みなさまいつもありがとうございます


お姫様プリティちゃん&お姫様マリアちゃん、爆発的人気をいただき、
プリティちゃんは10/5午前中になくなってしまいました・・・(>_<)プリティちゃん・・・。
マリアちゃんは、プリティちゃんより少し多めにお作りしておりましたので、
若干数ですが、まだご用意できます。
引き続きご注文お待ちしております
月曜日は定休日。
毎度のことながら朝から仕入れへ。
帰ってきて、今、チョーゴキゲンサンです。
仕入れが成功した日(つまりかわいいものばかり見つけることのできた日)は
ゴキゲンさん(*^^)v
ヒャッホ~~! と叫んで部屋中を駆け回りたい。
でも、ルウが「ドン引き」するから辛うじて堪える。
メーカーさんから
「ローズさんのところのお客様が喜びそうなお洋服たくさん入荷しました」と連絡を受け、
出向いてみると・・・
ほんまにかわいいものばかり!!
ああっ。早くみなさまにご覧いただきたい・・・。
10/6火曜日or10/7水曜日更新予定
「乙女なロマンティックニット特集」と題して
今の時期一枚で着られるニットトップスとアンサンブルを特集いたします
どれも胸トキめくかわいいデザインばかり
テキストだけで申し訳ないのですが・・・
☆ピンクツイードニットジャケット
ご存知ですか? 今年はツイードジャケットが大トレンドです!
どこのメーカーからも、素敵なツイードジャケットがたくさん出ています。
Rose Partyでご紹介するのは
優しいピンクツイードのニット素材。
ジャケットは肩が凝るし、堅苦しい印象が苦手・・・とおっしゃる方にも、
楽しんでお召しいただける軽いニット素材が特徴です。
おっきなベビーピンクボタンが並んだとってもスイート&ハッピィなデザイン
☆キャンディピンクパールニットアンサンブル
コレは、大ブレイク間違いなしです!
びっくりするほどかわいいピンクのアンサンブル
インナーは、ホワイトパールが前面に散らされたパフスリーブ&スカラップフリルデザイン、
カーデはシンプルながらかわいいピンクとスカラップフリル、パールボタンがスイート&ロマンティック♪♪
アンゴラ入りで、暖かく、でもチクチク感の一切ない、ホイップクリームのような
滑らかでスムースな肌触り
アンサンブル価格とは思えないほどお手頃価格にてご紹介いたします。
☆ベビーピンクのビジューニット
薄ピンクの長袖ニット、胸元に、
ホワイトパールやビーズがいーっぱい散りばめられ、
まるで宝石のように輝く、極上ロマンティックニット
☆トキめきリボンリボンニット
その名のとおり、胸がトキめくかわいいリボンデザインニット♪
お色は優しく甘いバニラホワイト
胸元のリボンデコレーションが、ものすごーくかわいいんです

