落合順平 作品集

現代小説の部屋。

上州の「寅」(10)生まれは東北 

2020-07-26 15:57:02 | 現代小説
上州の「寅」(10)


 午前8時。どこかで起床のベルが鳴っている。
朝だ。いつの間に眠りに落ちたのだろう。
2人の間に挟まれ悶々としているうち、いつのまにか寝息を立てていた。


 隣りにチャコの姿はない。
ユキはまだ眠りの中。寅の背中でスヤスヤ寝息をたてている。


 「起きたかい。朝食はこっち」


 部屋の片隅でチャコが手招きする。
朝食は部屋の片隅に用意された長机のうえ。
(ここはタコ部屋か)
ユキを起こさないよう、そっと布団から抜け出していく。


 半分以上の布団がすでにたたまれ、部屋の隅で山になっている。
残った布団に数人が、頭だけを出して眠っている。


 鮭の焼き物。納豆。海苔。薄く切ったキュウリと大根の漬物。
おひつの飯はすでに冷えている。
(元旦の朝飯だというのに、これじゃまるで田舎旅館の朝飯だ・・・)


 「贅沢を言うんじゃないよ。はやい連中は6時から動き出している。
 あたしのところは、9時に開店だ」


 チャコが味噌汁をついでくれた。
こちらも冷えている。


 「起こさなくていいの?。あの子」


 「あの子は朝は食べない。あとでパンを食べさせるからだいじょうぶ」


 「君はこの商売、長いの?」


 「長いよ。もう10年になるかな」


 「10年!。その歳で!」


 「大きな声出さないで。寝ている人もいるんだから」


 「失礼。18歳ですでにキャリア10年か。
 すごいな。生まれは何処?」


 「東北。福島」


 「東北・・・福島・・・まさか!」


 「そう。そのまさか。
 父は漁師。母は漁協の事務員。あの日、3月11日は2人とも仕事だった」


 「君は?」


 「8歳のわたしは海から300mの小学校へ通っていた。
 津波が来るまで40分。
 1,5㎞先の高台めざして、みんなで必死にあるいた。
 さいわい全員助かった。
 わたしは助かったけど父も母も、あの日から行方不明のまま」


 「じゃ・・・君は・・・」


 「避難所を転々としたあと、天神様のお祭りに来ていた大前田さんと知り合った」


 「人事担当の大前田さんは・・・」


 「そう。わたしをひろってくれた恩人。いまは父親代わり」


 「もうあの大震災から10年がたつのか・・・」


 「わたしのような子は福島にいっぱいいるさ」


 「強いはずだ・・・君は」


 「おあいにくさま。
 ホントは白馬の王子様にあこがれる女の子さ。
 でもそんなセンチなことを言うと、義理のオヤジが泣くからね。
 金髪にして、せいぜい悪ぶってんのさ。
 ホントだよ。
 でもこれはここだけの話だからね。誰にも言うんじゃないよ」


 (11)へつづく


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