上州の「寅」(9)
午前3時。参道から人の姿が消えた。
最後の2年参りを見送ったチャコが、屋台のハダカ電球を消す。
「寝よう。明日のために」
あんたも来な。こっちだよと首を振る。
「寝る場所が用意されているの?」
「5日間。3食のまかないと寝る場所がある。嬉しい限りだろう」
「ということは、途中で帰れないという意味か!」
「書いてあっただろ。募集要項に」
「聞いてない。そんな話は・・・」
「どっちでもいいさ。ごちゃごちゃいわず、着いといで」
テントの裏から細い路地へ入りこむ。
路地の道を3分ほど歩く。なんだか連れ込み宿のような建物の裏へ出た。
(あやしい建物だ・・・)
ここじゃないだろうと否定する寅をしり目に、チャコが裏口のドアを開ける。
(入っていく。ホントかよ・・・)
うす暗い廊下を歩くと大広間のような部屋へ出た。
20畳ほどはある。10数組のふとんが乱雑にならんでいる。
そのうちの半分は、すでに人が眠っている。
(雑魚寝だ!。まるで最盛期の山小舎だな)
「寝るよ」
チャコが自分のふとんへ潜り込む。
「あの・・・ぼくのふとんは?」
「無いよ。ユキと寝な」
「ユ、ユキちゃんといっしょ!。ご冗談でしょ!」
「不満かい、ガキのユキじゃ。
じゃ仕方ない。大人のあたしのところへおいで。ほら」
チャコがひらりとふとんを持ち上げる。
「あたしたちのふとんは2組。雑魚寝がいやなら廊下で寝な」
この寒さの中、廊下で寝たら風邪をひく。
「それとも仲良く3人で寝る?」
ユキが自分のふとんを寄せてきた。
「気持ちは嬉しいけど、雑魚寝は・・・」
ふとんがぴったり寄り合い、毛布と掛布団が交差した。
「おいで。特別大サービスだ。真ん中へ寝かせてあげるから」
あきらめて2人の間へ潜り込む。
「あたし冷え性なんだ。
足が冷たいと眠れない。湯たんぽがわりにあんたの足で温めて」
チャコの冷たい足が、寅の足の上へやって来た。
「あたしも」つづいてユキの足もやってきた。
4本のつめたい足が寅の足の上で、居場所をもとめてもそもそ動く。
はじめてだ。こんな形の雑魚寝は・・・
眠ることができるのか、こんな途方もない状態の中で・・・
寅の頭の中で血が沸騰しはじめた。
(10)へつづく