更新をどうぞお楽しみに
お話変わります。ゴロンと変わります。
びっくりするくらい変わります^_^;
わたしは、ダーを失ってからのこの二年間、ずっと考え続け、学ばされてきたことがあります。
それは
「他人に期待することの悲劇」^_^;
他人に期待し、期待ハズレを食らわされたときの自分の精神状態を観察していると、
まさに「悲劇」と呼ぶにふさわしいのであります^_^;
みなさまにもきっとご経験がおありのはず。
他人に期待し、期待通りの言葉や態度が得られず(裏切られた、とも表現される)、悶々とした挙句、ついには怒りがこみ上げてきて・・・(>_<)
ここで言う他人とは、自分以外のすべての人を指しています。家族も親友も、すべて。
この悲劇は、一体どのようにして生み出されていくのでしょうか?
自分の気持ちをわかってくれない他人のせい?
いえいえ、この悲劇はすべて、わたしたち自身が生み出したものだと、わたしは思います。
その名も「他人に対する過剰な期待が生み出す悲劇」
わたしは、あるときを境に、
ある一部の信頼できる人たちと、一年以上通っている死別の会以外では、
どんなに親しい人に対しても、
ダーを失った自分について、その悲しみ、苦しみ、さみしさについて、
話をするのを避けています。
話すにしても、真剣な口調では話しませんし、肝心なところは必ず避けています。
理由は二つあり、
一つは、他人の気を削ぎたくない、という遠慮から。
もう一つは、どうせ言ってもわかってくれない、というあきらめの気持ちから。
後者のほうが、より、わたしにとっては重要です。
とんちんかんな慰めや励まし、あるいは、どう考えても「ちゃちゃ」を入れられているとしか思いようのない言葉に、
何度打ちのめされ、がっかりさせられたことでしょう。
自分の気持ちがわかってもらえなかったとき、人は誰でも、みじめな思いに駆られます。
孤独の海に独り、放り出されたような感覚です。
実際、それがどんなに自己中心的で、わがままなことかとわかっていても、
人は、他人に期待することをやめられません。
わかってくれるはずがない、そう思いながら、もしかしたらわかってくれるかも、そんな期待を棄てきれないのです。
期待ハズレの言動をしてくる他人(相手)はみな、一切悪気はありません。
何とかわたしを元気付けたい、と思っての言動だということは、もちろん、わかっています。
だけど、ついつい心の中でつぶやいてしまう。
(悪気がないからこそタチが悪い・・・)
わたしの場合は、そーいうことを何度も何度もくりかえしているうちに、
もういーや。話さないほうが楽だ。と思うようになっていきました。
考えてみれば、当然かもしれない。わかってもらえるはずがないじゃない。
誰が、わたしのこの、どうやっても言葉にならないほどの喪失感を理解できるというのだろう。
彼の死そのものだけじゃない。
彼と二人きりで病気と向き合った二年間、そして失ってからの二年間、
この四年間にどんなことがあったか。
病気と向きあった二年間は、どれだけ、近い将来彼を失うかもしれない、という恐怖に怯え、
それを現実にしないため、死に物狂いで闘い続けたか(しかし彼本人は飄々としていた)。
失ってからの二年間は、燃え尽き症候群とやらに苦しまされた上、
どれだけ、眠れぬ夜を過ごし、今すぐ死んでしまいたいほどの虚無感に苛まれる朝を向かえ、
それでも、何とか彼の不在に耐えなければならない、と歯を食いしばり、目を閉じ、
両手を組み合わせて生きてきたか。
真夜中に、彼のお気に入りだったソファを見つめながら、どうしてあの人はここにいないの、どうしてこのソファに座っていないの、
つい二年前まで座っていたのに、ここで笑っていたのに。
手を伸ばせばすぐに届いた。あの暖かい腕。
どこに消えてしまったの・・・。
あまりの恋しさにのたうちまわりながら泣きじゃくっている自分を、
どれだけ必死になって隠してきたか。
わたしは神も魂もあの世も信じており、それが心の支えでもありますが、
正直、それらのすべてが一切の力を失くす瞬間というものもあるんです。
それほどにしんどいときがあるんですね。
そう、この痛みを、恋しさを、不条理さを、他人に理解できるわけがないのです。
逆にね、「わかる」なんて言われたらもっと腹が立つだろうと思います^_^;
わかってたまるかーってね。
でも。わたしにはわたし自身の悲しみはわかるけれど、
他人の悲しみはわからない。
今まさに、どこかのビルの屋上から、眼下に拡がる暗闇を凝視している人がいる。
わたしには、その人のことがわからない。
死を選ぶほどに苦しんでいるその人の苦しみが理解できない。
そこにそうして立っているのは、夫の浮気に悩みあぐねた妻かもしれないし、
息子の暴力に耐え切れなくなったお母さんかもしれないし、
借金地獄に陥った人かもしれないし、
名声を失った政治家かもしれない。
けれども、そのどれも、わたしには経験がないから、その人たちの苦しみがわからない。
