連載小説「六連星(むつらぼし)」第59話
「義を見て・・・・」
蕎麦屋『六連星』は、日暮れから深夜にかけてお店を開けます。
客層もいろいろですが、基本的には飲み屋街で働く人たちが多くなります。
愛人関係なのか、遊び友達なのか、なにやら訳あり風の男女のカップルなどもよく来ます。
バブル全盛の時代や、地元企業が接待で豊潤な交際費をばらまいていた時期には、
『六連星』もたいそう賑わいぶりを見せました。
午後の10時をすぎ、客足が一時途絶えると
響が、もうすっかり出来あがりかけている岡本のとなりへ、チョコンと腰をおろします。
岡本の呑みかけのグラスへ、なみなみとビールを継ぎ足しています。
「おっちゃん。
任侠が良く言う、義をみてなんとか、というのはどんな意味があるの?」
「あ。うん、・・・・義を見て為さざるは、勇無きなり。
語源は中国の『論語』だ。
見義不為、無勇也 (ぎをみてなさざるはゆうなきなり)と書く。
こうするのが正しいとは知っていながら、
それを実行しないのは、勇気のない、臆病者であると言う意味だ。
なんだ、藪から棒に・・・・」
「おっちゃんは、不良のくせに、
足尾で植樹のボランィアには参加をしているし、原発労働者の病気の救済もしている。
どうみても、不良らしからぬ振る舞いをしている部分が有る。
それが何故かと思って、聞いてみたの」
「任侠道というものは、本来、
仁義を重んじ、困っていたり苦しんでいる人を見ると放っておけず、
彼らを助けるために体を張るという、自己犠牲的な精神のことをさす言葉だ。
仁侠(じんきょう)、義侠心(ぎきょうしん)、侠気(きょうき)、
男気(おとこぎ)などとも言うな」
「へぇ~、さすが大卒の不良だ。
いちいち言うことに、蘊蓄(うんちく)があるわねぇ」
「馬鹿野郎。俺はこれで食ってんだ。
しかし、今の時代の任侠道は、すっかり地に落ちちまった。
知ってっか、お前。
任侠ってのは本当は、中国で生まれたもので、
きわめて、古い歴史を持っているんだぜ」
「え?悪代官を切りすてて故郷を追われた、国定忠治とか、
街道整備や港湾事業にも貢献をしたと言う、清水の次郎長の時代などに、
生まれたとばかり思ってた」
「これだから素人は困る。
任侠は、中国の『春秋時代』に生まれたものだ。
情を施され、命を果たしてでも恩義を返すことにより義理を果たすという精神を重んじ、
法で縛られることを嫌った者たちが、任侠に走ったとされている。
戦国四君は、食客や任侠の徒を3千人も雇ったことにより国を動かしたとされ、
戦乱の諸国からも、高く評価をされた。
四君の中でも、特に義理の高い信陵君を慕っていた劉邦という男は
任侠の徒から、ついには皇帝にまで出世をしたという。
この任侠らを題材にしたのが『史記』に出てくる「遊侠列伝」いう話だ。
登場人物の朱家はとくに有名で、貧乏ながらも助命をすることが急務として、
逆に、そのことで礼を言われることを嫌っていたために、とりわけ名声が高かったという。
それ以後、任侠は庶民の間で地位を得て、権力者の脅威になった。
『史記』「遊侠列伝」の著者である司馬遷が、『仁侠』の志を知らずに
彼らをヤクザやチンピラなどと勘違いして馬鹿にするが、
それは悲しいことだ」と述べている」
「志(こころざし)のある世界のことなんだ。任侠って・・・・」
「そうさ、お前。
東映映画の高倉健は、俺たちの精神的なあこがれの象徴だった。
もっとも、切った張ったの話ばかりで、肝心の弱いものを助けると言う『義』の
部分は、まったく映画の中では出てこなかったがな・・・・
日本でも、任侠を主体とした男たちの生き方を「任侠道」と呼び、
これを指向する者たちのことを「仁侠の徒」と呼んでいた時代があった。
まあそれも、悪政がはびこっていた封建時代までの話だろう。
政治が安定して、法治主義が隅々にまで行き届いてくると、そうもいかなくなる。
