落合順平 作品集

現代小説の部屋。

『ひいらぎの宿』 (10

2013-12-01 10:37:46 | 現代小説
『ひいらぎの宿』 (10)第1章 2人の旅籠が出来るまで 
・日光から足尾の峠を越えて、ひいらぎの古民家まで




 会津西街道は、日光市今市(いまいち)の国道119号との交差点が終点です。
交差点を左へ曲がれば有名な日光の杉並木街道を経て北関東最大の都市・宇都宮へ至ります。
右へ曲がると商店街を経由して、広大な神の領域を持つ『日光二荒山神社』に突き当たります。

 蕎麦屋や『湯波(ゆば)』の専門店が立ちならび、参道の役割も果たしているこの道の終点に、
鮮やかな朱色の漆が塗り直されたばかりの、神橋の欄干が姿を現します。


 「日光二荒山神社(にっこうふたらさんじんじゃ)は、
 延暦9年(790年:奈良時代末)、勝道上人が創建をした神社で、日光山岳信仰の中心地です。
 中禅寺湖にある男体山の御神霊、大己貴命(おおなむちのみこと)が祀まつられています。
 東照宮が造営される以前は、二荒山神社が日光山内の中心を占めておりました。
 現在の建築物は、元和5年(1619年)に、2代将軍秀忠の寄進により、
 桃山調の社殿に立て替えられたもので、現存している日光山内では最古とされる建築物です。
 神域は、古くは御神領74余郷に及ぶ広大なもので、現在でも男体山をはじめとする
 各連山がすべて境内と言われ、いろは坂は、境内参道であるとされています。
 日光国立公園の名所の多くがここの境内に含まれているという。実に壮大な規模です。
 3,400ヘクタールにもおよぶ神域は、伊勢神宮に次いで広いと言われています。
 本殿や神橋などの23棟が、国の重要文化財にも指定されています」

 
 二荒山神社へ向かう車の中で、清子が由来の説明を繰り広げています。
朱塗りの神橋を車窓に見ながら川を渡りきった俊彦の車は、突き当りを左へハンドルを切ります。
日光観光の最大の中心地、東照宮への入口を横目に見ながら俊彦の車は、ひたすら
広大な駐車場と物産店などが立ち並らんでいる街中を、横切っていきます。


 「あんたとドライブをするなんて、何年ぶりかしら」


 「俺が房総で怪我をした時のことだから、ざっと22年ぶりになる。
 同じ車に乗ったことはあるが、ドライブという点から見るとまさに22年ぶりの奇跡の出来事だ。
 へぇぇ。そんなになるのか俺たちは。気がつかなかった・・・・」

 「東照宮の町並みを走り抜けて、足尾の峠を超えれば群馬までは一直線の下りです。
 日足のトンネルを抜ければ、目的の草木ダムまでは40分。
 ドライブにしては短かすぎる気もしますが、それでも、久々な出来事に変わりありません。
 あなたとこうして、湯西川から群馬を目指して帰れる日が来るなんて、
 私には、まるで夢のようです」


 「帰ると言ったって、君の荷物はアパートに置きっぱなしだし、部屋もそのままだ。
 身体一つで帰ったところで、手も足も出せないだろう」


 「あら。ご心配なく。部屋はすでに空っぽですし、荷物もまったく残っておりません。
 リニューアルの終えた古民家に、全て運び込んであります。
 あとはこうしてあなたと二人で、身体ひとつで群馬へ帰るだけです」


 「なるほど。手回しがいい。すべてがもう片付いているのか。
 君のやることはいつものことながら、抜け目が無い。でも万がいち、俺がごねて抵抗し、
 山奥には住まないと言ったら君は、いったいどうするつもりだった」



 「私が、あなたの住む桐生へ通えばそれで済むことです。
 あなたの都合がどうであれ、私はあなたと暮らしたいだけが望みです。
 草木の山奥がどうしても嫌だというのなら、週末に遊びに来るための別荘として使います。
 いやいやですが、普段はあなたのアパートで暮らして、蕎麦屋のお手伝いなどをいたします」

 「なるほど、殊勝な決意だ。泣かせるねぇ・・・・
 だが、本気で山村で暮らすという意味は、その蕎麦屋も、どうやらたたむという覚悟も必要なようだ。
 君が30周年で芸者家業に見切りをつけたように、俺もどうやら20周年で、蕎麦屋を
 廃業することになりそうだ」

 
 「無理しなくてもいいわよ。ゆっくり決意してくれればいいことだもの。
 でもね・・・それほどまでに、やっぱり私の身体が魅力的ということになるのかしら?。」



 「言ってくれるねぇ、君も。
 ひとつだけ聞かせてくれないか。君が古民家を見つけて、終の棲家と決めた根拠はなんだ?
 山村に住みたいということだけではなく、他になにか特別の根拠がありそうだ。
 生まれた故郷への郷愁という意味からすれば、今度の古民家の場所は
 君が生まれた、草木のダム湖からは、少しばかり離れすぎているだろう」

 「入口に、ひいらぎのおおきな木があるの。それが決めて手です」


 「ひいらぎ?。
 ひいらぎって・・・葉っぱの先に、あのギザギザがいっぱいある木のことか?
 そんなものが永住するための決め手なのかい、君の」



 「ごめんね。その程度の出来後で。
 湖底に沈んでしまった私の生家にも、入口に大きなひいらぎの木が有りました。
 ただそれだけの理由です。大空にそびえるひいらぎの木を見た瞬間に、なぜか即決で、
 終の棲家として、ここへ住もうと決めてしまいました」

 「へぇぇ。ひいらぎの木か・・・・ひいらぎねぇ・・・・」





第1章 2人の旅籠が出来るまで (完)
 
 
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