そうなんです。
わたしたちには、自分以外の、他人の苦しみのすべてを理解することなど到底不可能で、
神でもないのに、もしそんなことができる、と言う人がいれば、その人はよっぽど傲慢な人としか思えません。
苦しんでいる人には、どうやって対処すればいいのでしょうか。
悩みあぐねている人を前に、自分は答えを持っていないとき、どうすればよいのでしょうか。
ただ、黙って聞いてあげるのが一番だと思います。
知ったかぶりをせず、自分の意見を挟まず、
答えをあげよう、とか、励ましてあげよう、とか、そんなことも考えず、
ただただ耳を傾けてあげればいいのです。
Mさまは、わたしにそれを教えてくだった一人です。
Mさまは仰いました。
「全部はわかってあげられない。だけど、わかってあげたい、少しでもわかってあげたい。でもどうすればいいのか。
だからとにかく黙って聞いている」
本当に愛情の深い方だな、と思います。Mさまの周囲にいらっしゃる方は本当に幸せです。
相手を想う優しさにあふれる言葉です。
きっと、悩みを持つ多くの人は、相手に対して
「黙って聞いてくれるだけでいい」と思っているはずです。
余計なことを言われると、腹が立ったり悲しくなったりするからです。
「言わなければよかった」と後悔するからです。
でも、それも、また、相手に対する過度な期待に他なりませんよね。
Mさまは、非常に稀な方です。こんなふうに優しい方はそうそういません。
みんな、自分のことで精一杯で、
相手の悲しみなんて、ぶっちゃけ、他人事です。
だから、大きな悩みや苦しみを持つ人が、それを他人、特に親・配偶者以外の人に話すときには、
「全部はわかってもらえない」「他人事って態度をとられるかもしれない」というのを大前提で、相手に話すべきなのです。
自分の望む言葉や態度を、期待はしないほうがいいと思います。
期待するから、その期待を裏切るような言動をされたときに、落ち込んでしまう。相手に怒りさえ覚える。
相手を見下していたり、信用していないのではありません。
相手に過度に期待しすぎない、ということと、相手を信用していない、ということは
まったくの別物です。
過度な期待で傷つくのは自分自身です。
また、過度な期待は相手をも追い込み、関係を悪くさせます(これは男女関係によくあることだと推測します)。
他人に期待して裏切られた、と泣くのは大変しんどいことです(実際には裏切りではなくただ経験がないから理解できないだけ)。
すでに重たいもの抱えている上に、さらに、重荷が増えるだけのこと。
他人になど期待せず、自分に期待して生きていこう。そう思えたらどんなに素敵でしょうか。
どんなに楽チンで、開放的な気分になれることでしょう。
他人をないがしろにしているのではありませんよね。
むしろ、他人に期待しすぎないということは、他人を護り、また、自分をも護ることになるのだとわたしは思います。
どんなに近しい人ともある程度の距離を置くことは、とても大切なことだと感じます。
いくら親でも、きょうだいでも、親友でも、本当の気持ちはわかってくれません。
それは、あなたやわたしを愛していないからではない。
愛していても、どんなに大切に想ってくれていても、
あなたの悲しみはあなただけのもので、わたしの悲しみはわたしだけのもの。
一度じっくり考えてみたのです。
家族にしろ親友にしろ、彼らが苦しんでいるとき、わたしは彼らの苦しみを100%理解してあげられただろうか、と。
大切な人たちが苦しむのは見ているだけでもつらい。
だけど、彼らの本当の苦しみを理解できていたかな。
ゼッタイできていないんです。
やっぱり、あなたの悲しみはあなただけのもので、わたしの悲しみはわたしだけのもの。
それを大前提にしていれば、
予測どおりわかってもらえなかったとき、やっぱりネ、くらいで済みます。
とてもさみしいことかもしれないし、
せつないことかもしれないけれど、
やっぱり、やっぱり、あなたの悲しみはあなただけのもので、わたしの悲しみはわたしだけのもの。
ガッカリするのではなく、開き直りましょう。
他人には到底理解できないものなのだから仕方ない、これはわたし自身の悲しみだ、と開き直ってやりましょう。
我慢することはないのです。我慢はいけません。
聞いてくれる人がいるならどんどん聞いてもらってください。
自分の殻に閉じこもり、口を閉ざすことはないのです。
相手に過度な期待をかけるのだけはやめよう、と自分を律することさえできればいいのです。
それだけでとっても楽になれます。
わたし、今、実践中ですが、ホント、楽になりつつあります。
期待通りに動かない相手を嫌うことも、恨むこともありません。
それが当然なんだ、と思えたら、本当に楽チンになれるはず。
心から自由になれるはず。それはどんなに気持ちのよいことでしょう!
あとは、他人への期待を、少しずつ、自分への期待とすり替えていくこと、それだけです(*^^)v



