落合順平 作品集

現代小説の部屋。

アイラブ桐生 (33)第2章 レッドカードの街(2)

2012-06-06 09:49:04 | 現代小説
アイラブ桐生・第三部
(33)第2章 レッドカードの街(2)






 歩道を暴走して、一人の子供の命を奪い
あとの二人に重傷を負わせた運転手が、逃げ込んだ先は米軍の普天間基地です。
普天間は、両脇がくびれて細くなった沖縄・宜野湾市のど真ん中に、
全長2700メートルの滑走路を持つ海兵隊の巨大飛行場です。
嘉手納につづく、アメリカ軍にとっての最重要拠点のひとつです。


 宜野湾市の市街地は、
普天間基地を真ん中にして、外郭をドナーツ状に取り囲んでいます。
沖縄戦で激戦地とひとつなった高台がありますが、基地以外の限られた平坦地に、
市民の住宅が所狭しと肩を寄せてひしめき合っています。




 商店が立ち並ぶ道路の向こう側には、基地の金網がそびえています。
市街地と基地を隔てる金網のむこう側には、見通すかぎりの
広大な基地の敷地が広がっています。
この巨大な滑走路を背骨のように持つ軍事基地は、宜野湾市の中心部に
広大な土地を占有しながら、さらに武力を持って市民たちを威嚇しています。
宜野湾市は、いまだに問答無用の米軍の支配下におかれています。


 かつて何度となく、重大な犯罪を犯した米軍兵たちが、
この基地のゲートの中へ逃げ込みました。
その都度、うやむやのうちにそのまま祖国への逃亡を遂げています。
基地の金網とゲートの存在は、治外法権と無権利状態の象徴といえます。
「軍事政権下による占有支配地では、常に理不尽がまかり通る」それこそが、
戦後27年間にわたった沖縄支配の実態でした。




 そのゲート前で、
青年団員たちによる抗議行動が決行されることになりました。
決行予定時刻の少し前になると、つま先から頭まで全身赤ずくめの
ナイチンゲールが登場をしました。
髪まで赤く染めた優花です。
今日は、口紅まで燃えるような真紅で決めています。
遠目に見ると、まったく成熟しきった大人の女性のようにも見えました。




 「ほぉ~、・・・・おお!」



 歩道で待機している青年団員たちの間からも、思わず歓声があがります。
きっちりとお化粧をしたナイチンゲールは、歩哨が直立しているゲートの前を
お尻を振りながらゆっくりと通過をしました。
数歩ほど通り過ぎた先で、ツンと立ち止まります。
悠然と振り返り、くるりと向きを変えました。
再びさきほど来た道を、お尻を振りながら戻りはじめます。
歩道上に居るこちらの様子を確認すると、ゆっくりと赤いハンカチを振りはじめます。
それが、決められていた行動開始の合図です。



 旗頭(はたがしら)が、大空に向かって大きく振られました。
商店街の左右に待機していたエイサー達が、太鼓を打ち鳴らしながら
勢いよく登場をしました。
エイサーの全員の鉢巻が、揃いの真紅です。



 コザ市で1956年からはじまった、全島エイサーコンクール
(現・全島エイサー祭り)に参加をするためにやってきた青年団の仲間たちです。
「30分間のみに限ってならば、許可をする。」それが、たび重なる交渉で
警察が苦渋の末に譲歩した、道路使用許可の時間帯です。



 青年団員たちが粘りぬいた末に、勝ち取った結果でした。
わずか30分間とはいえ、起死回生の末の道路使用許可です。
そして今日、レッドカード作戦の呼びかけに答え、
近隣の青年団員たちのエイサーが、宜野湾の商店街に大挙して集結をしました。




 ※エイサーは、 
 沖縄県でお盆の時期に踊られる伝統芸能です。
 この時期に現世に戻ってくる祖先たちの霊を送迎するために、
 若者たちが、歌と囃子に合わせて、地元の地域をねり歩きます。
 近年は太鼓を持つスタイルなども増えてきました。


  エイサーは旧暦の盆の送りの夜におこなわれます
 (近年は、盆の迎えから数夜連続で行われることも多くなりました)
 旗頭を先頭にした一団は、地域の各戸を回り、それぞれの家の祖先の霊が
 無事に後生(あの世の意味)に戻れることを祈願することを述べ、
 エイサーを踊ります。


