今は中島みゆきの「中島みゆき」と言うアルバムを聴いている。
これは私の記憶が正しければ昭和63年の初めごろ、会社勤めが始まった電車で繰り返し聴いていたアルバムである。その前に出た「36.5℃」に比べるとぶったぎり感がやや鈍く、昔の暗さがよみがえったような感じがしていた。
「泥はふりしきる」のような初期のふられ・いじけ的歌詞あり、「クレンジングクリーム」にいたっては「クレンジングクリーム(を塗ったら)イヤな女が現れる」(原文どおりではない)みたいな歌詞を、しかも同じフレーズで延々と歌い続ける辺りは幽霊でも出てきそうな、なんじゃーこりゃー、ジーパンが死んだようなショックを受け、この曲は毎回先送りしていたような覚えがある。
その中で好きだったのは「土用波」と「ローリング」であり、特に「ローリング」については、サビの「淋しさを人に言うな 軽く軽く傷ついて行け (僕は)笑いながら荒野に(立って)いる」(内容は同じだと思うが一部変換)が、ほんとに好きで、kekeを背負って1人で頑張っていた頃、このフレーズをそれこそ幽霊のごとく何度も歌って自分を励ましてきたかけがえのない歌でもある。
しかし、この歌、どうしても3番の前半の歌詞が違和感があると言うか、なんでここでこれを持ってくるのか、どうしても腑に落ちず納得できないのだ。
内容は公衆電話ボックスに入り、電話番号の9桁(当時23区は9桁でした)の数字を適当に並べ替えてイタヅラ電話を掛けるが、どうしても一つだけ押せない組がある、と言うものである。
で、私はこれを当時「別れた男」の番号だと思っていたのだが(そう解釈する人は多いと思う)、でもどうしてそこから「笑いながら荒野にいる」と言う心境になるだろうか、この箇所が気に入らなかった。この部分がこの歌の世界観みたいなものをみみっちくしているような気がして残念だった。
でも25年経って改めて聴くと、人の別れっていろいろあるわけで、全てが振った振られたとは限らないし、好きであっても別れる事情があるかもしれないし、恋愛がらみではなくて昔の同志かもしれないし、そもそも別れた相手とはどこにも書いてないのだった。
むしろそれぞれが持つ「どうしても今からでは戻れない地点」なのかもしれない。
当時の33歳ぐらいの年って、今と違ってもう結婚しないだろうなって言う年だったりする。自分も33歳で離婚してまさに「夢のなれの果てが転ぶのばかりが見えた」頃。
バックグランドにあるものは違っても、理想の人生と現実の自分の姿のギャップに気づき、孤独に打ちひしがれながら強く立ち向かう歌なのではなかろうか。。。
そう思って、私はもう一度リピートして掛ける。
どうしても一つだけ押せない組がある。
Rollin' Age 淋しさを
Rollin' Age 他人に言うな
軽く軽く 傷ついてゆけ
Rollin' Age 笑いながら
Rollin' Age 荒野にいる
僕は僕は荒野にいる
これは私の記憶が正しければ昭和63年の初めごろ、会社勤めが始まった電車で繰り返し聴いていたアルバムである。その前に出た「36.5℃」に比べるとぶったぎり感がやや鈍く、昔の暗さがよみがえったような感じがしていた。
「泥はふりしきる」のような初期のふられ・いじけ的歌詞あり、「クレンジングクリーム」にいたっては「クレンジングクリーム(を塗ったら)イヤな女が現れる」(原文どおりではない)みたいな歌詞を、しかも同じフレーズで延々と歌い続ける辺りは幽霊でも出てきそうな、なんじゃーこりゃー、ジーパンが死んだようなショックを受け、この曲は毎回先送りしていたような覚えがある。
その中で好きだったのは「土用波」と「ローリング」であり、特に「ローリング」については、サビの「淋しさを人に言うな 軽く軽く傷ついて行け (僕は)笑いながら荒野に(立って)いる」(内容は同じだと思うが一部変換)が、ほんとに好きで、kekeを背負って1人で頑張っていた頃、このフレーズをそれこそ幽霊のごとく何度も歌って自分を励ましてきたかけがえのない歌でもある。
しかし、この歌、どうしても3番の前半の歌詞が違和感があると言うか、なんでここでこれを持ってくるのか、どうしても腑に落ちず納得できないのだ。
内容は公衆電話ボックスに入り、電話番号の9桁(当時23区は9桁でした)の数字を適当に並べ替えてイタヅラ電話を掛けるが、どうしても一つだけ押せない組がある、と言うものである。
で、私はこれを当時「別れた男」の番号だと思っていたのだが(そう解釈する人は多いと思う)、でもどうしてそこから「笑いながら荒野にいる」と言う心境になるだろうか、この箇所が気に入らなかった。この部分がこの歌の世界観みたいなものをみみっちくしているような気がして残念だった。
でも25年経って改めて聴くと、人の別れっていろいろあるわけで、全てが振った振られたとは限らないし、好きであっても別れる事情があるかもしれないし、恋愛がらみではなくて昔の同志かもしれないし、そもそも別れた相手とはどこにも書いてないのだった。
むしろそれぞれが持つ「どうしても今からでは戻れない地点」なのかもしれない。
当時の33歳ぐらいの年って、今と違ってもう結婚しないだろうなって言う年だったりする。自分も33歳で離婚してまさに「夢のなれの果てが転ぶのばかりが見えた」頃。
バックグランドにあるものは違っても、理想の人生と現実の自分の姿のギャップに気づき、孤独に打ちひしがれながら強く立ち向かう歌なのではなかろうか。。。
そう思って、私はもう一度リピートして掛ける。
どうしても一つだけ押せない組がある。
Rollin' Age 淋しさを
Rollin' Age 他人に言うな
軽く軽く 傷ついてゆけ
Rollin' Age 笑いながら
Rollin' Age 荒野にいる
僕は僕は荒野にいる
私も好きで時々カラオケで歌ったりします。
暗いけど、逞しい感じがありますね。
中島さんの人生も色々とあったのだなぁ…と以前週刊誌をチラっと読んで思いました。
歌詞も自分の置かれた立場や、年齢等によって受け取り方がだいぶ変わったりするので、今まで気にならなかった歌が好きになったりしますよね。
それが時間と共に経験値が増えた証拠なのかもしれないですね。
受け取り方は人それぞれですからね。
そうなんです。あの逞しい感じ・・明るくなくたくましい感じが親しめて励まされるのです。
歌って聴いているうちに、最初何とも思わない歌に魅力を感じたりしますよね。昔はテープだったから、あまり飛ばして聴くことがなかったけれど、CDになってからは好きな曲だけ選んで聴いたりして、便利になったけれどそういう意外性も減った気がします。
中島みゆきの歌って、抽象的なものも多いからいろいろ受け取れてしまうんですよね。
いまとなれば、電話ボックスも郷愁なものになってしまいました。
iinaさんのところの金魚ボックス拝見してビックリしました。
私はついこの前まで公衆電話から掛ける派だったので、会社と家から一番近い公衆電話は把握しています。
この頃コンビニでも公衆電話あるとは限らないので、さすがに携帯から電話するようになりましたよ。