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プリティちゃんは10/5午前中になくなってしまいました・・・(>_<)プリティちゃん・・・。
マリアちゃんは、プリティちゃんより少し多めにお作りしておりましたので、
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引き続きご注文お待ちしております

月曜日は定休日。
毎度のことながら朝から仕入れへ。
帰ってきて、今、チョーゴキゲンサンです。
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10/6火曜日or10/7水曜日更新予定

「乙女なロマンティックニット特集」と題して
今の時期一枚で着られるニットトップスとアンサンブルを特集いたします

どれも胸トキめくかわいいデザインばかり

テキストだけで申し訳ないのですが・・・
☆ピンクツイードニットジャケット
ご存知ですか? 今年はツイードジャケットが大トレンドです!
どこのメーカーからも、素敵なツイードジャケットがたくさん出ています。
Rose Partyでご紹介するのは
優しいピンクツイードのニット素材。
ジャケットは肩が凝るし、堅苦しい印象が苦手・・・とおっしゃる方にも、
楽しんでお召しいただける軽いニット素材が特徴です。
おっきなベビーピンクボタンが並んだとってもスイート&ハッピィなデザイン

☆キャンディピンクパールニットアンサンブル
コレは、大ブレイク間違いなしです!
びっくりするほどかわいいピンクのアンサンブル

インナーは、ホワイトパールが前面に散らされたパフスリーブ&スカラップフリルデザイン、
カーデはシンプルながらかわいいピンクとスカラップフリル、パールボタンがスイート&ロマンティック♪♪
アンゴラ入りで、暖かく、でもチクチク感の一切ない、ホイップクリームのような
滑らかでスムースな肌触り

アンサンブル価格とは思えないほどお手頃価格にてご紹介いたします。
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薄ピンクの長袖ニット、胸元に、
ホワイトパールやビーズがいーっぱい散りばめられ、
まるで宝石のように輝く、極上ロマンティックニット

