落合順平 作品集

現代小説の部屋。

赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (45)

2017-02-08 18:30:09 | 現代小説
赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (45)
 野口英世記念館




 猪苗代湖の東海岸に、観光客があつまる施設がいくつもある。
猪苗代町出身の細菌学者、野口英世の記念館もそのひとつ。


 生家をはじめ、遺品や資料などが展示されている。
乳児期。火傷を負った囲炉裏も、見学することができる。
門出に『我志をなさねば二度とこの地を踏まず』と決意を刻んだ床柱も、
そのまま残されている。

 ちかくに、野口英世の遺髪を納めた「誕生地の碑」がある。
野口が遺した格言を刻んだ「忍耐の碑」もあり、母親のシカが篤く信仰していた
観音堂も昔の姿のまま保存されている。


 「ねぇ、清子。お前、なんで芸者になろうと決めたの?」


 ソフトクリームを買ってきた恭子が、少し大き目と思われる方を、
『はいっ』と清子に差し出す。
『世界のガラス館でも見に行こうか』そのまま歩き始める。


 「なんでだろう。
 あたし。頭もあまり良くないし、勉強も好きじゃない。
 中学2年生の時。生まれて初めて、ほんものの芸者さんを見たの。
 そのときの、着物姿に衝撃を受けました。
 その時の芸者さんが、今の春奴お母さんと、小春姉さん達です。
 お粉(しろい)の匂いと、艶やかな衣装に、酔っちゃったせいかしら」

 「15歳でホントのお母さんと離れて暮らすことを、選択したんでしょ。
 離れて暮らしていて寂しくないの、清子は?」


 「恭子お姉さんは、小さい時、お母さんと死に別れているんでしょう。
 それから比べれば、まだ、あたしの母はピンピンしています。
 元気に生きているんだもの。
 それを考えれば、寂しくなんかありません」


 「なるほどね。そういう考え方もあるね。
 でさぁ。あんた。いつまで会津に居られるの?。
 1ヶ月おきに、6人のお弟子さんのところを回ると、市さんから聞いたわ。
 たらい回しされるようだけど。それって、本当なの?」

 「湯西川に残っているのは、春奴お母さんと、一番下の豊春姐さんだけです。
 半年のあいだ、各地の姐さんたちの様子を見ておいでと、言い渡されております」


 「ふぅ~ん。なるほど。
 ものは相談だけど、あんた。ここでの滞在をひと月ほど伸ばして、くれないかなぁ。
 お盆まで、会津へ居てくれないかな」

 
 「ひと月、余計に、此処へ居ろというお話ですか?」



 「うん。あんたにやってもらいたい仕事があるの。
 というより、立場的に、あんたにしか出来ない仕事が有んのよ」


 「わたしでよければ、何でもします。
 このあいだのラーメン屋の看板娘とか、酒蔵の看板娘なら喜んで引き受けます。
 少し疲れましたが、楽しいものがありました。
 ラーメンもとびっきり美味しかったし、最高でした!。
 恭子お姉さんの頼みなら、喜んで清子が、お引き受けいたします」

 
 「大丈夫かい、お前?。
 清子は少し単純すぎるから、見ていて危なっかしい部分があるんだもの。
 頼まれてもかんたんに、安請け合いするもんじゃありません。
 確認せず、濁り酒を一気飲みするから、気絶するんだ。
 人の話は、最後までちゃんと聞きなさい。
 そうでないとあとで、苦労する結果になる。
 頼み事というのは、小春姐さんのことなんだ」

 「小春姐さんに関することですか?・・・・いったい、なんでしょう?」

 「ウチのパパと、小春姐さんの仲のことさ。
 そう言われれば15歳のお前でも、なんとなく、見当はつくだろう?」

 「はい。おおよそ・・・」


 「おおよそかぁ・・・微妙な配慮が必要な、大人の世界の話だからなぁ。
 15歳のお前に、大人の機微を理解することができるかしら。
 おまえ。大人の恋がわかるかい?」

 「馬鹿にしないでください。わかります。そのくらいなら。
 ウチ、もう立派に大人ですから!」

 「ふぅ~ん。で、例えば、お前のいったいなにが大人なの?」

 「え?・・・・た、例えば、
 例えば胸も、以前から見れば、少し大きくなりました。
 それから、お尻もなんとなく最近、まるくなってまいりました」


 「やっぱりね。
 分かっているようで、ぜんぜんわかっていないね、お前って子は。
 清子には、初恋の人とか、好きな男の子は居ないのかい?。
 愛しくて恋して、夜も眠れないくらい、胸がドキドキ痛むようなことが
 お前には、無いのかい?」

 「ありません。夜は、ぐっすり眠れます」

 「あはは。可愛いねやっぱりお前は。15歳の清子は、最高だぁ!」


(46)へ、つづく

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