Rechtsphilosophie des als ob

かのようにの法哲学

営業秘密不正領得罪の要件である「不正の利益を得る目的」の意義

2019-09-24 | 旅行
 営業秘密不正領得罪の要件である「不正の利益を得る目的」の意義

 【事実の概要】
A自動車会社に勤務する被告人は、B自動車会社への就職することが決まり、平成25年7月31日付けでAを退職することとなった。なお、被告人はBにおいて海外で車両の開発・企画等の業務に従事する予定であった。
 被告人は、7月16日、Aのサーバーコンピュータにアクセスして、それに保存されていたAの自動車の商品企画に関する情報などのデータファイル8件等が含まれたフォルダをサーバーコンピュータから自己所有のハードディスクに転送させて同データファイルの複製を作成した(①行為)。さらに最終出社日の翌日の7月27日、同様の方法で商品企画に関するデータファイル4件等を複製した(②行為)。
 第1審横浜地裁は、被告人のデータファイルの複製の作成につき、被告人にはこれらの情報を転職先等で直接的または間接的に参考にして活用するなどの「不正の利益を得る目的」があったものと認めて、営業秘密不正領得罪(不正競争防止法21条1項3号)の成立を認め、原審東京高裁も第1審の判断を是認した。これに対して被告人が上告した。
[最2小決平成30・12・3判タ14558号105頁(上告棄却・確定〉] 

 【争点】
 不正競争防止法の営業秘密不正領得罪の要件である「不正の利益を得る目的」の意義。
 【裁判所の判断】
 被告人は、勤務先を退職して同業他社へ転職する直前に、勤務先の営業秘密である各データファイルを私物のハードディスクに複製しているところ、当該複製は勤務先の業務遂行の目的によるものではなく、その他の正当な目的の存在をうかがわせる事情もないなどの本件事実関係によれば、当該複製が被告人自身又は転職先その他の勤務先以外の第三者のために退職後に利用することを目的としたものであったことは合理的に推認できるから、被告人には法21条1項3号にいう「不正の利益を得る目的」があったといえる。

 【解説】
 不正競争防止法は、営業秘密を保有者から示された従業者等が営業秘密の管理に係る任務に背き、「不正の利益を得る目的で、又はその保有者に害を加える目的」に基づいて営業秘密を不正に領得した行為を営業秘密不正領得罪として処罰する(平21年改正)。本罪は平成15年の改正により導入されたが、当初は「不正の競争の目的」からの営業秘密の領得だけが処罰され、それ以外の目的、例えば営業上の競争関係のない他の事業者に便宜を図る目的や営業主体ではない外国政府を利する目的からの行為は処罰されなかった。その処罰の隙間を埋めるべく、平成21年に改正された。
 「不正の利益を得る目的」とは、公序良俗または信義則に反する形で不正な利益を得る目的を意味し、自ら不正の利益を得る目的(自己図利目的)だけでなく、第三者に不正の利益を得させる目的(第三者図利目的)をも含み、第三者には外国政府なども含まれると解され、営業上の競争関係は前提にはせず、また公序良俗や信義則に反していれば、「不正の利益を得る目的」には非経済的な利益をも含まれることになったと言われている。従って、「退職の記念」や「思い出のため」であっても、「不正の利益を得る目的」が認められる場合があるという。しかし、国民経済の健全な発展を目的とする法の趣旨を踏まえると、営業秘密の不正領得は、営業秘密を不正に利用した国民経済の健全な発展の阻害行為であり、目的である「不正の利益」の内容も、個別的な経済的利益や許可を得ずに営業情報を使用して得られ経済的利益に対応するものと考えられる。営業上の競争関係を前提としないからといって、退職の記念や思い出などの非経済的利益を「不正の利益」に含める理由にはならない。
 本件の事案では、被告人の①行為は業務関係データの整理を目的とし、②行為はパソコン内の記念写真の回収を目的としたものであり、いずれも非経済的利益を目的とするものであって、不正な利益を得る目的ではないと主張した。しかし、①行為の後に被告人がAの通常業務または残務処理としてデータファイルを用いた事実はなかったこと、②行為は最終出社日後に行われ、Aの業務遂行とは関係がなかったことなどを踏まえて、①行為、②行為ともにAの業務遂行以外の目的によるものであり、その事実関係を踏まえて、被告人には転職先その他の勤務先以外の第三者のために退職後に利用する目的があったと合理的に推認できると判断した。ただし、業務遂行以外の目的があったことと、被告人に「不正な利益を得る目的」があったこととは同一ではない。例えば、転職先のBから被告人にAの営業秘密の領得の依頼があったなどの事実があれば、被告人に第三者Bのために「不正の利益を得る目的」があったと認定することもできるが、その点が曖昧なまま、被告人の非経済的利益の目的からBのために不正に経済的利益を得させる目的を推認できるかは疑問が残る。