きっと、いいことあるよね!

母(sake)と息子(keke)の日々の記録。
お出かけ写真と料理など。

「多分そいつ今頃パフェとか食ってるよ。」(続編)を読んで

2024-07-12 | 読んだ本


今日のお弁当は時間がなくて慌ててスマホ撮り。
もうちょっとダイエットを考えてご飯減らすべきか。。。


今日の夜。
カレーも少し煮たので、この後にちょっとご飯をよそって食べた。

夕飯の左上のトマトはOMさんのおすそ分けです。^^
最近トマトをカレーに入れることが多いので助かります。ご主人が定年退職後に農園でお手伝いをしているのだとか。

そう言えば会社でも今度定年退職される方がいて、その後は夜勤の仕事を見つけたそうです。週に3日と言っていたけど・・・この年で夜勤は大変ですよね、でも年金だけじゃ暮らしていけないって。

定年後の仕事かぁ・・・

でもその方、何か嬉々としててちょっと楽しそうにも見えました。


さて、今読んでいる本はこちらです。

「多分そいつ今頃パフェとか食ってるよ。」(続編)
マンガと文:Jamさん 精神科医の名越康文さんが監修しているようです。

この中で「正直な話、人生の最期まで一緒にいてくれる人は自分自身だけです」と言う文面があり、つくづくその通りだと思いました。どうしてそんな大切なことを誰も教えてくれなかったのでしょう。数学の公式よりも重要なことなのにね。

恐らく子供時代に見ていた本や、テレビや、学校生活の中で知らず知らずに思い込んでいた「幸せになる」と言うこと。それからそのためには「努力しなければいけない」と言う暗示。
「相手より秀でて勝つことが目標」みたいな刷り込み。偏差値教育。
いつしか身についてしまった「勝ち組」「負け組」と言う感覚。

この本の中に「他人をつい羨ましがってしまう」と言う項目があって、「それは映画の中の一コマだけを見てそう評価してしまうだけなんです」と言う解説もありました。
映画の一コマだけを取り上げて、自分を否定してしまうのはもったいない。

私達は、結婚しているかどうか、子供がいるかどうか、幸せな家庭を築いているかどうかとか、いつも偏差値みたいに評価したがり、劣等感を感じたり優越感にひたりたがったりするけど、それは間違っているかもしれません。

ふと気が付くと、私は本当に悲しい別れを経験したことがあるのだろうか。。。。
離婚や辛い(と思われる)別れも経験したけれど、悲しいと言うよりも、怒りに震える方が合っているような気がします。というのは、その人が自分にとってプライドを傷つけなければそれでいいという存在になっていたのかもしれません。そして、そうなった理由は常に私は「こうでなければならない」と言う気持ちで頑張り続けていたからなのですね。

こうでなければならない、だから頑張らなきゃ、と言う価値観に何の疑問を思わないと、それが正しいと思い込み、そうでない自分やそうならない相手を叱咤することになるのです。いつの間にか愛情だと思っていたものは何かのバロメーターに変わっていったのです。

この本のどこかに更に書いてありましたが、人って手に入らないうちは執着するのに、手に入った途端に軽く考えるようになるんです。もっと良くなりたくて服を買ってみたり、パーマをかけてみたりするのは女性あるあるですが、男性だと車を買い替えたり、彼女を変えたりするのもそうかもしれません。

結局それって、欲望でしかないんですね。

「もっともっと」「もっと目指せ」「もっと頑張らなきゃ」「努力して幸せをつかむんだ」
そういうスイッチがずっとオンになりっぱなしなんです。
そこをオフにしないと、それに気づかないと変わらない。

昨日の話じゃないけど
「生きていけなきゃ死ねばいい」
それぐらいで丁度いいのかもしれません。

ある人が候補者の決め台詞は「今の東京(日本)を変えよう」なのだそうです。
それが大衆をつかむ決め台詞なのだとか。
当選してほしい候補者にそう言わせる・・・・・・とまでは言いませんが、なるほどなぁ~と思います。

あの小泉さんの決めセリフは「自民党をぶっ壊す」だったように。
「もっともっと」に洗脳されている大衆にはウケが良いそうです。

だからと言って、今のこの政治に常に満足し、感謝せよと言う訳ではありません。そこらは塩梅があります。

何が言いたいのか分からなくなってしまいましたが、要するに結構心理的洗脳は、深い所からあるように思うんです。
私が最近「何だか理由は分からないけど、この人と居づらいな」と思う人は、大抵が頑張り屋さんだったりします。それがいいことだと思い込んでいるから(実際に世間的には正しいし)、何故そう感じるのかよく分からないんですね。

いいとか悪いとか、正しいとか間違いではなくて、何となく居づらいなと思ったら、その感覚が自分にとっては正解なんですよね。

だからやっぱり子供のころから培われてきた価値観は、根底から疑問に思うことも大切かもしれません。
たまたまかもしれませんが、知り合いの学校の先生のお子さんが必ずしも模範的にはなっていないような気がします。やはり学校教育の価値観と現実の子育てにはギャップがあるのかもしれません。。。もちろん全てがそうではないと思いますが。。。
          



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