落合順平 作品集

現代小説の部屋。

おちょぼ 第53話 舞妓に、メガネはタブー

2014-12-04 12:10:11 | 現代小説
「ちょぼ」は小さい意。
江戸時代、かわいらしい少女につけた名。または、かわいいおぼこ娘。
江戸の後期、京都・大坂の揚屋・茶屋などで、遊女・芸者の供や、
呼び迎えなどをした15、6歳までの少女をさす。



おちょぼ 第53話 舞妓に、メガネはタブー


 
 サラを屋形に送り届けた佳つ乃(かつの)が、路上似顔絵師を振り返る。
「とんだ寄り道でごめんなさい。邪魔者を無事に屋形へ送り届けたことやし、
ゆるりと、大人のデートと参りましょうか。
恋愛成就で知られる、安井金比羅宮(やすいこんぴらぐう)などいかがかしら」


 安井金比羅宮は、東山の山麓にある社で、縁切りと縁結びで有名だ。
参拝者の多くが境内に置かれている「縁切り縁結び碑(いし)」を目当てにやって来る。
碑には、「○○と縁を切りたい」などと願い事が書かれた「形代(かたしろ)」
(身代わりのおふだ)が、一面ビッシリ貼り付けられている。



 切りたい縁と、結びたい縁の願い事を書いた「形代」を手に持ち、
願い事を念じながら、碑の表から裏へ穴をくぐり抜け、先に悪縁を断ち切る。
次に、裏から表へくぐり抜けて良縁を結ぶ。
最後に「形代」を碑に貼りつけて、縁切りと縁結びの儀式が完了する。


 参道へ向かう途中、佳つ乃(かつの)が日傘を差しかけてきた。
日中。こんな風に肩が触れ合う距離で街中を歩くのは、初めてのことだ。



 「舞妓に、メガネはタブーなのかい?」



 「眼鏡をかけることは出来しまへん。
 たまには眼鏡かけた舞妓ちゃん、ちゅうのも見てみたい気ぃはしますけどねぇ。
 うふふ。居たらさぞかしたいへんな、騒ぎになるんでっしゃろなぁ。
 眼ぇの悪い妓は、コンタクト使うちゅうことになんのどす。
 スッチーもおんなじどすし、モデルさんたちもそうどっしゃろ。
 もちろん芸妓も同じどす。
 大きな姉さん方になると、普段家にいてるときにはかけてることもおすけど、
 舞台やお座敷では決してメガネをかけはらしまへん。
 せやから、舞妓ちゃんになりたいて思う人は、最初からある程度の
 視力が無いとあきませんなぁ」


 「そうか。そのせいで交差点で苦戦していたのか、サラちゃんは」


 「ちょっと前のことどすが、、祗園町で舞妓ちゃんが店出ししたんどすけど、
 この妓がかなり視力が悪うて、日頃からコンタクトをつけてたんどす。
 けど、度が進んで来て、ついに痛さに堪え兼ねてお医者さんへ行ったんどす。
 このままコンタクトを使うてたら最悪失明する、とまで云われたんやそうどす。
 一年間辛抱して仕込みさんを続け、ようやっと夢が叶うて
 だらりの帯が締められたのに、泣く泣く舞妓ちゃんを辞めてしもたんどす。
 お店出しからたった2カ月間だけの、幻の舞妓ちゃんどしたなぁ」


 「ということは、祇園町には、視力の悪い舞妓さんや芸妓さんが、
 けっこうな数で居るということになるのかな?」



 「うふふ。どないでしょ。それは想像にお任せします。
 でもほんま。気ぃつけとぉくれやっしゃ。
 舞妓ちゃんなんかはねた日には、加害者の方も大変どっさかい。
 休業中のお花代、治療費、着物代、損害賠償金を
 どんだけ請求されるや分らしまへん。
 せやから祗園町では、タクシーの運転手さんも舞妓ちゃんを見かけたら
 避けて通ったはります。これ、有名な話どす。うふふ」


 「君はどうなの?。コンタクトを使っているかい?」


 「芸妓は絶対に、自分の秘密を明かさんのどす。
 質問を変えてくださいな。ほかの事なら何でもお答えしますさかい」



 「そういえばサラちゃんの服装が、私服のTシャツにジーンズだった。
 仕込み修行に入った女の子は、浴衣を着るのが相場だと思っていたけど、
 意外な服装で、ちょっと驚いた。
 何か、浴衣を着せない理由でもあるのかい?」


 「仕込みさんも、最初のうちは洋服どす。
 屋形に入ると、行儀見習いをかねた雑用係から修業が始まるんどす。
 掃除や洗濯などの家事をするときに、浴衣はじゃまどすなぁ。
 屋形にもよりますが、お姉さんやお母さんのお供や、お使いに出されるときも
 洋服で歩いていることが多いようどす。
 動きやすいように、下はパンツです。スカートの子は見たことがありません。
 そのうちお稽古の時は着物に着替えるなど、だんだん着物を着る機会が
 多くなっていくんどすなぁ」



第54話につづく

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