  踊りが一段落すると、一団は酒や金を受け取って次の家に向かい、
 そこでまた、祈願と踊りを繰り返します。
 エイサーは、地域の集落単位で若者たちを中心にして、その一団を結成します。
 そのため地区の境界では、複数のエイサーがかち会うことも度々あります。
 この時には双方が一段と声を高くして、踊りに熱を入れて競い合います。
 これをエイサーオ―レセ―、またはエイサーガ―エーと呼んでいます。
 3~4mの旗頭は、自らの一団を誇示するために、
 ことさら高く旗を掲げたり、相手の旗とぶつけ合ったりもします。



  太鼓踊りの装束は、頭巾を被って、一団で統一された打掛、羽織を着用します。
 白いズボンに黒白ストライプの脚絆をつけ、足袋を履くのが一般的です。



  


 商店街の歩道には、たくさんの市民が集まり始めます。
打ち鳴らすエイサーの太鼓の音が、さらに市民たちを呼び集めました。
しいかし、指定された30分間は、あっというまに終了をしてしまいます。
右から左へ、左から右に、普段は張り合うエイサーたちが、
今日は仲良く入り乱れながらゲートの前を、30分間にわたって乱舞をしました。



 予定時間が過ぎてしまったために、路上にあふれたエイサーたちを
警察官が、歩道へあがれと指示をしはじめました。
しかしそれは、制限時間をすでに20分近くも過ぎてからのことです。




 「あいつらも・・・・
 那覇警察も、今日だけは俺たちの味方だ」


 いつもの青年団員が、満足そうに汗をふいています。
顔見しりのエイサーたちも、お互いにねぎらいの言葉などを交わしています。
道路封鎖が解除され、長く足止めをされていた車が商店街へ流れ込んできました。
徐行運転をしている車から、突如として激しいクラクションが鳴り響きます。
運転手が窓から身を乗り出すと、車の前方を指さしました。



 ・・・・車のアンテナ部分には、真っ赤なリボンが翻っていました!。



 同じように、その後続の車にも真っ赤なリボンが翻っています。
歩道にあがったエイサーたちが、一斉に道路を注目をします。
通行が解除された商店街の道路には、赤いリボンやハンカチをなびかせた、
自動車の隊列が出来あがりました。
金網のあるゲート前には、赤い自転車に乗った青年が現れました。
その後ろを走る自転車の青年は、赤いシャツを身に着ています。



 30分間以上にわたった青年団員たちのエイサーは、
商店街における、レッドカード作戦の幕開けを作りだしました。
青年団員たちには、まったくの予想外と言える嬉しい誤算です。




 商店街のお店でも、レッドカード作戦への模様替えがはじまりました。
花屋さんの店先では、店員さんが赤いエプロンに着替えています。
大きな窓ガラスに、赤いカーテンが広がりました。




 歩道にあがったエイサーのなかから、やがて太鼓の音が響き始めます。
小さく・・小さく・・・・そしてすこしずつながら、力強く響き渡りはじめました。
しかもそれは、もう、誰にも止められません。
赤い目印を付けた自動車の隊列は、ひと時も途切れずに商店街の車道を続きます。




 「レッドカードだ。
 一発退場のレッドカードの波が、次から次にやってくる」


 「米軍に、命を返せと叫んでる。
 子供の命を返せと、叫んで。
 奪った命を返せと、みんなが声をあわせて叫んでいる」





 優花が、感極まって、私の背中で泣きはじめてしまいます。
基地の金網と対峙をする長い道路に沿って、赤い花が次から次にと咲きほこります。
帽子や胸に、全身に、そして足元にまで・・・・
ある人は、誇らしそうに赤いハンカチを振りながら、ゲートの前を歩きます。
ハニカミながら、赤い帽子を振る人もいました。



 ゲートの前を、次々に赤色を身につけた市民たちが通過をしました。
人々による、「心の鎖」そのものが、赤い色を通じて横に繋がりはじめました。
無言のレッドカードの意思表示が、次から次にゲートの前を行き交います。
人の波も、車の流れも、ひとときも途絶えません。
宜野湾の市民たちが、基地に向かって、ついに無言の抗議の声を上げ始めました。


 宜野湾のまちが普天間に向かって、怒りの声をあげています・・・・
子供の命を返せとスクラムを組んで、基地に向かって抗議の声をあげ続けます。
行きかう人々が身に着けている赤い目印が、涙でぼやけてにじんできました。



 沖縄へ上陸して、これで二度目の涙です。
これが沖縄だ・・・感動と共に、こころの奥にしっかりと刻みついて、
私にとって、終生わすれられない光景のひとつになりました。




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