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きっと、いいことあるよね!

母(sake)と息子(keke)の日々の記録。
お出かけ写真と料理など。

自慢話

2012-12-05 | 息子keke
この前美容院で髪を染めてくれた人は、久しぶりの担当だったので「その後、息子さんは戻ってきましたか?」と尋ねてきた。
kekeが大学を辞めるとか、戻ってくるとか、そんな頃に話をしていたのだ。

私は「あぁ学校を辞めて家にいるんです。」と答えた。

「今はどうしてるんですか。」
「まぁバイトをちょこっとしてます。」
「ちゃんと働いてほしいですね。」
「まったくそうです。しょうがないものです。」

私は調子づいて、「まったく、ここまで育ててきて言う事もきかずグータラとは情けない!子供って言うのは、振り返ると一体何だったんだろうと思いますよ、まったくもう。アハハハ!」と言うと、美容院のニイちゃんも手伝っている姉ちゃんもドンビキしている。
そうだ、彼らはkekeと同世代なのだ。
私は自虐ネタのつもりでも、kekeと同世代の子にとっては自分が親から言われたら、と思ったのかもしれない。

私は大きく反省した。
今まで、本人が居ない所でそんな事ばかり言っていたのだ。
自分の子供のいい所は一つも言わず、悪い事ばかり言っていたのだ。
それはとても失礼な事だと思った。

これからは自虐ネタは自分だけにしようと思った。
いや、そもそも自虐ネタを言う必要があるのだろうか、とも考えた。
それは人との会話のツールではあるけれど、それを酷使しなければならないような関係があるのだろうか、とも考えた。

自分の周りで「いいこと探し」を始めたら、何となく毎日が変わったように、kekeや自分のことも「いいところ探し」を始めたら、何かが変わるかもしれない。

それが例え、独りよがりな世界でも構わない。
誰が私の事を何て思おうと、もう私自身が毎日楽しい事が大切なのだから。

もう自虐ネタで他人を安心させるよりも、自分が日々楽しいことを優先させることにした。
そんな事をあえて「宣言」しなければならないほど、私はある意味卑屈な人間だったのだ。

昨日、G子から電話が合った時、「keke君がバイトを始めた話を聞いて、娘も喜んでいたよ」と言うので、「週末、私が具合が悪い時にカレーを作ってくれたんだよ」と言う話をした。

「私ね、これからkekeのこと、いい話を人にすることにしたんだよ。今まで悪い事ばかり言っていたから反省したんだ。」と言うと、G子は分かっているのか分かっていないのかよく分からないけど、「いいことだよ」と言う。

そして考え始めると、kekeはいいところがいっぱいある。

例えば、出勤時間がほぼ等しいけど、洗面所もトイレも奪い合いにならないのは、私が使っている時はkekeが決して使おうとしないからである。(つまり奥ゆかしい)
イビキもかかないから、眠りを妨げない。

逆に私が早起きでゴソゴソしてても怒らない。
それから当然のごとく、無駄遣いもしない。

昨日は切れた蛍光灯を変えてくれた。
一緒にラーメンを食べた。
夕飯が遅くなっても文句を言わず、まだできあがっていないのを知ると「先に風呂に入る」と言った。

そうだ、kekeは自分から怒る事が無い。
自分から「もっと○○しておいてくれればいいのに」と言うことがない。
他人に期待しない子供なのだ。

私がkekeに「ああなってほしい」「こうなってほしい」と言うのがなければ、極めて関係はスムーズなのだ。
今度、ゆっくり食事をする機会があったら、そう言う所を話にしてみよう。

私はそうやってなにげに「自慢話」を習慣にしていこうと思い始めた。
相手の上に行こう、行ってやろうと言う気持があると「自慢話」になるかもしれないが、私の場合は最初からそうは思っていない。不愉快な「自慢話」にはならずに済むのではないか・・・と思っているのだが。。。