落合順平 作品集

現代小説の部屋。

おちょぼ 第33話 佳つ乃(かつの)の直感

2014-11-09 12:34:57 | 現代小説

「ちょぼ」は小さい意。
江戸時代、かわいらしい少女につけた名。または、かわいいおぼこ娘。
江戸の後期、京都・大坂の揚屋・茶屋などで、遊女・芸者の供や、
呼び迎えなどをした15、6歳までの少女をさす。


おちょぼ 第33話 佳つ乃(かつの)の直感




 「ウチはあんたを弟として見る前に、まず画家としての可能性に気が付いた。
 あんたは気が付いておらんけど、あんたの中には埋もれた才能が有る。
 清乃を描いた線の中に、ウチはそれを見つけた。
 友禅染めの若い作家や陶芸の若い人たちと共通する、きらめきを持っとる。
 あんたが目標に向かって昇りきる人か、昇りきらずに終わる人か、そら分からん。
 けど可能性は、昇りたいと念じる人に平等にある。
 けどなぁ。一番肝心なあんたが、路上似顔絵師の仕事で満足しとる。
 ウチはそれに、心の底から腹が立つ」


 グラスを置いた佳つ乃(かつの)が、梅田の夜景を背にして立ち上がる。
「あんたは今のぬるい暮らしに満足してんのか、本気で」といきなり怖い目をして、
路上似顔絵師の顔を真正面から、覗き込む。



 「祇園の女はこわいでぇ。
 15分もあれば、初対面のお客様さんの気持ちをほぐしてみせます。
 扇子一本で、お客様をもてなします。
 お名前はお客様同士のやりとりから聞きとり、その場で覚えます。
 3年前に出た話題も決して忘れません。
 徳利の傾きも見逃しません。
 気遣いと心配りなら、誰にも引けは取りません。
 舞、お茶、お華、小唄、どれをとっても第一線のお師匠はんから習います。
 洋画、日本画、陶芸、歌舞伎など、常に一流を鑑賞します。
 祇園には、ゼネコンの社長はんや、IT産業の寵児たちが遊びに来ます。
 それだけやおへん。外国の国賓クラスもお忍びで遊びに見えます。
 お座敷で、一流と呼ばれる男たちを接待する。それが祇園の芸妓の仕事どす。
 あら。なによ、ビビったあんたのその目は。
 そんなことやから自分の才能に気が付いておらん男は、あかんのどす」


 「僕に才能が有る?。
 佳つ乃(かつの)さんは、僕のことを本当にそう思っているのですか?」



 「同じことを何度も言わせへんで。
 芸術の頂点がエベレストの頂なら、あんたはエベレストの麓に立っとるはず。
 麓に立つ資格を、すでに持っとると言う意味どす。
 けどエベレストの頂まで昇れるかどうかは、あんたのこれからの努力次第どす。
 すくなくてもあんたは、昇るための才能を持ってます」

 「そんな風に言われたのは、初めてだ・・・」
路上似顔絵師が、佳つ乃(かつの」の顔を正面から見つめ返す。
綺麗だと心の底から思わせるほど、佳つ乃(かつの)の美貌には素晴らしいものがある。
切れ長の眉と、黒い瞳に見つめられただけで、男なら心がとろけてしまう。
清乃が佳つ乃(かつの)の美しい芸妓姿に憧れて、中学卒業とともに身体一つで、
祇園に飛び込んできた心境が、いまなら良く分かる。


 「あんたは美の都まで行きながら、選択を間違えてしもた。
 モンマルトルの丘で画家の卵たちに交じり、似顔絵を描き始める前に、
 セーヌ川の右岸にある、ルーブル美術館に通うべきやった。
 常設展のチケットだけなら12ユーロ。
 ナポレオン・ホールの企画展のチケットは、 13ユーロ。
 ルーヴル美術館とウジェーヌ・ドラクロワ美術館の常設展と、ぜんぶの企画展に
 アクセスでける共通チケットを買うても、16ユーロ。
 日本円に換算しても、2000円足らず。
 それだけ払えば一日中、世界一流の美にひたることが出来ます。
 1週間でも1ヶ月でも、あんたはフランスに居るかぎり、そうすべきやったんどす」


 「ずいぶん詳しいですねぇ、ルーブルのことが・・・」


 「ウチもパリに1週間ほどおったことが有んのどす。
 昼間はおっきいお姉はんたち(先輩芸妓)と、観光地巡りをしましたが、
 すこしでも時間が開けば、ルーブルに足を運びました。
 普段は18時で閉館やけど、水曜と金曜は21時45分まで開館をしてます。
 あんた。パリまで行きながら、随分ともったいないことをしましたなぁ」


 カチリと乾杯のグラスを合わせた佳つ乃(かつの)が、
「あんたはなんの心配もせんでもええ。万事、ウチにまかせときなさい。うふふ」
と美しい唇に、微笑みを浮かべる。



第34話につづく

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