任侠の精神は、社会の最下層の人間や、非合法の輩の間でしか
存在できないという状態になってくる。
法治国家における無頼の輩が「相互扶助を目的に自己を組織化した」のが
いわゆる、いまの「暴力団」と呼ばれるものだ」
「わあ、凄い。おっちやんはやっぱり、インテリやくざだ」
「当たり前だ。
今の時代、頭が悪い奴に不良はできねぇ。
俺の知り合いには、東大や京大を出た奴がごまんと居るし、
その辺りに居る弁護士先生なんかよりも、はるかに法律に詳しい。
とはいえどうあがいても、いまの任侠組織は反社会的な存在、そのものだ。
一般市民にたいする暴力行為や恐喝、闇金融による不法な取立て、
覚せい剤の密売や、不法移民に対する人身売買まがいの行為などなど、
いちいちと数え上げればきりがねぇ・・・・
本来の任侠とはかけ離れ、まったく対極に位置する行為を行っている有様だ。
もはや今の暴力団に、義理も人情も残っちゃいねぇ」
「でも現にここに、岡本のおっちゃんが居るじゃないの」
「俺なんか、組織全体から見れば、下っ端のそのまた下だ。
せいぜい30人前後の若い衆を束ねているだけの話だ。
そのへんの、気のきいた土建屋の社長連中と、似たか寄ったかのレベルだ。
せいぜい足尾の山へ、緑の植樹に参加したり、
身よりのない原発労働者に、医療機関を世話してやるくらいが関の山だ。
ああ、そう言えば、明日からトシの処で
病人を一人、また世話をしてもらうことになっている。
悪いが、お前さんにもそのことで面倒をかけることにもなりそうだ。
そんときは悪いが、よろしくたのむぜ」
「前にも、原爆症の患者で、もと大学教授みたいな人が来ていたし、
病院の先生まで、なんだか一枚咬んでいるようないるような口ぶりだった。
ねぇ、トシさんも含めて、みんなで一体何をしているのさ」
「なんだ、お前。
そんなことに、興味があるのか?」
あらたに注がれたグラスを手にしたまま岡本が、響の顔を見つめます。
涼しい輝きとともに、熱さも秘めた響の瞳が、岡本の顔を強く見つめ返します。
『わかった』と、小さくつぶやいた岡本が、ビールをひと息に呑み干すと、
ふう~、と深い吐息を洩らしました。
やがて顔をあげると、厨房にいる俊彦の様子を確認してから、
教えてやるからもっと傍に寄れと、響に合図を送ります。
岡本の声が、一段階低くなります。
「お前がトシの娘だと言うのは、おそらく俺からみても、9分9厘間違いはねぇと思う。
いろんな事情があるのだろうから、俺からはどうこう言えないが、
あいつは、表には出さないものの、男気も、気骨も充分に持っているやつだ。
お前さんのことも、最初からわかっていたのであれば、あいつも責任をとれただろうが、
今のいままで清子に隠されていたのでは、いくらあいつでも手も足も出せねぇ。
その辺の事情はそういうことだから、お前もそのあたりのことは、大目にみてやれ。
長い間、言えなかったという事情が清子にはあっただろうし、
そのために俊彦が、お前の事を知ったのがつい最近と言うことになっちまった。
お前さんには、辛い思いなどをさせたようだが、深い複雑な大人の事情が有る。
俊彦を責めないでくれよ・・・・
なぁ、響」
響が、岡本の言葉をしっかりと受けとめて、静かに頷いています。
『それでいい』とひと言いってから、岡本が少し響の顔から離れます。
「原発で一番危険な仕事は、すべて消耗品たちがこなすことになっている。
その消耗品をあらゆる方法で調達をして、原発に送り込むのが俺たちの仕事だ。
きわめて被爆の危険性がある場所で働けば、それなりに賃金もいいが、
同時に身体も心も、ボロボロにされるということを意味している。
これは、原発事業が始まった当初から、すでにすべての原発で採用をされ、
システム化がされてきた、いわゆる原発の裏事情ってやつだ。
だが、国も原発も、こうした消耗品たちについては一切言及をしていない。
