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論文)傷害応答性転写因子ESR1による傷口からの根の再生促進

2024-08-30 11:09:16 | 読んだ論文備忘録

ENHANCER OF SHOOT REGENERATION1 promotes de novo root organogenesis after wounding in Arabidopsis leaf explants
Lee et al.  Plant Cell (2024) 36:2359–2374.

doi:10.1093/plcell/koae074

切除葉などの地上部組織切片の傷口からの根の再生には、様々な植物ホルモンや因子が関与している。シロイヌナズナ切除葉では、2時間以内にジャスモン酸(JA)が生合成され、JAがAP2/ERF型転写因子ETHYLENE RESPONSE FACTOR109ERF109)の発現を活性化、ERF109はTrp生合成酵素ANTHRANILATE SYNTHASE ALPHA SUBUNIT1ASA1)の発現を活性化し、これがオーキシン生合成に寄与して切口からの根の再生を促進する。また、切除組織の傷口ではAP2/ERF型の傷害応答性転写因子ENHANCER OF SHOOT REGENERATION1ESR1)が特異的に発現し、カルス形成や組織再生に関与していることが知られている。韓国 ソウル大学校Seoらは、切除葉からの根の再生におけるESR1の役割について解析を行なった。ESR1 過剰発現系統(esr1-DPro35S:MYC-ESR1)とesr1 変異体の切除葉をMS培地に置床し、不定根の再生を観察したところ、野生型植物切除葉と比較して、過剰発現系統は根の再生が1.7倍程度増加、esr1 変異体では70 %程度に減少していることが判った。esr1 変異体切除葉では、JAシグナル伝達のマーカー遺伝子(PDF1.2VSP2)の発現が低下しており、ESR1は根の再生促進においてJAシグナル伝達に影響を及ぼしていることが示唆される。そこで、JAシグナル伝達に関与している幾つかの因子(COI1MYC2MYC3JAZ)の切除葉での発現を見たところ、esr1 変異体ではJAZ5 の発現が上昇していることが判った。一方で、Pro35S:MYC-ESR1 系統切除葉ではJAZ5 発現量が減少していた。ChIP-qPCRアッセイから、ESR1はJAZ5 遺伝子座のプロモーター領域と遺伝子本体に直接結合することが確認された。おそらく、ESR1はJAZ5 の発現を抑制しているものと思われる。ESR1によるJAZ5 の発現抑制と一致して、JAZ5 は切口近傍の中央脈では発現していなかった。ESR1 プロモーター制御下でJAZ5 を発現させた形質転換体(ProESR1:JAZ5)の切除葉は、不定根形成の頻度が有意に低くなってた。これらの結果から、ESR1は、JAZ5 遺伝子座に直接結合してその発現を抑制し、根の再生を促進していることが示唆される。ESR1は転写活性化因子なので、JAZ5 の発現を抑制するためには他の因子を必要すると考えられる。解析の結果、ヒストン脱アセチル化酵素(HDAC)の阻害剤トリコスタチンA(TSA)で切除葉を処理すると、根の再生が阻害され、JAZ5 の発現が増加することが判った。このことから、ESR1はHDACをJAZ5 遺伝子座にリクルートし、クロマチン構造を変化させることでJAZ5 の発現を抑制しているのではないかと考えた。そこで、Y2HアッセイによりESR1と相互作用をするHDACを探索したところ、ESR1はHISTONE DEACETYLASE6(HDA6)、HDA9、HDA15、HDA19と相互作用することが確認された。また、これらのHDAC 遺伝子の発現量は、ESR1 と同様に切除後に徐々に増加していくことが判った。HDA6について詳細に調査したところ、hda6 変異体の切除葉は不定根形成頻度が低く、切口近傍でのJAZ5 発現量が高いことが判った。野生型植物ではHDA6がJAZ5 遺伝子座に直接結合していたが、esr1 変異体では結合がかなり低下していた。しかし、HDA6 の欠損はESR1のJAZ5 遺伝子座への結合に影響していなかった。hda6 変異体、esr1 変異体のJAZ5 遺伝子プロモーター領域および遺伝子本体でのH3アセチル化(H3ac)は有意に上昇していた。さらに、Pro35S:MYC-ESR1 系統をTSA処理すると根の再生が阻害されること、Pro35S:MYC-ESR1 系統にhda6 変異を導入すると不定根形成能が部分的に抑制されること、ESR1HDA6 を同時過剰発現させた系統はPro35S:MYC-ESR1 系統よりも多くの不定根の形成され、JAZ5 の発現抑制もESR1 もしくはHDA6 の単独高発現系統よりも顕著であることが判った。これらの結果から、ESR1とHDACはJAZ5 遺伝子座のH3脱アセチル化を共同で制御し、根の再生を制御する上で相互に依存していることが示唆される。ESR1-HDA6-JAZ5モジュールによる根の再生制御機構について、JAZ5はERF109と相互作用をすることでASA1 発現の活性化を阻害することから、ESR1は傷害時にJAZ5 を転写抑制することで、ERF109依存的なASA1 発現を速やかに活性化して根の再生を促進しているのではないかと考えた。そこで、シロイヌナズナプロトプラストを用いた一過的発現解析を行なったところ、ESR1 の過剰発現はASA1 プロモーター活性を有意に増加させること、この活性化はJAZ5 の過剰発現やerf109 変異体では一部抑制されることが判った。ProESR1:JAZ5 系統、esr1 変異体、hda6 変異体の切除葉ではASA1 の発現が抑制されており、esr1 変異体、hda6 変異体切除葉の根再生能力の低下はIAA処理によって回復した。また、Pro35S:MYC-ESR1 系統の根の再生能力は、IAA生合成酵素YUCCAの阻害剤であるyucasin difluorinated analogを添加することで完全に抑制された。これらの結果から、ESR1-HDA6-JAZ5モジュールはオーキシン生合成を活性化することで根の再生を促進していることが示唆される。Pro35S:MYC-ESR1 系統でのASA1 の活性化は、JAZ5 の過剰発現やerf109 変異では完全には損なわれず、ASA1 プロモーター活性はESR1ERF109 を共発現させことで相乗的に上昇した。これらの結果から、ESR1がASA1 を直接活性化する可能性が考えられたので解析を行なったところ、ESR1がASA1 プロモーターに直接結合することが判った。esr1 変異はASA1 遺伝子座のH3ac量に影響しなかったことから、ESR1はエピジェネティックな制御ではなく直接ASA1 の発現を促進していると考えられる。以上の結果から、傷害応答性転写因子ESR1は、オーキシン依存的な根の再生において重要な役割を果たしており、(i) HDA6と相互作用してJAZ5 の発現を抑制し、それによってERF109の活性が脱抑制され、ASA1 の発現が促進される、(ii) ASA1 プロモーターに直接結合してその発現を活性化する、といった二重の作用によって根の再生能力を最大化していると考えられる。

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