下関は午後から大雨のということで、宿泊地の小倉を早々と発ちました。3年前は訪問地の往復で寄り道した程度でしたが、壇ノ浦に向かってみまし。バス停の壇ノ浦には海峡と関門橋が見えるだけでした。
帰りの空港に向かう途中で気が付いたのですが、壇ノ浦の古戦場は関門橋を超えたところにありました。
海から見える赤い社に向かいました。赤間神宮でした。赤間神宮は、源平壇之浦の合戦に敗れ、わずか8歳で関門海峡に入水された安徳天皇を祀っています。
平家一門を祀る塚があり、『耳なし芳一』の舞台でもあります。
墓の門前に芳一堂がありました。
壇之浦を望む水天門は鮮やかな竜宮造りとなっています。竜宮城は1月行った鳥羽にもありましたが、平家物語から、こちらの方がその気にさせるものでした。
「先帝身投げより」源氏の兵が、平家の船に乗り移り、漕ぎ手、舵取りも射殺され、切り殺され、舟を立て直すことも出来ず、船底に倒れ付した。知盛は小船に乗り、御所の船に参上し、「世の中は、今はこれまでのようだといい、見苦しいものは皆海に投げ入れなさい」と舟の舳先から船尾へを自ら掃除をした。
二位の尼(平時子。清盛の妻)はこの有様見て、安徳天皇を抱き「わが身は女であるけれども、敵の手にかかるようなことはしたくない。主上のお供をいたします。」天皇は驚かれた様子で、「尼君様、私をどこへ連れて行こうとするのじゃ」「これから極楽浄土という目出度いところへ一緒にお供しますぞ」
二位殿はそのまま抱き、「波の下にも都はございますぞ」と慰めて、入水したということで、海の底の竜宮城を想像させます。
平家物語をしっかり読んだことはありませんが、小学1年生の学芸会で浦島太郎を演じたこともあり、竜宮城には興味があります。
駅に向かう途中にフグの市場で有名は唐戸市場があり、駐車場にツバメが巣くっていました。市場の周辺にフグのレプリカがありました。
帰りの飛行機は梅雨空の上を飛んでいました。雲が綿のようにふかふかしていたり、雲と空の間が「水(雲)平線」のようでした。