消耗品は社会的には、認知をされていない連中と言うことになる。
当然のこととして、原発で働いて、そこで病気になっても救済されないどころか、
闇から闇に葬られて、おしまいになる・・・・」
「そういう人たちを、救済するために作りだしたというシステムね・・・・」
「そのための費用は、こいつが出す」
いつの間にか二人の背後には、俊彦が立っていました。
驚いた顔で響と岡本が揃って、俊彦を見上げます。
「なんだよ・・・・二人とも、そんな顔をして。
仲良く話しこんでいるので、何の話かと思ったら、原発の例の話しか。
治療のための費用は全額を、この岡本が負担をする。
俺は、そいつらの住所を復活させてやって、住まいを提供している。
治療は、同級生で救急医の杉原が担当をしている。
こいつは派遣された広島で、原爆症の治療にもあたってきたという医師だ。
それともう一人、絶対に欠かせないという奴がいる。
少し離れた処に、良庵寺という寺があり、そこに知り合いの住職が居る。
そこが亡くなった原爆症患者たちの、安住の地となるわけだ。
まぁ中には奇跡的に、戸田勇作(もと大学教授)のように、
うまく生きながらえる奴もいるが、
おおかたは・・・・遅かれ早かれ、良庵寺の世話になる」
「そういうことだ響。話を聞いたからには、お前も手伝え」
岡本が、ふたたび響の顔をのぞき込んでいます。
『おい、響は別にいらないだろう』と乗り出す俊彦を、岡本が手で制しています。
「でも、私はいったい何をすればいいの・・・・」
「その、とびっきりの笑顔を見せてやれよ。
お前さんの持っている、そのとびっきりの笑顔を見せてやれば、
きっとみんな、『生きていてよかった』と、かならず思うようになるはずだ
若く、明るく、元気な娘の笑顔は、何よりの活力になる。
俺たちには、逆立ちをしても出来ない芸当だ・・・・
なぁ、トシよ」
・本館の「新田さらだ館」は、こちらです http://saradakann.xsrv.jp/
「義を見て・・・・」
蕎麦屋『六連星』は、日暮れから深夜にかけてお店を開けます。
客層もいろいろですが、基本的には飲み屋街で働く人たちが多くなります。
愛人関係なのか、遊び友達なのか、なにやら訳あり風の男女のカップルなどもよく来ます。
バブル全盛の時代や、地元企業が接待で豊潤な交際費をばらまいていた時期には、
『六連星』もたいそう賑わいぶりを見せました。
午後の10時をすぎ、客足が一時途絶えると
響が、もうすっかり出来あがりかけている岡本のとなりへ、チョコンと腰をおろします。
岡本の呑みかけのグラスへ、なみなみとビールを継ぎ足しています。
「おっちゃん。
任侠が良く言う、義をみてなんとか、というのはどんな意味があるの?」
「あ。うん、・・・・義を見て為さざるは、勇無きなり。
語源は中国の『論語』だ。
見義不為、無勇也 (ぎをみてなさざるはゆうなきなり)と書く。
こうするのが正しいとは知っていながら、
それを実行しないのは、勇気のない、臆病者であると言う意味だ。
なんだ、藪から棒に・・・・」
「おっちゃんは、不良のくせに、
足尾で植樹のボランィアには参加をしているし、原発労働者の病気の救済もしている。
どうみても、不良らしからぬ振る舞いをしている部分が有る。
それが何故かと思って、聞いてみたの」
「任侠道というものは、本来、
仁義を重んじ、困っていたり苦しんでいる人を見ると放っておけず、
彼らを助けるために体を張るという、自己犠牲的な精神のことをさす言葉だ。
仁侠(じんきょう)、義侠心(ぎきょうしん)、侠気(きょうき)、
男気(おとこぎ)などとも言うな」
「へぇ~、さすが大卒の不良だ。
いちいち言うことに、蘊蓄(うんちく)があるわねぇ」
「馬鹿野郎。俺はこれで食ってんだ。
しかし、今の時代の任侠道は、すっかり地に落ちちまった。
知ってっか、お前。
任侠ってのは本当は、中国で生まれたもので、
