、仕事をする。
重機を運転することもある。
重機や作業の免許などを持っていない若者や初心者は、もっぱら力仕事にまわされる。
一生、力仕事と重機を運転し続けるかというと、そうでも無い。
経験を積み、さまざまなことを覚えていくとやがて会社から、現場を取り仕切る
役割を任されるようになる。
これが俗にいう『現場監督』という役職だ。


 北海の熊の場合。もと高校球児。体力は無限なまでにある。
人の嫌がる現場の力仕事を、みずからすすんで引き受けた。
頭は悪いが、身体は頑丈そのものだ。


 この頃。業界の親睦を深めるための、土木業界のソフトボール大会があった。
土木業界はなぜか、屈強な男たちばかりが集まる。
力と体力を持て余した結果、非行に走られたのでは業界としてたまったものではない。
体力を浪費させるため業界が力を入れたのが、ソフトボール。


 ナイター設備の球場を短期間でつくることなど、朝飯前。
あっというまに、6社からなる業界のソフトボールリーグが誕生した。
週末の度に試合が開催された。
もと高校球児の熊にも白羽の矢が立った。
肩を壊したとはいえ、甲子園出場を目指した本格派の右ピッチャー。


 野球とソフトボールのルールは、ほぼ同じ。
ただし。バッテリー間の距離と塁間が、野球より短くなる。
距離が短くなる分、スピード感がアップする。
プロ野球の選手が女子が投げる、110キロのボールを打てないのはこのためだ。


 もうひとつ。下から投げる投法は肩に負担をかけない。
肩を壊している熊に、ピッチャーとしてのチャンスがふたたびやって来た。
群馬へやってきてから3年目の春。
21歳になった北海の熊が、野球のボールより2周りおおきいソフトボールを握る。
野球のボールより、はるかに重い感触が熊の手におりてくる。


 ソフトボールのウインドミル投法は、このボールの重さを利用する。
腕をまわし、腰の骨あたりで手首か、またはそれよりも肘に近い所を当てる。
当てた衝撃で手のひらが、親指から内側にねじれる。
最終的に手の「こう」が上(天井)をむく。
この手首の回転がソフトボール独特の変化と、スピードを生む。

 
 野球の経験が生きて、北海の熊がわずか1年でウインドミルをマスターする。
ここから熊の所属しているチームの快進撃がはじまる。
無敗の歴史は、10年余りつづく。
しかし。負けを味わう前に、バブルがはじけた。
不況の風が押し寄せる中、土木屋のチームがあちこちで解散してしまう。


 バブル崩壊をまともに受けた筆頭は、不動産業界。
建築業界と土木業界も、それに負けず劣らずのはげしいダメージを受けた。
バブル後にやってきた未曽有の不況は、あっというまに土木業界のソフトボールチームを
根こそぎ壊滅させた。


(14)へつづく

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