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落合順平 作品集

現代小説の部屋。

つわものたちの夢の跡・Ⅱ (55)夕食がはじまる

2015-06-12 10:54:34 | 現代小説
つわものたちの夢の跡・Ⅱ

(55)夕食がはじまる




 湯上りの、女たちは艶めかしい。
むき出しになった白いうなじから、女の香りが匂い立つ。
下着は着けていない。そう宣言した浴衣の胸から、あやしい色香が立ちのぼる。
そんな女たちばかりが狭い客室の中に、3人もいる。


 (ある意味ハーレム状態だ。だが浮かれている場合じゃない。油断は禁物。
 女はなんでこれほどまでに、自分の美しさを強調したがるんだろう。
 群れの中で自分がいちばん綺麗じゃないと、気が済まない生き物らしい。
 それにしても3者3様、見れば見るほど美しい・・・)



 生唾を呑み下した勇作が、『そちらへどうぞ』とすすめられた、上座へ腰を下ろす。
テーブルの上には、豪勢な宿の夕食が並んでいる。
何時の間に持ち出してきたのか。キャンピングカーに置いてあったはずのワインが
多恵の隣に、ドンと3本も置いてある。
市松の女将・恵子は宿のすすめで、吉野のやわらかい味の地酒を頼んだ。
すずは良く冷えたビールが好物だ。
手元にはすでに、水滴がキラキラと輝く良く冷えた生ビールのジョッキが置いてある。
勇作の前にだけ、熱燗の徳利がポツンとひとつ、仲間外れのように置いてある。


 「そんなら乾杯とまいりまひょ。
 無事に京都を脱出でけたんは、勇作はんんキャンピングカーのおかげどす。
 ぼつぼつと除夜の鐘やらなんやらが鳴るでっしゃろが、ここは人里離れた山ん中。
 好きなやけ食べて、好きなやけ呑んやら、今夜はさっさと眠りまひょ。
 目が覚めれば、希望に満ちたあたらしい年。
 あすん予定は、あすん朝、目が覚めてから決めることにしまひょ。
 ほなすずはんと勇作はんに、ええ年が来はることを願って乾杯といきまひょ」



 『乾杯~』と女たちの黄色い声が響き、賑やかに夕食の宴がはじまった。
風呂上がりの浴衣に丹前姿の女たちは、やはり、身動きひとつするたびに艶めかしい。
とくに池田屋の女将・多恵は、ひときわうなじが艶めかしい。

 日本の宿に、浴衣はつきものだ。
浴衣の襟。とくにうなじの後襟の開け具合は、女の色気を左右する。
普通は、こぶし1個分ほどの隙間を開ける。
だが宿に用意されている浴衣は、はりがないため、すぐにクタッとなる。
襟を開け過ぎると、だらしなく見える。衿がゆるみ、広がってしまう原因にもなる。
だが多恵は絶妙の開け具合で、ピンク色に染まった美しいうなじを見せる。



 「下は履きます。やけどブラなんてゆー、無粋なモンはつけへん。
 浴衣は本来、素肌ん上に羽織るモン。殿方が居なければ、パンツも脱ぎたいくらいどす。
 あ・・・あきまへん。完璧に酔っぱらっていますなぁ、ウチったら」


 2本目のワインを口にした多恵が、目の下を桜色に染めている。
多恵は生まれながらにして、小悪魔の才能を持っている。
幼いころからよく知っている恵子に言わせれば、小さい頃から多恵は、
同級生の男の子の心を、翻弄してきたという。



 (多恵は、おとこ心をメロメロにする大天才どす。
多恵の物欲しそないな目に見つめられると、どないなおとこしやて、簡単に陥落します。
欲しいもんは、すべて手にいれる子、それが多恵という女どす。
悪意はあれへんのどすが、磁石みたいに、おとこし衆を惹きつけてないないするんどす。
愛に溺れるんは構へんけれど、そん気になって、深みまで入ってはいけません。
どないかてならへん事態を、生んでしまいまっしゃろから、用心どす。
多恵にすべてをつぎ込んで、滅んでいったおとこしが、祇園には数限りなく居りますから)


 多恵についてそんな風に恵子が、ささやいた時。
ワイングラスを握り締めた多恵が、がくりとテーブルに顔を伏せた。
『もう、あかん』小さな声とともに、多恵が酩酊の眠りの中へ落ちていく。
『あら・・・』突然の出来事に、すずが呆気にとられる。



 「寝かせてあげて。今年も一年。多恵は馬車馬みたいに働いてきたんやモノ。
 おとこしを、いつも騙し抜いているわけではおまへん。
 おとこしが勝手に寄って来はるだけや。
 やけど、結局、悪口をいわれんのは、いつも多恵や。
 いまいてるアブラムシかて、勝手に家を出て、多恵ん座敷へ上がり込んやんに、
 奥はんに言わせれば、多恵が男を盗んだ泥棒猫どす。
 おとこし運が有りすぎて、持てすぎるおなごちゅうんも、辛いもんやねぇ・・・」



 畳に落ちていた多恵の丹前を、恵子がそっと多恵の背中へかけてやる。


(56)へつづく



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