きわめて、古い歴史を持っているんだぜ」
「え?悪代官を切りすてて故郷を追われた、国定忠治とか、
街道整備や港湾事業にも貢献をしたと言う、清水の次郎長の時代などに、
生まれたとばかり思ってた」
「これだから素人は困る。
任侠は、中国の『春秋時代』に生まれたものだ。
情を施され、命を果たしてでも恩義を返すことにより義理を果たすという精神を重んじ、
法で縛られることを嫌った者たちが、任侠に走ったとされている。
戦国四君は、食客や任侠の徒を3千人も雇ったことにより国を動かしたとされ、
戦乱の諸国からも、高く評価をされた。
四君の中でも、特に義理の高い信陵君を慕っていた劉邦という男は
任侠の徒から、ついには皇帝にまで出世をしたという。
この任侠らを題材にしたのが『史記』に出てくる「遊侠列伝」いう話だ。
登場人物の朱家はとくに有名で、貧乏ながらも助命をすることが急務として、
逆に、そのことで礼を言われることを嫌っていたために、とりわけ名声が高かったという。
それ以後、任侠は庶民の間で地位を得て、権力者の脅威になった。
『史記』「遊侠列伝」の著者である司馬遷が、『仁侠』の志を知らずに
彼らをヤクザやチンピラなどと勘違いして馬鹿にするが、
それは悲しいことだ」と述べている」
「志(こころざし)のある世界のことなんだ。任侠って・・・・」
「そうさ、お前。
東映映画の高倉健は、俺たちの精神的なあこがれの象徴だった。
もっとも、切った張ったの話ばかりで、肝心の弱いものを助けると言う『義』の
部分は、まったく映画の中では出てこなかったがな・・・・
日本でも、任侠を主体とした男たちの生き方を「任侠道」と呼び、
これを指向する者たちのことを「仁侠の徒」と呼んでいた時代があった。
まあそれも、悪政がはびこっていた封建時代までの話だろう。
政治が安定して、法治主義が隅々にまで行き届いてくると、そうもいかなくなる。
任侠の精神は、社会の最下層の人間や、非合法の輩の間でしか
存在できないという状態になってくる。
法治国家における無頼の輩が「相互扶助を目的に自己を組織化した」のが
いわゆる、いまの「暴力団」と呼ばれるものだ」
「わあ、凄い。おっちやんはやっぱり、インテリやくざだ」
「当たり前だ。
今の時代、頭が悪い奴に不良はできねぇ。
俺の知り合いには、東大や京大を出た奴がごまんと居るし、
その辺りに居る弁護士先生なんかよりも、はるかに法律に詳しい。
とはいえどうあがいても、いまの任侠組織は反社会的な存在、そのものだ。
一般市民にたいする暴力行為や恐喝、闇金融による不法な取立て、
覚せい剤の密売や、不法移民に対する人身売買まがいの行為などなど、
いちいちと数え上げればきりがねぇ・・・・
本来の任侠とはかけ離れ、まったく対極に位置する行為を行っている有様だ。
もはや今の暴力団に、義理も人情も残っちゃいねぇ」
「でも現にここに、岡本のおっちゃんが居るじゃないの」
「俺なんか、組織全体から見れば、下っ端のそのまた下だ。
せいぜい30人前後の若い衆を束ねているだけの話だ。
そのへんの、気のきいた土建屋の社長連中と、似たか寄ったかのレベルだ。
せいぜい足尾の山へ、緑の植樹に参加したり、
身よりのない原発労働者に、医療機関を世話してやるくらいが関の山だ。
ああ、そう言えば、明日からトシの処で
病人を一人、また世話をしてもらうことになっている。
悪いが、お前さんにもそのことで面倒をかけることにもなりそうだ。
そんときは悪いが、よろしくたのむぜ」
「前にも、原爆症の患者で、もと大学教授みたいな人が来ていたし、
病院の先生まで、なんだか一枚咬んでいるようないるような口ぶりだった。
ねぇ、トシさんも含めて、みんなで一体何をしているのさ」
「なんだ、お前。
そんなことに、興味があるのか?」
あらたに注がれたグラスを手にしたまま岡本が、響の顔を見つめます。
