(新)緑陰漫筆

ゆらぎの読書日記
 ーリタイアーした熟年ビジネスマンの日々
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ダイソンの経営について(続)

2019-02-09 | 時評
ダイソンの経営について(続)

承前

  (エンジニアの平均年は26~27才)2017年末時点で、4450人が在籍するエンジニアの平均年令は26~27才。ちなみに日本の電機メーカーの場合、ソニーのケースでは平均年令は42.3才。パナソニックでは45.6才。ただし、エンジニアのみの平均年齢は非公開なので分からない)

2018年に発売された新製品のヘアアイロン「エアラップ」の開発チームを率いたのは20代後半の女性であった。日本で行われた記者発表会でプレゼンテーションを行ったのが、アドバンスドエンジニアのヴェロニカ・アラニスさん。彼女は、スコットランドのエディンバラ工科大学でデザイン関連の修士号をとり、2回目の転職で2016年にダイソンの入社した。「エアラップ」の開発には当初から関わり、開発中にシンガポールの研究開発拠点に赴任した。最終エンジニアリングデザインにも関わった。彼女は、”ダイソンでは挑戦させてもらえるので・・・”、と余裕の表情だ。彼女は、ダイソンのエンジニアで特異な存在ではない。サム・バロース氏は、2014年に入社、現在20歳代後半だが2016年に発売されたドライヤーの中心開発メンバーとして活躍した。

またシンガポールの開発拠点で、エアラップ開発の一環として毛髪科学の研究をしている男性エンジニアは新卒で入社して10ヶ月目という若さだ。若手エンジニアが、このように活躍している背景にはジェームズ・ダイソン氏のつよいこだわりがある。ダイソン氏いわく、

  ”人間は若いほど創造性が豊かだ。たとえば、学生たちと接していると、「なるほど」と唸るような斬新な発想がでてくる。だから、ダイソンはあえて(大学院卒や中途採用ではなく)新卒の学生を中心に採用している。私は専門家は嫌いだ。何かをインプットすると、まったく新しいアイデアを考えるという柔軟性がない”

もちろん、若手エンジニアがいくら斬新な発想をしても、それが上司やセールスサイドの意見で角がとれたり、ボツになれば元も子もない。だが同社副社長のジョン・チャーチル氏は「エンジニアの間に年齢や立場による上下関係は存在しない」と断言する。開発の過程での失敗はむしろ推奨される。失敗は、変化を起こすために必要なことと考えている。

 若手の発想を武器にするダイソン氏にとって、何よりも重要なのは、優秀な若手エンジニアが育つことである。イギリスではエンジニア職の人気が低く、イギリス企業は年間7000人近いエンジニアの不足分を海外での求人で補っている。


 そこでダイソン氏は、本社の敷地内に4年制大学を作ることにした。自身の財団とダイソンから約32億円の出資をもとに。「Daison Institute of Engineering Technorogy」この大学の最大の特徴は、初年度約220万円の給与を受け取りながら、教育を受けることができることにある。1~2年生はエンジニアリングの基礎を、3~4年生は電機、機械工学を中心にとしたカリキュラムを履修する。卒業すると学士号を得ることができる。それと並行して、授業期間中は週3日、学期外は週5日、エンジニアとして実際の業務に従事することになる。

このプログラムは一挙に話題になり、2017年9月からの第一期生では、25人の定員に対し850人が殺到した。中にはケンブリッジ大学など一流大学を蹴って入学したものもいる。下積み期間を設けず、フレッシュな感覚や仕事への貪欲さを、イノベーションの源泉として活用する風土である。この重要性を理解したとしても、実行に移せる日本の大手企業は少ないであろう。

     
                                       2018年に入学した学生たち。女子学生が40%を占める。

ちなみに2018年、日本電産の永守会長が大学経営に乗り出すと発表した。卒業後、即戦力として活躍できる人材を育てるのが狙いで、2018年3月に理事長に就任した京都学園の京都学園大学に、2020年にモーターの研究に特化した工学部を新設し、電気自動車やドローンなど新しい分野に対応したモーターの技術者を育成する。



ジェームスダイソンは本気で教育問題に取り組んでいる。”私が、今正しく機能させたいものは「教育」”と云っている。彼は、大学にいた頃から”デザインとエンジニアリングが別々に存在するのは間違っていると考えていた。ダイソンは、世界最高のエンジニアリング大学を作ろうと考えている。今後、何十年にもわたって未来のエンジニアを育てために貢献するだろう。現在、ダイソン本社で唯一の日本人のデザインエンジニアである菅原祥平は、”デザインとエンジニアリングの融合という、自分がまさにやりたいことをやっている会社だと、衝撃を受けている。


