落合順平 作品集

現代小説の部屋。

赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (7)

2016-12-08 18:15:30 | 現代小説
赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (7)
(7)お座敷舞の名手・豊春



 春奴はいまから20年前。最後の芸妓を育てあげた。
それ以降、ひとりも育てていない。
それから20年。ひとりで暮らしながら置屋と、現役の芸妓を続けている。


 共同生活を終えた芸妓は、独立して自活の道に入る。
しかし長年にわたり寝食をともにしたお母さんと、縁が切れた訳ではない。
師弟関係はその後も、終生にわたり続いて行く。



 深川芸者としてスタートした春奴は、まもなく、芸歴50周年をむかえる。
デビューしたのは12歳の時。そして、これまで育て上げてきた芸妓はぜんぶで6人。
1番弟子にあたる豆奴は、辰巳芸者のときの妹芸妓。
湯西川温泉へ春奴が移るとき、豆奴は、勝手にあとをついてきた。
花柳界の姉妹の契りは、実の姉妹より縁(えにし)が深い。


 春奴の『奴』は、辰巳芸者時代の芸名。
あたまの文字の『春』が、湯西川に来てからの屋号にあたる。
したがって、勝手についてきた豆奴にだけ、例外的に「奴」がついている。
のこる5人には、春の文字がついている
2番弟子が小春。千春。美春。佳春とつづいて、最後の6人目が、
お座敷舞の名手と呼ばれている豊春。
清子の舞の師匠に指名されたのが、最後の弟子になるはずだったこの豊春。



 「責任は重大です。
 お母さんの期待にこたえるため、清子を立派に仕込みたいと思います。
 この子の座る姿勢は綺麗です。
 しゃんと背筋が伸びていて、大変によろしいのですが、覚えることに、
 人一倍、遅いものがあります。
 踊る姿に、華というものがありません。
 だいいち、身体が小さいし、細すぎます。
 針金が、着物を着て踊っているような有様です」


 「そう言いなさんな。
 そう言うあなたさんだって、人一倍、物覚えは遅かった。
 そんな風に記憶しております。
 そのことが逆に、あなたを姉妹の中で、一番の舞の名手に成長させました。
 ご飯をたくさん食べさせますので細いのは、そのうち、
 なんとかなるでしょう」


 「なんとかなるって、お母さん。
 適当なことを言わないでください。
 清子ったら、ホントに、物覚えが悪すぎるんですもの。
 わたしにではなく、佳春お姐さんか、美春お姐さんに預けてくださいな。
 わたしだけが清子で苦労するなんて、割に合いません!」



 「短気をおこしなさんな。
 猿だって辛抱強く仕込めば、芸を覚えます。
 それにさ。舞妓を育てるわけじゃありません。
 チャラチャラしたあんな京都の舞は、ただの観光用のデモンストレーション。
 研ぎ澄まされた少ない所作の中で、女の美しさを表現するのが、
 関東芸者のお座敷舞。
 10年かかろうが、20年かかろうが、わたしは一向にかまいません。
 清子を、あんた以上のお座敷舞の名手に育ててくれれば、
 あたしはそれで、文句を言いません」



 「そんなぁ殺生なぁ!。
 あたしだって忙しいんですよ、お母さん。
 物覚えの悪い清子に、いつまでも構ってなんかいられません!」


 「おや。例の銀行マンとは、もう別れたんだろう?。
 風の噂でそんな風に聞きました。
 空き家になったと思ったら、なんだい、もう次の男を見つけたのかい、おまえは。
 忙しいねぇ女だねぇ、お前も。
 舞は上手だというのに、肝心なところで男の扱いが大雑把すぎるから、
 毎度のように、長続きしないんだよ」


 「独り身で過ごしているお母さんに、とやかく言われたくありません!」



 「うふふ。そう怒んなさるな。とにかく万事よろしく頼みますよ。
 じゃ、あたしは用事を思い出しましたから、今日はこれで失礼します。
 新しい男によろしくね。
 では、頼みましたよ。清子の舞の件は。
 じゃね。
 ああ・・・・忙しい。、忙しい。忙しいったらありゃしない」


 「あっ。お母さん。お母さんったら!。あ~あ、行っちゃったぁ・・・」


 
 豊春が褒めていたのは、清子が正座した時の美しさ。
清子の正座は、足の甲がきちんと畳に付く。
上を向いた土踏まずの上に、清子の丸いお尻がすっぽり収まる。
そのまま背筋を伸ばし、膝に両方の手を置く。


 それだけでごく自然に、凛とした清子の正座が完成する。
こんな風に正座が絵になる女の子は、最近では、とにかく珍しい。


 (座る姿はピカイチです。でもねぇ・・・・
 肝心の舞いになると、ロボットじゃあるまいし、ギクシャクとぎこちないのよ。
 座ったときのこの子は、身震いするほど綺麗だというのにさぁ。
 ああ・・・もったいない。天は人に2物を与えませんねぇ、ホントウに・・・)



 事あるたびに6番目の弟子の豊春が、そんな愚痴をこぼす・・・


(8)へ、つづく

落合順平 作品館はこちら 

最新の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
明日はいい天気 (屋根裏人のワイコマです)
2016-12-08 19:35:18
ただ風が冷たいでしょう。 信州のゴルフ場は、先日の雪で半分くらいが
クローズしております。雪が溶けたところで
再開したところもあるようですが
もうすぐ
信州は冬眠生活に入ります。
女性三人に囲まれて、一人で白杭も
寂しいですね・・頑張ってくださ~い。
返信する
ワイコマさん。こんばんは (落合順平)
2016-12-09 19:34:43
今日のゴルフ場は、今年いっぱいでの廃業が決まっています。
11月にもプレーしましたが、まもなく閉鎖ということもあり、
最後のリベンジということで再度、お邪魔しました。
丘陵コースのため、起伏が激しく、
フェアウェイもうねっています。
リベンジの予定が、今回もまた、見事に
返り討ちにあってしまいました。
こちらは閉鎖後、太陽発電に変るそうです。
返信する

コメントを投稿