どうぶつ番外物語

手垢のつかないコトバと切り口で展開する短編小説、ポエム、コラム等を中心にブログ開設19年目を疾走中。

『ライオンのおやつ』を読みながら(1)

2020-10-27 01:56:34 | 書評

久しぶりに本を読んだ。

読んだといっても、読み終わったわけではない。

実は友人に薦められ、タイトルが気になっていた本をボチボチと読み始めたら、ふわ~と包み込まれてしまったのだ。

「ライオンのおやつ」って、いったい何だろう?

主食は生肉だろうから、おやつはサラミソーセージみたいなものかな。

ばかな想像をしながら、最初のページを開いた。

<海野雫様>という宛名の人への手紙だった。

送り主は、宛名の女性の体調を気づかいながら、クリスマスの日に到着するのを待っているという。

下着や着替えを持参するのが原則だが、不足のものはこちらでも買えないことはないと付け加える。

道中、船で来ることを強く勧めている。

船からの眺めは格別で、穏やかな瀬戸内の風景を心ゆくまで味わってほしいという。

文面はやさしい女性の言葉で書かれていて、初めて施設へ向かう入所者の不安を一つずつ取り除く気づかいに満ちている。

最後に<ライオンの家 代表 マドンナより>と記されていて、手紙だけでおおまかな状況がわかる仕掛けになっている。

 

うまい手紙だなあ、と感心したのだが、それもそのはず作者の小川糸さんは『ツバキ文具店』で依頼主に代わって手紙の代書をする女性を主人公にしている。

ほかにも評判の作品がいくつもあって、外国語に翻訳されイタリアやフランスで賞を取っているらしいのだが、ぼくは読んでいないので別の機会に譲る。

というわけで、また『ライオンのおやつ』に戻るが、この本の半分ぐらいまで読み進めたとき、途中ではあるが急に何かを書きたくなってしまった。

書評にせよ読書感想文にせよ、最後まで読み終わってから書くのが正当だとは思うのだが、あえて結末を知らずに書いてみようと思いついた。

このような試みに意味があるか、ないかわからないが、馬鹿者のやることだからお許しいただきたい。

 

本屋大賞2位に推された本だから、すでに読み終わっている方もたくさんいるだろう。

それでも、ゆっくりと噛みしめながら味わってみたい。

がつがつと食べて「ああ、うまかった」という読書ではなく、舌に残る出汁の微妙な味を脳にしみ込ませるような読み方にしたい。

ぼくなりの望みを抱いて、雫(しずく)さんと共に船に乗る。

<船の窓から空を見上げると、飛行機が、青空に一本、真っ白い線を引いている。私はもう、あんなふうに空を飛んで、どこかへ旅することはできないんだなぁ。そう思ったら、飛行機に乗って無邪気に旅を楽しめる人たちが、羨ましくなった。明日が来ることを当たり前に信じられることは、本当はとても幸せなことなんだなぁ、と。>

雫さんは不治の病に罹り、残された命がそう多くはないんだと理解できる。

いま、船に乗って、瀬戸内海のどこかへ向かっている。

たぶん、たくさんある島の一つで、死を間近に控えた人をやさしく迎え入れるホスピスなんだろうと想像できる。

<到着したのは、ふんわりとメレンゲで形を作ったような、なだらかで丘みたいな島だった。土地の人はこの島を、レモン島と呼んでいる。かつて、この島でたくさんの国産レモンが栽培されていたからだという。

・・・・船着場には、マドンナが待っていた。マドンナ、という名札を下げていたわけではないけれど、絶対に彼女がマドンナだとすぐにわかった。>

雫さんの目に映ったマドンナの姿は、ふたつに分けて編んだお下げの七割は白髪で、神社のしめ縄のように立派だった。

<ずっとお辞儀をしているので顔ははっきり見えなかったが、完璧なまでのメイド服を着ている。

縁飾りのついた真っ白いエプロンにはしみひとつなく、全身がモノトーンでまとめられている。・・・・唯一、靴だけは真っ赤なエナメルのストラップシューズを履いていた。それが、妙に似合っていた。>