 (英国離脱について)ダイソンはごく最近本社を英国からシンガポールへ数ヶ月以内に移転する方針を決めた。その英国からの離脱に国内では衝撃が広がっている。急成長をするアジア市場に拠点を移すのが狙い、と説明しているが、なぜEV大手のように世界最大のEV市場である中国を工場建設用地に選ばなかったのか。ロイター通信の報ずるところでは、高スキルの技術者や科学者の人材が豊富であることに加え、シンガポール政府は手厚い支援策を講じている。税制優遇措置に加え、ビジネス改善に向けたプロジェクト費用の3割をカバーする政府補助金が含まれる。シンガポール政府は、同国経済生産の4分の1に満たない製造業の生産性を押し上げようと、ハイエンドなメーカーや、自動化した生産ラインを採用する企業の誘致に力を入れている。

シンガポールには世界有数の取扱量を誇る港があり、完成後1週間以内にEV中国や韓国あるいは日本などに出荷することができる。また、これまでにシンガポールに一定に足場を築いているのも要因の一つである。1100人の従業員を抱え、年間2100万個の電気モーターを製造している。橋でつながっているマレーシアにも製造拠点がある。知的財産保護の観点も考慮にいれているだろう。シンガポールでは、知的財産は厳格に守られているが、中国にいけばそれほど安心していられないだろうとの見方もある。



 日本企業では、こうしたドラスティックな意思決定はなかなかできないだろう。傘下の地元企業との関わりや、社員の家族の生活や子女の教育などなど。言葉の問題で言えば、シンガポールでは英語が公用語の一つであり、また子女の中国語教育の場としてはうってつけである。クオンタムファンドで知られたアメリカの投資家ジム・ロジャーズは2007年にシンガポールに家族で移住した。

 ”1807年にロンドンに移住するのは、すばらしいことだった。1907年にニューヨークに移住するのは、すばらしいことだった。そして、2007年にはアジアに移住することが次のすばらしい戦略となるだろう。娘たちには将来を見越して、華僑圏で中国語を学ばせている

 ジム・ロジャーズについては、10年以上も前にこのブログで取り上げた。あの時(首相は朱熔基)から、ジムは中国の発展を見越していた。その時から中国株に資金を投じていたら、今頃は左うちわであったであろう。(知ることと行動とは別だと反省している))


 さてこのようにダイソンのことを書いてきたが、諸兄姉は何を読み取るあるいは感じるであろうか。まず、感ずるのは、日本では残念ながらダイソンのように若い力を積極的に活用する場は、極めて少ない。企業だけではない、政府や行政の場でも。出る杭は打たれるのが当たり前。せっかく新しい発想で提案しても、あーだこーだと批判される。これでは国は発展しない。近頃、高齢化で70才定年とか75才定年とかの声もちらほら聞くが、こういう年寄りが組織の上にいては、だめだ。退いて、違う場で若者をサポートする方に回ってほしい。政治家も、65才、せめて70才でで選挙にでるのは打ち止めにしてはどうかと思う。


 余談になるが、大学教育では、エンジニアあっても、つまり工学部や理学部の学生であっても、視野を広げるという意味で、哲学を学ぶようにして欲しい。いわゆる技術バカであっては、ならない。大阪大学総長(2014年当時)の鷲田清一さんの『哲学の使い方』という本を読んでいると、次のような記述が目に留まった。

 ”そういう科学基礎論として、哲学はとりあえずアカデミックな活動の基礎にあるものといえる。だからといって象牙の塔に籠もっているわけではない。地味ではあるが、現代では、たとえば生命科学・技術や先進医療の問題にもコミットするし、情報倫理や工学倫理、企業倫理にも、さらには研究倫理そのものにもコミットする。・・・哲学は、人がひととして生きてゆく上で、あるいはひとが他の人たちとともに社会生活を営む上で外すことのできない、本当に大事なものは何かを問うものであり、ひとが人として絶対に逸してはならない、踏み越えてはならないことがなんであるかを問ただすものである。”

 ”哲学は日常生活から離れ、時代の困難からも隔たった場所でなされる知の営みではない。むしろ時代の問題こそ、哲学的な相貌をとるようになっている。環境危機、生命操作、先進国における人口減少、介護や年金問題、食品の安全、グローバル経済、教育崩壊、家族とコミュニティの空洞化、性差別、マイノリティの権利、民族対立、宗教的狂信、公共性の再構築・・・。これらの現状社会が抱え込んだ諸問題は、もはやかつてのように政治や経済レベルだけでは対応できる事柄ではない。また特定の地域や国家に限定して処理しうる問題でもない。小手先の制度改革で解決できるものではなく、環境/生命/病/老い/食/教育/家族/民族などなどについての私たちのこれまでの考え方そのもの(philosophy)根本から洗い直すことを迫るものである。”


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 長々とお付き合いいただき、ありがとうございました。次回は、柔らかいトピックスということで音楽についてお話することにしております。


追記)
この記事を作成するにあたっては、下記の文献を参照させていただきました。
→(週)東洋経済1月20日号、東洋経済ONLINE2月10日、及びFobesJAPAN
1月29日号。









コメント (4)
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