「ちょぼ」は小さい意。
江戸時代、かわいらしい少女につけた名。または、かわいいおぼこ娘。
江戸の後期、京都・大坂の揚屋・茶屋などで、遊女・芸者の供や、
呼び迎えなどをした15、6歳までの少女をさす。
おちょぼ 第97話 パリジェンヌの夕食

パリに有るアパルトマンはどれもこれも、見るからに時代を感じさせる。
それもそのはずだ。
観光地としての現在のパリの街並みは、今から100年以上も昔。
19世紀後半に完成をした風景なのだ。
だが古びた外観とは裏腹にひとたび建物の中に入り、らせん階段を上り、
ドアを開けるとまったく別の世界が目の前に現れる。
驚くほど現代的で、住みやすそうな空間が、ドンと目の前に出現する。
古い建物を大切にしつつ、それぞれに自分だけの快適な空間を作りあげていくのが、
パリに住むパリっ子たちの暮らし方だ。
パリジェンヌのサンドリーヌも、例外ではない。
部屋の中の家具は、目にも鮮やかな色彩で統一されている。
漆喰の白い壁の色に、ビビッドな青や赤の原色がとても綺麗に映える。
鮮やかな色合いは人間の視覚に、良好の刺激を与えてくれる。
気持ちをリフレッシュさせてくれるし、様々なアイディアを生み出す源泉になる。
鮮やかな色使いは生活をより充実させるため、この世に存在している。
「そのあたりに、大人しく座っていて」と、サンドリーヌがキッチンへ消えていく。
(住みやすそうな空間だなぁ・・・)と主の消えた部屋で似顔絵師が
無遠慮な目で、隅から隅まで、女性が一人で暮らしている空間を見回していく。
正面に、壁一面の大きな本棚が有る。
パリジェンヌは、本も大好きだ。
子供の頃から文学に親しみ、大人になっても日常の中で読書の習慣を大切にしていく。
個性を大事にするパリジェンヌたちにとって、読書は日頃から欠かせない。
自分の意見をしっかりと持ち、感性を磨くために、欠かせないアイテムになるからだ。
いくら話題を呼んでも、日本人のようにベストセラーを追うわけではない。
自分だけの好きな作家を見つけ出し、気張らないスタイルで読書を楽しんでいく。
ベッドで読書するパリジェンヌの姿は、欠かせないシーンのひとつとして
フランス映画などによく登場をする。
「出来たわよ」と、サンドリーヌがキッチンから戻って来た。
「ずいぶんと早いねぇ。さては君は、短時間でフランス料理を作る達人かな?」
「作ったのはサラダだけ。あとは帰りの道で、適当に選んできたものばかりです」
さぁ遠慮しないで召し上がれと、テーブルの上にディナーを広げる。
いつものお店から買ってきたという、チーズとハムがまず目の前に置かれる。
仕事の帰り道。パン屋に寄り、バゲット(フランスパン)を買い求める。
キッチンには常に、ワインが大量にストックされている。
野菜がたくさん食べたい時は買ってきた野菜をサラダに足し、子供達が居れば、
温かいスープを人数分だけ用意する。
乳製品と加工肉、パンとワインがとても美味しいフランスだから、
これだけで充分豪華な食卓になる。
「君っていう女の子は、いつもこんな風にまったく見知らぬ初対面の旅行者を、
自分の部屋へ、平気で引っ張り込むのかい?」
「失礼を言うにも、限度が有ります。
一宿一飯に生きるニッポンのヤクザだって、皮肉を言う前に、
仁義として、先にわたしの食事を褒めるか、いただきますを口にします。
お母さんから、そういう躾(しつけ)を受けなかったのかしら。
親の顔が見たいですねぇ、あなたの。
あ~あ、失敗しましたねぇ・・・日本から来た、見識のある画学生だと思ったら、
粗野だけが取り柄の、礼儀知らずを釣り上げてしまいましたぁ」
あっと大きな声をあげて、似顔絵師が椅子から立ち上がる。
すっかりサンドリーヌの部屋で知人のようにくつろいでいたが、よく考えれば
このパリジェンヌとは、出会ってからまだ半日と経っていない。
あわてて自己紹介をはじめようとする似顔絵師を、サンドリーヌがやんわりと
目で停める。
「気にしないで。あたしも、あんたの浮世絵の見識ぶりに驚きました。
あそこまで、的確に言い当てた人はあなたが初めてです。
真面目に絵を勉強している人だという事は、逢った時からよくわかりました。
でもね。初対面のマナーは、からっきし駄目なようです」
うふふと、サンドリーヌがふたたび目を細めて笑う。
「さぁ、食べましょう。時間なら、たっぷりと有りますから。
フランス人は、食事にたっぷりと時間をかけます。
親しい友人とお喋りしながら、楽しく、ゆっくりと食事を楽しむの。
食事の時間を長くすることで、消化を助けます。
朝ごはんは簡単に30分くらいで済ませるけど、ランチには1時間半くらいの
時間をかけるし、ディナーには最低2時間をかけます。
日本人は平均して、食事にセッカチすぎます。
量が多くても時間をかけてゆっくり食べることで、パリジェンヌは
消化のいい食生活を送ることが出来ます。
だからね、ほら。あたしのように、パリの女性は、絶対に太らないのよ」
第98話につづく
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