どうぶつ番外物語

手垢のつかないコトバと切り口で展開する短編小説、ポエム、コラム等を中心にブログ開設20年目を疾走中。

ポエム16 『どこへ錨草』

2013-03-05 00:02:34 | ポエム

  
      イカリソウ

     (城跡ほっつき歩記)より

 

 

先生、お礼にイカリソウを持ってきました
ほう、これはどうしたのかね
お祖母ちゃんが大切に育てているものです
そんな大事なものをもらってもいいのかね
お世話になったのでぜひ先生にお届けしなさい、と


肺の切除という難手術を成功させた名医師
大学病院と掛け持ちの執刀医は
突然の申し出に戸惑うこともなく
ぼくが持ち込んだイカリソウの鉢を
ビニール袋ごと提げて立ち去った


白衣の中の身体をやや前傾させ
先生はイカリソウをどこへ運んだのか
医局だったのか大学の研究室だったのか
先生それなんですか、と
インターンか学生に訊かれたに違いない


きみ、これ育ててくれ
先生のことだから捨てることは考えられない
ぼくがイカリソウに想いを馳せるのは
貴重な植物がどう処理されたかというより
ぼくの感謝の気持ちがどのように受け止められたかだ


ぼくが先生だったらまず不審を抱いただろう
いくら辞退を表明していても
お礼の現金とか高級ブランデーを渡そうとするものだ
それなのにイカリソウの鉢植を持参するなんて
この若者は常識はずれか恥知らずのどちらかだ


ぼくは還暦を前に昔のことを思い出す
遥かな海となった歳月の中で先生の消息は届かない
船はすでに彼岸のどこかへ錨を下ろしたのか
今年も我が家の庭で強壮の薬草が生き延びる
白い花は奇態な贈り物の記憶を纏って白衣の比喩となる



  


  


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4 コメント

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柳瀬川の崖線部にひっそりと (小頭@和平)
2013-03-05 21:19:04
こんばんは。
いつも拙い画像をお使いいただき、ありがとうございます。

この碇草は大分以前に荒川の支流である柳瀬川左岸にある崖線部の斜面に人知れず咲いていたものです。
本来ならばもう少し群生するはずなのですが、この時はあいにくとこの一株のみでした。

その後、碇草との再会を果たしたのは山梨県の武田氏の詰城ともいわれた要害山城の山中でした。
この場所はクマやイノシシの出没が珍しくなく、訪れたときもイノシシの威嚇するような鳴き声(エンジンカッターを始動するときのような響き)が谷の方向から聞こえておりました。

あまり日当たりを好まない性質のため、この野草に出会ったのは今までに2度ほどしかありません。
高山植物というよりも、どちらかといえば名も無い丘陵地帯や里山の山中などの日陰にひっそりと咲いている可憐な植物です。

それでは、また。
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ぎりぎりの場所で (窪庭忠男)
2013-03-06 00:36:22
(小頭&和平)さま、貴重な画像と共に撮影場所の説明など提供していただき、勉強になりました。
イカリソウについては、どのあたりに生えているのかわかりませんでしたが、解説によってあまり条件の良くない場所で生き抜いている植物と知り、合点がいった思いです。

高山植物の一種と思い込んでいたのは、浅はかでした。
川の崖部や人里離れた山中など、生育環境としてはぎりぎりの場所だったんですねえ。
それだけに余計愛着が湧き、貴重さも実感できた気がします。
武田氏の山城という要害の山中に響くイノシシの威嚇音の描写に、思わず身が引き締まりました。
これからもいろいろとご教示お願いいたします。ありがとうございました。
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ここにも小宇宙が (くりたえいじ)
2013-03-08 11:20:26
素敵な短詩 !
イカリソウと、白衣のドクターと、若者とが巧みに絡み合って
宇宙的な空間を示しているようです。

詩人というのは、被写体(?)を前にしたとき、こんな想いが迸ってくるのでしょうか。
そして、それが恰も小宇宙となって空間に飛散していくのでしょう。

自分もこんな詩を書けたらなあ、と空想もしてみますが…。
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時間の海に浮かぶ肖像 (窪庭忠男)
2013-03-09 01:35:01
(くりたえいじ)様、コメントありがとうございます。
誰にも忘れられない記憶があり、空間に描かれた肖像をお持ちのことと思います。
そうした人物像がある種の関係性の中で命を得て、小宇宙を作るのだとしたら、それは大変ありがたいことだと感じております。

この詩がはたして評価に値するかどうか自問しながらも、画像への呼びかけを続けていきたいと願っております。
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