落合順平 作品集

現代小説の部屋。

東京電力集金人 (83)観光気分のおやじ

2014-09-16 07:47:47 | 現代小説
東京電力集金人 (83)観光気分のおやじ



 (このまま、ゴーストタウンに変ってしまうんだろうか、ここは・・・)


 そんな不安が俺の頭をよぎった瞬間、駐車場の向こうに一台のマイクロバスが現れた。
見るからに派手なロゴが、小さな車体を埋め尽くしている。
今時の少女歌手たちが移動のために使うバスのような、なんともいえないド派手さが有る。
だが期待に反して、どやどやとバスから降りてきたのは、10数人の初老の男女たちだ。
慰霊碑の前で頭を下げている俺たちをちらりと横目で見たあと、初老の集団が
駅前商店街の入り口で、思い思いに立ち止まった。


 県外から、観光気分で廃墟の見学にやって来た一団なのだろうか。
少しの間、立ち止まり周囲の様子をきょろきょろと見ながら、ひそひそと声を交している。
津波に襲われた時のままの商店街の様子を、興味深く観察している雰囲気が
遠くに離れている俺たちのところまで、なんとなくだが漂ってくる。
 

 やがてそれぞれが分かれ、いろんな方向へ足を運び始める。
カメラを手にしたおばさんたちが、廃墟と化した商店街の建物をひとつひとつ丁寧に覗いていく
タバコをくわえたおやじが、自動改札の残骸をひらりとこえて、ホームの中へ入っていった。
そのあとを追うように数人のおやじたちが、ぞろりとホームの中へ同じように消えていく。



 電車の架線を支えていたコンクリート・ポールは、地上5メートルのところで
ぽっきりと、鉄筋をむき出しにしたまま折れ曲がっている。
線路わきに建っている鉄道関係と思われる建物も、一階部分は津波の直撃を受けているため、
鉄骨の柱だけを残して、ほとんどが空洞化と言っていいような状態になっている。
わずかに残ったトタンの切れ端と、ぶら下がった板切れが、風が吹くたびにコトコトと音を立てる。
「ほんとにあの日のままなんだねぇ、ここは」と言う声が、あちらこちらから聞こえてくる。


 ホームの末端まで歩いていった親父が、ぺっと唾を吐き出した。
さっきまで口にしていたタバコを、いきなり、ぽいと線路に投げ捨てた。
「危ないじゃないの、あんた。火が点いたままじゃ」と連れの女性がたしなめる。



 「馬鹿野郎。青草に火が点くものか。
 だいいち誰が見たって、此処は、ゴーストタウン寸前の町だ。
 タバコのひとつやふたつ投げ捨てて、ごみが燃えたところで、誰も気が付かねぇ。
 あの日の震災の残骸だけが、ごろごろと転がっているだけのつまらねぇ景色ばっかりだ。
 他に、これといって見るものが有るわけじゃねぇ。
 さっき見てきた富岡港の警察官殉死のパトカーと言い、駅前の廃墟と言い、
 見るからにうんざりしてきたぜ。
 どうにもこうにも、辛気臭くなるような光景ばっかりだ。
 いいから、もう、さっさと行こうぜ、俺たちの本来の目的地へ!」


 ぺっと唾を吐き捨てた親父が、踵を返して、スタスタとホームを戻ってくる。
「おい。運ちゃん。こんな何もないところを見学しても、ただの単なる時間の無駄だ。
さっさと目的地の、スパリゾートハワイアンへ急ごうぜ」
不謹慎なこの親父が、マイクロバスに乗ってきた初老グループの親玉格になるのだろうか。
あちこちを覗いていたメンバーたちが、親父のだみ声を聞きつけた瞬間、みんな同じように、
いそいそとマイクロバスへ駆け戻ってきた。



 最後に戻ってきた親父の連れが、慰霊碑の前で唖然としている俺たちに気がついた。
「地元の人たちかい、あんたたちは?」と、タラップに足をかけたまま、俺たちを振り返る。
「はい。私はこの先の、浪江町の生まれです」とるみが答えると、連れがタラップから
そっと足を降ろした。



 「じゃ、あんたも、此処でひどい目に遭ったひとりなのかい?。
 富岡港の近くに、殉職をした警察官が乗っていたというパトカーが置いてある。
 たったいま、それを見てきたばかりなんだ。
 原型を留めていないパトカーの姿に、そりゃもう、声も出なかったさ。
 福島県内では震災で、全部で5人の警察官が殉職したそうだ。
 住民の避難誘導の最中に、津波に巻き込まれて亡くなった職務に忠実な人たちさ。
 壊れたパトカーには、2人の警察官が乗っていたそうだ。
 そうのうちの1人は30キロ沖の大平洋上で発見されたけど、
 もうひとりの26歳の若い警察官のほうは、いまだに見つかっていないそうだ。
 剣道の達人だった若い警察官のために、壊れたパトカーには、
 母校の高校剣道部から贈られた竹刀が手向けられていた。
 見ていて、そりゃあもう、胸が詰まったさ」


 「おい、いい加減にしろ。もう行くぞ!」と親父が、マイクロバスの窓から顔を出す。



 「分かっているよ、うるさいね。もう行くから、もう少し待っておくれよ。
 そうかい、お嬢さんは、立ち入り禁止の浪江町の生まれかい。
 悪かったねぇ。うちの亭主は口が悪くってさ。
 でもさ、悪気はこれっぽっちも無い人なんだ。
 宮城の同じ仮設住宅で、隣近所で暮らしている住人たちの、久しぶりの慰安旅行なんだ。
 羽根を伸ばしに、いわきのハワイアンセンターへ行く途中だよ。
 思い出したくなんかないよねぇ。あの日の事なんか。
 でもさぁ、忘れるわけにはいかないし、ここの様子も気になって、
 ついつい、足を伸ばして来てしまったんだ。
 悪かったねぇ。あんたたちの仲のいいところを騒がしちまって。
 じゃ、頑張るんだよ、あんたたちも」


 それだけを言うと連れの女性が「よっこらしょ」と大きな身体を揺らし、
マイクロバスの中へ手を振りながら、消えていく。
くるりと方向転換したマイクロバスが、俺たちの横を本来の旅の目的地でもある、
いわき市に向かって、ゆっくりと走り出していく。
消えていく瞬間、かすかに開いたバスの窓からさきほどの親父がひょいと顔を出し、
「じゃなぁ。頑張れよ」と、口をかすかに動かしたような気がした・・・



(84)へつづく

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