落合順平 作品集

現代小説の部屋。

赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (53)

2017-02-25 17:33:12 | 現代小説
赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (53)
 プロラクチン受容体のはなし



 登山口から歩き始めて2時間。
下15里、中15里、上15里の3つの急坂をそれぞれ無事に乗り越える。
すすむにつれて周囲に、大きなブナの木が増えてくる。


 灌木の中に、ウドやタラの芽が見える。
可憐な花をつける高山植物が、ちらほらと姿を現してくる。
眺望が開けはじめてくる笹平・横峰の広場に、ようやくの思いで2人が到着する。
清子は全身にびっしょりの汗をかいている。


 「清子。休憩中に、汗を拭いておくんだよ。
 今日は蒸し暑いから、少し動くだけで汗をかく。
 水はまめに摂っておくこと。そうしないとあとで、ばてる原因になるからね」


 「汗をかいているのに、水をたくさん摂れというのは矛盾しています。
 あっ・・・・胸の谷間をたったいま、冷たい汗が流れていきました!」


 「嘘つけ。Bカップに、胸の谷間なんかあるもんか。
 見栄を張るんじゃない。このペチャパイ娘が。うっふっふ」


 「恭子お姉さんのお胸は大きくて、形がいいので羨ましい限りです。
 どうしたら、そのように大きくなるのでしょうか・・・・
 何か秘訣のようなものでも有るのですか?」


 「秘訣なんかないけど、好き嫌いしないことと、乳製品や豆腐などの
 豆類をよく食べることかな。
 母親からの遺伝という人もいるけど、食生活や睡眠のほうが大切だと思う。
 北海道や東北の女性の胸が大きいのは乳製品などを、よく食べているからです」


 「乳製品と豆をよく食べると、胸が大きくなるのですか・・・」


 
 「昔の女性は20代前半で、大半がAカップと言われていた。
 今はCカップが多いと言われている。
 違いは、成長ホルモンの差から来ているようだ。
 ある程度の年齢から、女性ホルモンと成長ホルモンが分泌するようになる。
 プロラクチン受容体が出来上がってないと、乳房は大きくはならないんだよ」


 「プロラクチン受容体?。なんですかそれ?」



 「プロラクチン受容体は、10歳前半で出来る人もいる。
 遅い人は20歳を過ぎたり、中には一生出来ない人もいるそうだ。
 成長ホルモンは18歳をピークをむかえ、20歳から減少する。
 ゼロになるわけではないから、中には奇跡的に20歳を超えておおきくなる人もいる。
 そういう可能性もちゃんと残っている。
 だからお前も、もう遅すぎると悲観する必要はないさ」


 「プロラクチンというのは?」


 「プロラクチンというのは、脳の下垂体から分泌されるホルモン。
 女性の妊娠や出産などに、大きく関わるホルモンだよ。
 妊娠中は乳腺を発育させる。
 出産後は、乳汁の分泌を促す役割を果たす。
 そうかお前はまだ、身体が大きく変化を遂げる前の年齢だもんね」


 「あのう。男の人に胸を揉まれると、大きくなるというのは
 まったく嘘なのですか?」


 「たまたまプロラクチン受容体の成長期と重なって、大きくなっただけだろう。
 生理学的にはまったく何の根拠もないよ。
 なんだい、お前。
 女の胸は男の人に揉まれると、大きくなると思っているのかい?。
 可愛いねぇ。そんなものは根拠のないガセネタだ。
 エッチと胸の大きさに関係はまったくありません。あっはっは」


 『さて、行こうか』恭子が前方の登山道を見上げる。
灌木林の中を進んでいくと、やがて地蔵山の山頂に向かう小道と、
地蔵山の麓を巻いて峰秀水を経由していく分かれ道に出る。
『山頂へ向かう道は少しばかり手強い。清子が居ることだし、今日はこっちだな』
恭子がなだらかな道が続く巻き道へ進路を取る。


 「清子。
 プロラクチンの成分は含まれていないけど、この先に美味しいミネラルを
 たっぷり含んだ峰秀水の湧水がある。
 水筒を用意して、たっぷり汲んでいこう。
 冷たい水で顔を洗ったら疲れきった身体が、いっぺんに元気を取り戻す」


 「冷たい湧水があるのですか!。それ最高です!」


 「周りを見てごらん。ブナの大木があちこちにそびえているだろう。
 ブナの林は昔から、天然の水瓶と言われている。
 豊かな水源地さ。
 何も見えないけど私たちの足元を、ブナが溜めた地下水が脈々と流れているんだ。
 冷たい湧水は汗を流して登る人たちへの、山からの贈り物だ。
 ほら。木の間からもう、その湧水群が見えてきた!」


(54)へつづく


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