こうして、雫さんはマドンナを受け入れ、マドンナに受け入れられる。

「メリークリスマス」と、マドンナがはにかんだ声でいう。雫さんんも、照れながら「メリークリスマス」と返す。目の前のマドンナと何かをを共有できた瞬間である。

この後、前の部分に大きな箱をつけた三輪自転車で、ライオンの家まで送られる。

運転者はマドンナで、雫さんは大きな箱の中に腰かけて。

「乗り心地は、いかがでしょうか?」

「最高です」

「それはよかったです。ドイツから取り寄せた、最新式のカーゴバイクでございます。雫さんが、初の乗客です」

ライオンの家まで着く間に、マドンナはいろいろな情報を伝える。とても古い神社、地元密着型のスーパー、郵便局とATM、野良猫たちの集会所である公園など。

「着きましたよ」

箱から出て、海を前に深呼吸する。空気がおいしすぎて、おかわりをするみたいに、二回、三回と繰り返した。

 

なんと心地よい表現だろう。

雫さんは、残り少ない時間をこの島で過ごすのだ。そう思うと、一読者であるぼくもホッとする。

微笑むと目が三日月型になるマドンナに支えられて、これからの日々を送るのだ。

この後、ライオンの家での生活が、深く静かに展開する。

 

     (つづく)

 

 

 

 


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8 コメント

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おはようございます(^^♪ (のり)
2020-10-27 09:41:01
小川糸さん、生き方もふくめて好きです(そんなに詳しく知っているわけではありませんが
最近、本事情に疎くなっていて、、恥ずかしながらこの本のことは初めて知りました。 読んでみたいと思います。 その前に、tadaoxさんの続きを楽しみにしております。
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小川糸さんの作品 (tadaox)
2020-10-27 11:03:24
(のり)さん、ありがとうございます。
何も知らずに書き始めましたが、たくさんのファンがいるようですね。
文章の一つひとつを味わいながら、楽しませていただきます。
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初めての映画が・・・ (知恵熱おやじ)
2020-10-27 23:11:36
初めて観る好きな監督の映画が始まる時みたいな感じでワクワクする書き出し・・・いいなあー

2回目が楽しみです

なるべく早めにと、次を待っていますよー
ほんとに・・・
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その気になって (tadaox)
2020-10-28 01:32:18
(知恵熱おやじ)様、ありがとうございます。
始めちゃったので、その気になっています。

まあ、ご飯の冷めない間隔?で投稿します。
それに読むのが楽しいし・・・・。
返信する
百獣の王 ライオン  (もののはじめのiina)
2020-11-19 10:23:07
『ライオンのおやつ』をブログにシリーズ化したのですね。

百獣の王の風貌をそなえた、雄ライオンは絵になります。
そんなことから、笑撃で集めています。

返信する
少し思い違いが・・・・ (tadaox)
2020-11-19 12:24:33
こんにちは。
貴ブログの「笑劇」は、以前にも拝見したことがあります。
今回のライオンの表情・姿態は面白いし、よく集めましたね。

ただ、『ライオンのおやつ』はホスピスの話で、いかに苦しまずに死を迎えるかの物語です。
少し思い違いがあるのではないかと、心配しています。
返信する
小川糸さん (ウォーク更家)
2020-11-22 09:21:28
多部未華子主演の「ツバキ文具店~鎌倉代書屋物語~」、毎週、楽しみにして観ていました。

代書屋というテーマもユニークでしたが、ストーリーもしっかりしていて、毎週面白かったです。

多部未華子の方に気持ちがいってしまって、作者の小川糸さんの事は、全く知りませんでしたが、なるほど、イタリアやフランスで賞を取っている有名な作家だったんですね。
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ツバキ文具店 (tadaox)
2020-11-22 13:04:23
(ウォーク更家)様、おはようございます。
多部未華子さん、魅力的ですよね。
なんというか、あの人が出ていると、しぐさや表情を見逃すまいとして、没入してしまうんですよね。
よくわかります。
原作もよかったですし・・・・。
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