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どうぶつ番外物語

手垢のつかないコトバと切り口で展開する短編小説、ポエム、コラム等を中心にブログ開設20年目を疾走中。

どうぶつ・ティータイム(237)『ロシア怪談集』の面白さ

2019-12-23 03:14:04 | 書評

   

   

 

先般「身の丈に合った」という言葉が話題に上ったが、使い方を誤ると思いもかけない騒動に発展することがある。

その点、ロシア怪談集(沼野充義・編)の和訳は、しろうと判断でも的確な指示力を持っているように思われる。

曖昧さや不確かさが排除され、作者が描こうとするものが、たしかな存在感を伴って伝わってくる。

数多くの短編小説の中から、ゴーゴリ作・小平武訳『ヴィイ』を取り上げたのは、日本的な感覚では想像もできない結末が用意されているからだ。

ロシアの風土や歴史に培われてきた人間の持つ底知れない生命力が、そのまま恐怖となって出現する。

魔女とか悪魔とかの概念的な言葉を内側から引き破り、恐怖のるつぼを覗かせてくれる物語といってもいいのではないだろうか。

 

『ヴィイ』は編集上ゴーゴリ作となっているが、作者みずから「この物語はそっくりそのまま民間の伝説である」と述べている。

「ヴィイとは一般民衆の想像力による所産である。小ロシア人の間では、侏儒の親玉のことで、その両目の瞼は地面にまで垂れている」との注釈が付く。

そして「・・・・わたしはこの言い伝えに少しも手を加えまいとした。ほとんど耳にした通りの、素朴さのまま語るのである」と念を押す。

日本の伝説集で描かれる幽霊や妖怪などの物語に比べ、ロシアの民衆が創り出す怪異な物語は生々しくエネルギッシュである。

ドストエフスキーの小説に登場する数々の人物を思い起こしてみれば、なるほど、さもありなんと思わざるを得ない。

良いにつけ悪いにつけ、ロシアの国民はわれわれとは根差す土壌が違っていることを思い知らされた一篇である。

 

逐一たどるのは難しいが、あらすじらしきものを書いてみる。

主人公は、神学校の哲学級に属するホマー・プルートという青年。

神学校の構成は神学級生、哲学級生、修辞級生、文法級生となっていて、神学級生と哲学級生からなる元老院の指揮によって統率されている。

彼らの半数は寄宿生活を送っているが、通学生ともどもしょっちゅう腹をすかしている。

そのため、元老院の指示で修辞級生と文法級生が招集され、裕福そうな家の窓辺で賛美歌を歌って食料を調達してくることを命じられる。

足りない分は、周辺の農園から作物を失敬してくる。

読んでいて感じるのは、神学校の生徒たちの行為に対して、地域の人びとが伝統的に寛容なのではないかということである。

背後にある信仰への恭順が、欲望とせめぎあって放つ火花がロシア人の魂を照らしている気がする。

哲学級生として悪ガキのようにふるまうホマー・プルートもしかり、信仰と欲望の迷い道にはまり込み、数奇な運命に導かれる。

とりあえず、ホマー・プルートの行動を追ってみる。

神学校における最も厳粛な行事である九月からの夏休みに、寄宿生たちは往還一面に広がって生家に帰っていく。

ホマーもその列の中にあったが、遠くの家まで帰る者が次第に取り残され、神学級生のハリャーワ、修辞級生のチベリイとともに三人だけが歩行を続けていた。

太陽は沈んだばかりであったが、いくら歩いても当てにするは現れなかった。

三人が往還をはずれたのは、夕暮れが迫ってきたころだった。

やがて寄宿生たちは、暗闇の中で道に迷ったことに気づく。

修辞級生が腹ばいになって道を探ろうとしたが、手に触れるものは狐の穴ばかりだった。

いたるところ草原が広がり、誰ひとり馬を乗り入れたことがないように思えた。

ホマーが大声を出して叫んでみたが、声はうつろに四方八方へ消えていくのみで、しばらくすると遠くから狼の声が返ってくる始末。

野宿も厭わないという神学級生に対し、ホマーは「ハリャーワ、そいつはいかん」と先へ進むことを主張した。

三人は歩きながら、「どこか人家にぶつかって寝酒の火酒一杯ぐらいにありつけるかもしれないし・・・・」とカラ元気を出した。

すると、どこかから犬の吠え声が聞こえてくる。

「だ! ひゃあー、助かった」とホマーが叫んだ。

急いでその方向へ進むと、推測通りちいさなが目に入った。

同じ敷地内にちっぽけな小舎が二つ建っているだけの集落だった。

窓には灯が輝いている。

「おいみんな、何がなんでも泊めてもらわなきゃならんからな!」ホマーの掛け声で、いっせいに門を叩いた。

しばらくすると、一方の小舎の扉がきしんで、生徒たちの前に裸皮の外套を着た老婆が現れた。

三人は身分を名乗り、泊めてほしいとお願いした。

「駄目だね、お前さん方を入れようにも、入れる場所がない」とかたくなに断ってきた。

「お婆さん、お慈悲だ! キリスト教徒の魂をわけもなく滅ぼしていいものかね?」

交渉の末、「入れてあげよう。その代わり、みんな別々に寝てもらうよ」

彼ら三人は、条件つきで家に入ることを許された。

 

きわめてロシア的な風土と生活の一端に触れたが、このあとホマー・プルートはひとり空っぽの羊小舎に案内される。

哲学級生ホマーは持っていた鮒の干物をたちまち食べつくし、隣の小舎から顔をのぞかせた好奇心の強い豚の鼻面をひと蹴りすると、くるりと背を向けてぐっすり眠ろうとした。 

その時、突然低い扉が開いて、婆さんが入ってきた。

「なんだい、お婆さん、なんの用だい?」

いぶかしげに問う哲学級生に向かって、両手を広げたまままっすぐに近づいてくる。

(うへえー)とホマーは心の中で思った。(とんでもないよ、お婆ちゃん! いい年をして)

