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論文)組織片からの植物体再生効率を向上させるペプチド

2024-09-08 11:04:28 | 読んだ論文備忘録

Peptide REF1 is a local wound signal promoting plant regeneration
Yang et al.  Cell (2024) 187:3024-3038.

doi:10.1016/j.cell.2024.04.040

植物では、局所的に受けた傷害部位から特異的な移動性シグナルが全体に伝わり、全身で防御遺伝子の発現が活性化することが知られている。全身性の防御応答を促進する細胞間シグナルとしては、生理活性ペプチドであるシステミンがよく知られている。しかしながら、システミンの生合成やシグナル伝達が欠損したトマト変異体では、全身での防御応答が欠如しているにもかかわらず、局所的な防御応答は維持されており、システミンに依存しない局所防御応答を制御する傷害シグナルの存在が示唆されている。中国科学院 遺伝・発育生物学研究所Liらは、プロシステミン(システミン前駆体、PRS)を介した防御応答が抑制されるトマトspr9suppressed in 35S::prosystemin-mediated responses-9)変異体について解析を行なった。マップベースクローニングにより、原因遺伝子Solyc04g072310 が同定され、本遺伝子はペプチド(SlPep)の前駆体PROPEP(PRP)をコードしており、系統学的にシロイヌナズナAtPROPEP6 に最も近縁であることが判った。spr9PRP 遺伝子のC146が欠損し、未成熟終始コドンが生じていた。PRPPRS の遺伝学的関係を解析するためにprp prs 二重変異体を作出して表現型を観察したところ、prp prs 二重変異体は、いずれの単独変異体と比較しても、全身性の防御応答を欠き、局所的な防御応答はさらに低下していることが判った。このことから、PRPPRS と相加的に作用して、傷害に応答する防御遺伝子の局所的および全身的な発現を制御していることが示唆される。システミンと同様に、SlPepペプチドを投与した野生型植物では防御遺伝子(PI-II)の発現が誘導されたことから、SlPepはシステミンに依存しない傷害シグナルであり、局所的な防御応答を優先的に制御していると考えられる。次に、傷害が誘導する植物体再生の制御にSlPepやシステミンが関与しているのかを胚軸切片の組織培養実験系で調査した。野生型植物とprs 変異体の胚軸切片は、カルス誘導培地上で大きなカルス塊を形成し、シュート誘導培地上でシュートを再生した。しかし、prp 変異体、spr9 変異体の胚軸切片はカルス形成能とシュート再生能をほとんど失っており、PRP-OE 系統は野生型植物に比べてシュート再生能が有意に増大していた。これらの結果から、SlPep前駆体遺伝子が組織培養系におけるシュート再生能力の獲得に極めて重要な役割を果たしていることが示唆される。prp 変異体、spr9 変異体の植物体再生不全は、SlPepを添加することで容易に回復した。また、SlPepは野生型植物のカルス形成能を添加量依存的に増加させた。これらの結果から、SlPepは再生促進因子であり、以下、SlPepをREGENERATION FACTOR1(REF1)と呼ぶことにした。シロイヌナズナにおいてペプチドサイトカインの受容体として機能しているロイシンリッチリピート(LRR)-レセプター様キナーゼ(LRR-RLK)PEP1 RECEPTOR1(PEPR1)/PEPR2のトマトオルソログPEPR1/2-ORTHOLOGRECEPTOR-LIKE KINASE1(PORK1)が機能喪失したpork1 変異体は、PI-II の発現誘導と根の成長阻害においてシステミンには応答するが、REF1に対しては非感受性であった。よって、PORK1はREF1シグナルを媒介していると考えられる。また、pork1 変異体ではカルス形成能とシュート再生能が消失し、PORK1-OE 系統はカルス形成能とシュート再生能が増強された。さらに、pork1 変異体のシュート再生能力欠損はREF1添加では回復しなかった。これらの結果から、REF1はPORK1を介して植物体再生を制御していることが示唆さる。PORK1は、細胞外LRRドメイン、膜貫通ドメイン、細胞質キナーゼドメインから構成されており、REF1はPORK1のLRRドメインと相互作用をすること、PORK1の自己リン酸化活性はREF1によって誘導されることが確認された。よって、PORK1はREF1の受容体であると考えられる。シュート再生において、AP2/ERF転写因子のWOUND-INDUCED DEDIFFERENTIATION 1(WIND1)がカルス形成とシュート再生を促進することが知られている。解析の結果、胚軸を切除することでSlWIND1 の発現が誘導され、この誘導がREF1添加によって促進されることが判った。また、傷害が誘導するSlWIND1 の発現は、prp 変異体やpork1 変異体では見られなかった。したがって、REF1-PORK1モジュールはSlWIND1 の傷害による発現誘導の活性化に関与していると考えられる。slwind1 変異体はカルス形成能とシュート再生能が消失し、SlWIND1-OE 系統はカルス形成能とシュート再生能が増強しており、slwind1 変異体のシュート再生能力欠損はREF1を添加しても回復しなかった。したがって、REF1-PORK1シグナル伝達経路は、SlWIND1 の発現を活性化することで、傷害が誘導する植物体再生を促進していると考えられる。PRP 遺伝子の発現は傷害やREF1添加によって誘導されるが、slwind1 変異体では誘導が低下していた。PRP 遺伝子プロモーター領域には維管束系特異的傷害応答シスエレメント(VWRE)様モチーフが存在し、このモチーフはSlWIND1PORK1PRS、およびシステミン受容体遺伝子(SYR1SYR2)のプロモーター領域にも存在する。解析の結果、SlWIND1はPRP 遺伝子プロモーター領域に結合して発現を活性化することが確認された。したがって、REF1によるSlWIND1 の活性化は、PRP 遺伝子に正にフィードバックし、植物体再生中にREF1シグナル伝達を増幅していると考えられる。植物体再生能は、形質転換やゲノム編集においてボトルネックとなっているので、形質転換効率の低い野生種トマト(S. peruvianum accession PI126944、S. habrochaites accession LA1777)、ダイズ(Dongnong-50)、コムギ(JM22)、トウモロコシ(B104)に対して、それぞれ植物種のREF1を添加したところ、植物体再性能、形質転換効率の向上が見られた。以上の結果から、REF1は、損傷からの組織修復と植物体再生を制御する局所傷害シグナルであると考えられる。REF1はその受容体PORK1に結合して活性化し、WIND1が制御している植物体再生応答を開始する。また、活性化されたWIND1はREF1前駆体遺伝子の発現を活性化し、REF1シグナル伝達を増幅する正のフィードバックループを形成している。REF1は、双子葉植物と単子葉植物において植物体再生と形質転換の効率の向上に貢献しており、ゲノム編集と遺伝子形質転換技術の実用化を促進するツールとして有効であると考えられる。

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