☆トキめきリボンリボンニット
その名のとおり、胸がトキめくかわいいリボンデザインニット♪
お色は優しく甘いバニラホワイト

胸元のリボンデコレーションが、ものすごーくかわいいんです


更新をどうぞお楽しみに

お話変わります。ゴロンと変わります。
びっくりするくらい変わります^_^;
わたしは、ダーを失ってからのこの二年間、ずっと考え続け、学ばされてきたことがあります。
それは
「他人に期待することの悲劇」^_^;
他人に期待し、期待ハズレを食らわされたときの自分の精神状態を観察していると、
まさに「悲劇」と呼ぶにふさわしいのであります^_^;
みなさまにもきっとご経験がおありのはず。
他人に期待し、期待通りの言葉や態度が得られず(裏切られた、とも表現される)、悶々とした挙句、ついには怒りがこみ上げてきて・・・(>_<)
ここで言う他人とは、自分以外のすべての人を指しています。家族も親友も、すべて。
この悲劇は、一体どのようにして生み出されていくのでしょうか?
自分の気持ちをわかってくれない他人のせい?
いえいえ、この悲劇はすべて、わたしたち自身が生み出したものだと、わたしは思います。
その名も「他人に対する過剰な期待が生み出す悲劇」
わたしは、あるときを境に、
ある一部の信頼できる人たちと、一年以上通っている死別の会以外では、
どんなに親しい人に対しても、
ダーを失った自分について、その悲しみ、苦しみ、さみしさについて、
話をするのを避けています。
話すにしても、真剣な口調では話しませんし、肝心なところは必ず避けています。
理由は二つあり、
一つは、他人の気を削ぎたくない、という遠慮から。
もう一つは、どうせ言ってもわかってくれない、というあきらめの気持ちから。
後者のほうが、より、わたしにとっては重要です。
とんちんかんな慰めや励まし、あるいは、どう考えても「ちゃちゃ」を入れられているとしか思いようのない言葉に、
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何とかわたしを元気付けたい、と思っての言動だということは、もちろん、わかっています。
だけど、ついつい心の中でつぶやいてしまう。
(悪気がないからこそタチが悪い・・・)
わたしの場合は、そーいうことを何度も何度もくりかえしているうちに、
もういーや。話さないほうが楽だ。と思うようになっていきました。
考えてみれば、当然かもしれない。わかってもらえるはずがないじゃない。
誰が、わたしのこの、どうやっても言葉にならないほどの喪失感を理解できるというのだろう。
彼の死そのものだけじゃない。
彼と二人きりで病気と向き合った二年間、そして失ってからの二年間、
この四年間にどんなことがあったか。
病気と向きあった二年間は、どれだけ、近い将来彼を失うかもしれない、という恐怖に怯え、
それを現実にしないため、死に物狂いで闘い続けたか(しかし彼本人は飄々としていた)。
失ってからの二年間は、燃え尽き症候群とやらに苦しまされた上、
どれだけ、眠れぬ夜を過ごし、今すぐ死んでしまいたいほどの虚無感に苛まれる朝を向かえ、
それでも、何とか彼の不在に耐えなければならない、と歯を食いしばり、目を閉じ、
両手を組み合わせて生きてきたか。
真夜中に、彼のお気に入りだったソファを見つめながら、どうしてあの人はここにいないの、どうしてこのソファに座っていないの、
つい二年前まで座っていたのに、ここで笑っていたのに。
手を伸ばせばすぐに届いた。あの暖かい腕。
どこに消えてしまったの・・・。
あまりの恋しさにのたうちまわりながら泣きじゃくっている自分を、
どれだけ必死になって隠してきたか。
わたしは神も魂もあの世も信じており、それが心の支えでもありますが、
正直、それらのすべてが一切の力を失くす瞬間というものもあるんです。
それほどにしんどいときがあるんですね。
そう、この痛みを、恋しさを、不条理さを、他人に理解できるわけがないのです。
逆にね、「わかる」なんて言われたらもっと腹が立つだろうと思います^_^;
わかってたまるかーってね。
でも。わたしにはわたし自身の悲しみはわかるけれど、
他人の悲しみはわからない。
今まさに、どこかのビルの屋上から、眼下に拡がる暗闇を凝視している人がいる。
わたしには、その人のことがわからない。
死を選ぶほどに苦しんでいるその人の苦しみが理解できない。
そこにそうして立っているのは、夫の浮気に悩みあぐねた妻かもしれないし、
息子の暴力に耐え切れなくなったお母さんかもしれないし、
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けれども、そのどれも、わたしには経験がないから、その人たちの苦しみがわからない。
そうなんです。
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神でもないのに、もしそんなことができる、と言う人がいれば、その人はよっぽど傲慢な人としか思えません。
苦しんでいる人には、どうやって対処すればいいのでしょうか。
悩みあぐねている人を前に、自分は答えを持っていないとき、どうすればよいのでしょうか。
ただ、黙って聞いてあげるのが一番だと思います。
知ったかぶりをせず、自分の意見を挟まず、
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ただただ耳を傾けてあげればいいのです。
Mさまは、わたしにそれを教えてくだった一人です。
Mさまは仰いました。
「全部はわかってあげられない。だけど、わかってあげたい、少しでもわかってあげたい。でもどうすればいいのか。
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本当に愛情の深い方だな、と思います。Mさまの周囲にいらっしゃる方は本当に幸せです。
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きっと、悩みを持つ多くの人は、相手に対して
「黙って聞いてくれるだけでいい」と思っているはずです。
余計なことを言われると、腹が立ったり悲しくなったりするからです。
「言わなければよかった」と後悔するからです。
でも、それも、また、相手に対する過度な期待に他なりませんよね。
Mさまは、非常に稀な方です。こんなふうに優しい方はそうそういません。
みんな、自分のことで精一杯で、
相手の悲しみなんて、ぶっちゃけ、他人事です。
だから、大きな悩みや苦しみを持つ人が、それを他人、特に親・配偶者以外の人に話すときには、
「全部はわかってもらえない」「他人事って態度をとられるかもしれない」というのを大前提で、相手に話すべきなのです。
自分の望む言葉や態度を、期待はしないほうがいいと思います。
期待するから、その期待を裏切るような言動をされたときに、落ち込んでしまう。相手に怒りさえ覚える。
相手を見下していたり、信用していないのではありません。
相手に過度に期待しすぎない、ということと、相手を信用していない、ということは
まったくの別物です。
過度な期待で傷つくのは自分自身です。
また、過度な期待は相手をも追い込み、関係を悪くさせます(これは男女関係によくあることだと推測します)。
他人に期待して裏切られた、と泣くのは大変しんどいことです(実際には裏切りではなくただ経験がないから理解できないだけ)。
すでに重たいもの抱えている上に、さらに、重荷が増えるだけのこと。
他人になど期待せず、自分に期待して生きていこう。そう思えたらどんなに素敵でしょうか。
どんなに楽チンで、開放的な気分になれることでしょう。
他人をないがしろにしているのではありませんよね。
むしろ、他人に期待しすぎないということは、他人を護り、また、自分をも護ることになるのだとわたしは思います。
どんなに近しい人ともある程度の距離を置くことは、とても大切なことだと感じます。
いくら親でも、きょうだいでも、親友でも、本当の気持ちはわかってくれません。
それは、あなたやわたしを愛していないからではない。
愛していても、どんなに大切に想ってくれていても、
あなたの悲しみはあなただけのもので、わたしの悲しみはわたしだけのもの。
一度じっくり考えてみたのです。
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大切な人たちが苦しむのは見ているだけでもつらい。
だけど、彼らの本当の苦しみを理解できていたかな。
ゼッタイできていないんです。
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それを大前提にしていれば、
予測どおりわかってもらえなかったとき、やっぱりネ、くらいで済みます。
とてもさみしいことかもしれないし、
せつないことかもしれないけれど、
やっぱり、やっぱり、あなたの悲しみはあなただけのもので、わたしの悲しみはわたしだけのもの。
ガッカリするのではなく、開き直りましょう。
他人には到底理解できないものなのだから仕方ない、これはわたし自身の悲しみだ、と開き直ってやりましょう。
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