彼は後ずさりしながら、「今は歳戒期でな、わしは金貨を千枚積まれても、精進を破りたくないよ」

だが、老婆は一言もものを言わずにホマーを掴まえた。

哲学級生はぞっとした。婆さんの目が異様に光るのを見て震え上がった。

ホマーは逃げ出すため婆さんを押しのけようとしたが、手があがらない。足もいうことをきかない。

声を出そうにも口がパクパク動くだけで、心臓の鼓動がドキドキと大きな音をたてた。

老婆はお構いなしにホマーの首をたれさせ、子猫のような敏捷さで背中にとび乗ると、箒で哲学級生の脇腹を打った。

ホマーは抵抗するすべもなく、婆さんを背に乗せたままひとりでに空へ揚がっていた。

「うひゃー、こいつは魔女だぞ!」

空には鎌のような月が照っていた。湿った風が感じられ、彼は心臓のほうによじ登ってくる、何か悩ましい感覚を味わっていた。

下を見ると山の清水のように透き通った水があり、そこに自分と老婆の顔が映っていた。

だが、奥のほうから浮き上がってくる甘美な感覚の中で、老婆に見えたものが、雲のようにふくよかな胸を持つ美女に変わっていた。

われを失ったホマーは、知っている限りのお祈りの文句を記憶に甦らせ始めた。

ありとあらゆる悪魔払いの呪文を唱えてみた。

すると、精魂尽き果てた魔女が「ふうー、もう駄目」と地面にくず折れた。

ホマーの目の前に、豊かな髪を振り乱した美女が横たわっていた。

なんだか奇妙な興奮と臆病風に襲われて、彼は一目散にその場を逃げ出した。

に帰る気がしなかったので、キーエフに向かって道を急いだ。

寄宿舎に戻ってみたが、誰ひとりいなかったし、普段は誰かが食い物を隠匿している穴を探ってみたが、何一つ見つけることができなかった。

ホマーは口笛を吹きながら市場を三回ほど往復するうちに、黄色い頭巾をかぶったうら若い後家さんと目配せを交わした。

哲学級生はその日のうちに後家さんの果樹園の中の小舎によばれ、彼のためにしつらえられたテーブルでたっぷりとごちそうになった。

怖い思いをした後なのに、ぼうっとして時間を過ごした。

夜になると、ホマーの姿は居酒屋で見られた。

腰掛に寝そべって煙草をふかし、出入りする客を満足げに眺めたり、ユダヤ人の親爺に五リーブル金貨を投げ出したりした。

その様子は、自分の身に起こった奇妙な出来事のことなど少しも考えていないように見えた。

 

そうこうしているうちに、町ではこんなうわさが広がっていた。

キーエフから少し離れたにある金持ちの百人長の娘が、散歩の途中で襲われて半死半生の有様で家にたどり着いたものの、助からない状態だった。

死が近いことを悟った娘は、キーエフの神学校生徒のひとりホマー・プルートに臨終の祈りと死後三日間にわたる祈祷を頼んでほしいと言ったというのである。

まもなく校長から直によばれ、名高い百人長さんが迎えの人と馬車を寄こされたので即刻向かうように厳命された。

哲学級生は、なにか虫の知らせのようなものを感じ、素直に「行きたくない」といった。

校長は、そんな聞き分けのないことをいうと、お前さんの背中を白樺の若枝でいやというほどぶちのめすよう教官に命じるぞ、それでも駄々をこねる気かといきり立った。

ホマーはどこかで逃げ出せるだろうと高をくくっていたが、馭者も付き添いのコザックも隙を見せず、とうとう百人長の家まで送り届けられてしまった。

美しい娘の死顔を見ているうちに、魔女に翻弄されたときの恐ろしさを思い出した。

本気で逃げ出してみたが、すぐに掴まってしまった。

古びた教会に安置された娘の魂を鎮めるため、ホマーは三晩にわたって祈祷を務めなければならない。

それなら再び悪魔祓いの呪文を唱えて対抗しようと、朝方まで祈り続けた。

深夜、棺から娘の死体が起き上がり、祈り続けるホマーに悪魔が手を伸ばして触ろうとする。

しかし、呪文で彼の姿が見えないため、取りつくことはできない。

と、ここまで書いたところで、あとは想像にゆだねることにする。

二晩目、三晩目、果たしてどのようなことが起こるのか。

ホマー・プルートの運命はどうなったのか、そして同行したハリャーワとチベリイの行方は?

最終のなぞ解きに、タイトルの「ヴィイ」(侏儒の親玉)が重要な役割を果たす。

ぜひ、ロシア怪談集の面白さを味わっていただきたい。

 

   (おわり)

 

 

 


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2 コメント

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続きは (ウォーク更家)
2020-01-12 10:15:34
ロシア怪談集なるものの一端を初めて読ませて頂きました。

よくある怪談話であるようながら、どんよりとした冬空を思わせる、ロシア独特の雰囲気をあります。

ヴィイのあらすじは、引き込まれるように、一気に読みました。

ええ??、棺から娘の死体が起き上がり、祈り続けるホマーに悪魔が手を伸ばしてくるところで終わり?ですか?

この続きは、う~ん、図書館で読みますか・・・
返信する
ぜひ続きを (tadaox)
2020-01-13 00:34:31
(ウォーク更家)様、すべてを書いてしまうのは読者に失礼かと・・・・。
映画のネタバレ同様、楽しみを奪ってしまうのは申し訳ないと考えました。

続きはぜひ図書館で・・・・。
とにかく凄まじい結末なんで。
返信する

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