涼しい輝きとともに、熱さも秘めた響の瞳が、岡本の顔を強く見つめ返します。
『わかった』と、小さくつぶやいた岡本が、ビールをひと息に呑み干すと、
ふう~、と深い吐息を洩らしました。
やがて顔をあげると、厨房にいる俊彦の様子を確認してから、
教えてやるからもっと傍に寄れと、響に合図を送ります。
岡本の声が、一段階低くなります。
「お前がトシの娘だと言うのは、おそらく俺からみても、9分9厘間違いはねぇと思う。
いろんな事情があるのだろうから、俺からはどうこう言えないが、
あいつは、表には出さないものの、男気も、気骨も充分に持っているやつだ。
お前さんのことも、最初からわかっていたのであれば、あいつも責任をとれただろうが、
今のいままで清子に隠されていたのでは、いくらあいつでも手も足も出せねぇ。
その辺の事情はそういうことだから、お前もそのあたりのことは、大目にみてやれ。
長い間、言えなかったという事情が清子にはあっただろうし、
そのために俊彦が、お前の事を知ったのがつい最近と言うことになっちまった。
お前さんには、辛い思いなどをさせたようだが、深い複雑な大人の事情が有る。
俊彦を責めないでくれよ・・・・
なぁ、響」
響が、岡本の言葉をしっかりと受けとめて、静かに頷いています。
『それでいい』とひと言いってから、岡本が少し響の顔から離れます。
「原発で一番危険な仕事は、すべて消耗品たちがこなすことになっている。
その消耗品をあらゆる方法で調達をして、原発に送り込むのが俺たちの仕事だ。
きわめて被爆の危険性がある場所で働けば、それなりに賃金もいいが、
同時に身体も心も、ボロボロにされるということを意味している。
これは、原発事業が始まった当初から、すでにすべての原発で採用をされ、
システム化がされてきた、いわゆる原発の裏事情ってやつだ。
だが、国も原発も、こうした消耗品たちについては一切言及をしていない。
消耗品は社会的には、認知をされていない連中と言うことになる。
当然のこととして、原発で働いて、そこで病気になっても救済されないどころか、
闇から闇に葬られて、おしまいになる・・・・」
「そういう人たちを、救済するために作りだしたというシステムね・・・・」
「そのための費用は、こいつが出す」
いつの間にか二人の背後には、俊彦が立っていました。
驚いた顔で響と岡本が揃って、俊彦を見上げます。
「なんだよ・・・・二人とも、そんな顔をして。
仲良く話しこんでいるので、何の話かと思ったら、原発の例の話しか。
治療のための費用は全額を、この岡本が負担をする。
俺は、そいつらの住所を復活させてやって、住まいを提供している。
治療は、同級生で救急医の杉原が担当をしている。
こいつは派遣された広島で、原爆症の治療にもあたってきたという医師だ。
それともう一人、絶対に欠かせないという奴がいる。
少し離れた処に、良庵寺という寺があり、そこに知り合いの住職が居る。
そこが亡くなった原爆症患者たちの、安住の地となるわけだ。
まぁ中には奇跡的に、戸田勇作(もと大学教授)のように、
うまく生きながらえる奴もいるが、
おおかたは・・・・遅かれ早かれ、良庵寺の世話になる」
「そういうことだ響。話を聞いたからには、お前も手伝え」
岡本が、ふたたび響の顔をのぞき込んでいます。
『おい、響は別にいらないだろう』と乗り出す俊彦を、岡本が手で制しています。
「でも、私はいったい何をすればいいの・・・・」
「その、とびっきりの笑顔を見せてやれよ。
お前さんの持っている、そのとびっきりの笑顔を見せてやれば、
きっとみんな、『生きていてよかった』と、かならず思うようになるはずだ
若く、明るく、元気な娘の笑顔は、何よりの活力になる。
俺たちには、逆立ちをしても出来ない芸当だ・・・・
なぁ、トシよ」
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