落合順平 作品集

現代小説の部屋。

赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (46)

2017-02-09 17:57:03 | 現代小説
赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (46)
 会津の盆踊り



 「8月13日から16日まで、毎年、盆踊りがひらかれる。
 東山温泉を流れていく湯川の上に、盆踊りの櫓が組まれるの。
 会津磐梯山の唄に合わせて、市民も温泉客も輪になって、一晩中踊りを楽しむ。
 東山温泉の女将や芸者衆も、おおぜい参加する。
 会津の盆踊りは、夏の忘れられない最大のイベントになるのよ」


 「会津の盆踊りと、小春姐さんと恭子さんのパパが、どこでどうして、
 結びつくことになるのですか?」


 「あんた。盆踊りが持っている本当の意味を知らないのかい?」

 
 「ひとつになることでしょ。
 お囃子に合わせて、ワイワイ踊って、親睦を深めることでしょう。
 盆踊りというものは」



 「盆踊りはね、お盆にかえってきた祖霊を慰める霊鎮め(たましずめ)の
 行事から始まったものだ。
 念仏を唱えながら踊る『念仏踊り』が、原型さ。
 念仏踊りが、民俗芸能や盂蘭盆(うらぼん。お盆のこと)などの
 行事と結びついて、いまの盆踊りになった。
 15日の晩に盆踊りをして、16日に精霊送りするのも、そうした現れのひとつさ」


 「それだけなら、普通のことでしょ。
 死んだ人をお迎えして送り返すだけなら、生きている男女のことは、
 まったく、関係ないと思います」


 「この子ときたら。何も分かっていないね。
 いいかい清子。
 盆踊りには娯楽や、出会いの要素が含まれているの。
 人の結びつきを深める場になるのよ。
 帰省してきた人たちの再会の場、男女の出会いの場という意味もある。
 盆踊りの歌詞の中に、色恋ものや、きわどい内容が多いのも、
 実はそのためなのよ」



 「そういえばそうです。そんな歌詞を、おぼろに聞いた覚えが有ります」


 「年に1度の盆踊りに、ひとびとはいろいろな思いを託す。
 盆踊りの晩(旧暦7月15日)は、満月にあたる。
 そのため照明のない時代でも、明るく過ごすことができた。
 月の引力せいで、人の気分が高揚する。
 盆踊りは、祖霊になった人と別れを惜しむ踊りだけど、
 同時に、出会いと別れを惜しみ、過ぎて行く夏を惜しむための踊りでもあるの。
 子供達は無邪気に大はしゃぎする。
 だけど大人達は、様々な思いを胸に抱いて一晩中踊るのさ。
 だからね。盆踊りは楽しさだけではなく、どこか切ない踊りでもあるの」


 「なるほど。
 盆踊りの中で、お二人が切なくなればいいわけだ!」



 「そういうことだ。でもねぇ、清子。
 せつなくなる中身がどういうことか、お前は、解っているんだろうねぇ?」

 「男女のことなら、たいていは分かります。
 ああなったり、こうなったりしながら、上になったり、下になったり・・・・。
 あ、すんまへん。口ではどうにも上手くが説明できません!」

 「あはは。
 そうだよねぇ、私もそのあたりは、よう解らん。
 私が考えているのは、盆踊りを上手く利用して、あの2人を公然と、
 デートさせてあげたいということや」


 「デートさせるあげる?。
 どう言う意味ですか。私にはよう分かりません?」


 「2人の仲は、もう10年を超えている。
 なのに東山温泉以外であの2人を見かけた人は、いまだに1人もいない。
 パパが何度も酒蔵の見学においでと誘っても、一度も来てくれないそうです」


 「たしか先日のときも、別件が有ると断っていました・・・小春姐さんは」
 


 「別件なんかないさ。小春さんには。
 酒蔵へ顔を出さないのは、小春さんの遠慮というか、気遣いが有ると思う。
 母が亡くなり、ずいぶん月日が経ちました。
 そろそろあたしにも、新しいお母さんができてもいい頃だと考えはじめているの」


 「え!。それって、あの、もしかしたら・・・・え、え~。
 小春姐さんと恭子さんのパパを、夫婦にしようということですか!」



 「しっ。声が大きい、清子。
 先のことです。結果は、大人たちが決めることです。
 わたしたちには、どうすることもできません。
 でもね。あんたが小春さんを、うまく盆踊りの会場へ引っ張り出してきて、
 あたしがパパを盆踊り会場へ引っ張っていけば、2人はばったりと、
 盆踊りの場で出会うことになる。
 私たち2人が姿を消してしまえば、あとは大人だけの世界になる。
 どうする清子。手伝ってくれるよね。
 この夏の最大の、大人たちの結びつきのイベントを!」


 「はい。精一杯、お手伝いをいたします!」


 清子があっさり、返事を返す。
この時はまだ、事の重大性と、難しさを、まったく理解していない。
自分よりもすこし大人びている恭子と、親しくなれたことが嬉しくて、
単純に、ただただ舞い上がっていた。


(47)へ、つづく


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