上州の「寅」(1)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/69/cd/03f68df2e024d8a6c0c3318562963e71.jpg)
石橋をたたいても絶対に渡らない。いつも引き返してしまう。
それが「寅」という男。
生まれは群馬県。むかし風にいうなら「上州」。
姓は諏訪。名は寅太郎。教師一家、諏訪家の長男として生まれた。
父親は国民的名画「フーテンの寅さん」の大ファン。
「いやです。寅太郎なんて野暮な名前。
だいいちテキ屋でしょ。寅さんは。
こどもが将来、そんな人間に育ったらどうするの。
あたしは反対です。
翔太か、翔(かける)にして!」
「遅い。手遅れだ。もう役所へ出生届を出してきた」
「もうっ、あんたって人は・・・」
というわけで上州に「寅」が誕生した。
フーテンの寅さんこと車寅次郎の生業は、ご存じの通りテキ屋。
ばくちうちではないが旅ガラスの渡世人。
「遅ればせの仁義、失礼さんでござんす。
わたくし、生まれも育ちも東京葛飾柴又です。
渡世上故あって、親、一家持ちません。
カケダシの身もちまして姓名の儀、一々高声に発します仁義失礼さんです。
帝釈天で産湯を使い、姓は車、名は寅次郎。
人呼んでフーテンの寅と発します」
と仁義を切る。
テキヤの寅さんは暴力団の組員なのか?答えはノー。
定宿を持たず旅をつづけているが、弱いものいじめはしない。
「寅」の幼年期のエピソードをひとつ。
豚の内臓を煮込んだもつ煮は、上州のソウルフード。
もつ煮専門の店もある。町中の大衆食堂でももつ煮を出している。
「どうしたの寅ちゃん?。
いつまでもお口をくちゅくちゅして」
「だってお母さん。わからないんだ。どうしたらいいのか・・・」
「呑み込めばいいの。適当に」
「適当って?」
「適当は適当。このへんでいいと思ったら、ぐっと呑み込むの」
もつ煮を食べている時の寅と母親の会話である。
「いくら噛んでも終わりがないんだもの。
くちゅくちゅ、くちゅくちゅ・・・
こいつったら口の中で、いつまでもいつまでも抵抗するんだ」
「いくら噛んでも限度はありません。もつ煮はそういう食べ物です」
「じゃ・・・いったいいつ呑み込めばいいの?」
「満足したら呑みこむの。適当なタイミングで呑み込みなさい!」
「満足したんだ。だけど呑み込むタイミングがわからない!」
「困った子ねぇ。満足したのなら出しなさい。ほら」
母がティッシュを差し出す。
寅がさんざん噛んだもつを、ぺっとティッシュの中へ吐き出す。
かくしてトラはもつ煮を食べるたび、噛み終わったもつをティッシュの中へ
吐き出すことになる。
(2)へつづく
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/69/cd/03f68df2e024d8a6c0c3318562963e71.jpg)
石橋をたたいても絶対に渡らない。いつも引き返してしまう。
それが「寅」という男。
生まれは群馬県。むかし風にいうなら「上州」。
姓は諏訪。名は寅太郎。教師一家、諏訪家の長男として生まれた。
父親は国民的名画「フーテンの寅さん」の大ファン。
「いやです。寅太郎なんて野暮な名前。
だいいちテキ屋でしょ。寅さんは。
こどもが将来、そんな人間に育ったらどうするの。
あたしは反対です。
翔太か、翔(かける)にして!」
「遅い。手遅れだ。もう役所へ出生届を出してきた」
「もうっ、あんたって人は・・・」
というわけで上州に「寅」が誕生した。
フーテンの寅さんこと車寅次郎の生業は、ご存じの通りテキ屋。
ばくちうちではないが旅ガラスの渡世人。
「遅ればせの仁義、失礼さんでござんす。
わたくし、生まれも育ちも東京葛飾柴又です。
渡世上故あって、親、一家持ちません。
カケダシの身もちまして姓名の儀、一々高声に発します仁義失礼さんです。
帝釈天で産湯を使い、姓は車、名は寅次郎。
人呼んでフーテンの寅と発します」
と仁義を切る。
テキヤの寅さんは暴力団の組員なのか?答えはノー。
定宿を持たず旅をつづけているが、弱いものいじめはしない。
「寅」の幼年期のエピソードをひとつ。
豚の内臓を煮込んだもつ煮は、上州のソウルフード。
もつ煮専門の店もある。町中の大衆食堂でももつ煮を出している。
「どうしたの寅ちゃん?。
いつまでもお口をくちゅくちゅして」
「だってお母さん。わからないんだ。どうしたらいいのか・・・」
「呑み込めばいいの。適当に」
「適当って?」
「適当は適当。このへんでいいと思ったら、ぐっと呑み込むの」
もつ煮を食べている時の寅と母親の会話である。
「いくら噛んでも終わりがないんだもの。
くちゅくちゅ、くちゅくちゅ・・・
こいつったら口の中で、いつまでもいつまでも抵抗するんだ」
「いくら噛んでも限度はありません。もつ煮はそういう食べ物です」
「じゃ・・・いったいいつ呑み込めばいいの?」
「満足したら呑みこむの。適当なタイミングで呑み込みなさい!」
「満足したんだ。だけど呑み込むタイミングがわからない!」
「困った子ねぇ。満足したのなら出しなさい。ほら」
母がティッシュを差し出す。
寅がさんざん噛んだもつを、ぺっとティッシュの中へ吐き出す。
かくしてトラはもつ煮を食べるたび、噛み終わったもつをティッシュの中へ
吐き出すことになる。
(2)へつづく
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