DIARY yuutu

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『伊勢物語』(Cf. 在原業平825-880)「第26段 もろこし船」:男(業平)の悲恋の歌だ!表現が、スケールが大きい!男は女(二条の后)に会えなくなった!

2021-08-16 22:40:40 | 日記
むかし、男、五条辺りに住む女を「得ることが出来なくなってしまったことよ」と悲しんで、(その男が)ある人への返事に詠んだ歌。
「思ほえず袖にみなとのさわぐかなもろこし船のよりしばかりに」
It happened that I was forced to leave my sweetheart. I severly shed tears. The extent of shedding tears was similar to the violence of waves caused by a gigantic Chinese ship entering a harber.

思いがけずあの愛しい人との縁が切れ、私の袖は、大きな唐船(モロコシブネ)がいきなり港に入ってきて、港の水が荒れて波立つように、あふれた涙でひどく濡れている。

《感想1》男(業平)の悲恋の歌だ。ただし表現が、スケールが大きい。《港に、大きな唐船が入ってきてざぶんざぶんと波が押し寄せる。そんなふうに私の涙が激しく溢れ、私の袖はひどく濡れる。》
《感想2》「第5段 関守」に「二条の后(キサキ)」すなわち藤原高子(コウシ)の話がある。藤原高子(藤原良房が後見)は、当時、将来の后妃候補であり清和天皇に入内するとされていた。彼女はそれを知っていて、にもかかわらず男(業平)を受け入れた。彼女は奔放な女性だ。
《感想2-2》だが「二条の后」に男が忍んで通ってくると世評がたったので、女の兄たち(藤原基経)が毎夜、番人を置いて守り固めた。男(業平)は女に会えなくなった。  
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浮世博史『もう一つ上の日本史、近代~現代篇』(90) 百田氏の誤り①:百田氏は、「占領期」の日本を論じる! ②:アメリカの日本占領は「スターリン時代のソ連」と似ていない!

2021-08-16 12:26:58 | 日記
※浮世博史(ウキヨヒロシ)「もう一つ上の日本史、『日本国紀』読書ノート、近代~現代篇」(2020年)「敗戦と戦争」の章(315-384頁)  

(90)百田氏の誤り:①百田氏が、論じているのは「戦後の日本」全体でなく、「占領期」の日本(1945-1952)だ! ②アメリカの日本占領を「スターリン時代のソ連」と似たようなものだと述べるのは誤りだ!(350頁)
I 百田尚樹『日本国紀』は「GHQの検閲は個人の手紙や電話にまで及んだ。・・・・スターリン時代のソ連ほどではなかったが、戦後の日本に言論の自由はまったくなかった」(百田422頁)と述べる。
I-2 百田氏の誤り①:百田氏が今、論じているのは「戦後の日本」全体でなく、「占領期」の日本(1945-1952)だ。百田氏が「戦後の日本」と言うのは誤りだ。
I-3百田氏の誤り②:百田氏が《アメリカ軍orアメリカ》の日本占領を「スターリン時代のソ連」と似たようなものだと述べるのは誤りだ。「スターリン時代のソ連」は独裁国家であり、仮に日本がソ連に占領されたら、日本人は「言論の自由」を失うどころですまなかったろう。百田氏の言い方は「大きな勘違い」を誘導する点で誤りだ。

《感想1》ソ連が日本を占領すれば民主主義国のアメリカによる占領と異なり、ポツダム宣言が禁じたことを、恐らく実質的にやったろう。ソ連は「日本人を民族として奴隷化」し「国民として滅亡せしめ」ようとしたろう。日本人にとって、《アメリカの占領》の方が《ソ連の占領》よりはるかにましだったろう。

《感想2》しかもアメリカの占領の目的は明瞭だ。(「ポツダム宣言」に明示されている。)(ア)「軍国主義」の「駆逐」(※「軍国主義」はそもそも権力への服従のみ求め「言論の自由」or異論など認めない)、(イ) 「平和、安全及正義の新秩序」を建設する(※平和主義、民主主義を目指す)、(ウ) 「日本国軍隊」は「武装解除」後、「各自の家庭に復帰し、平和的且生産的の生活を営む」、(エ)「日本国国民の間に於ける民主主義的傾向の復活強化」(※「自由民権」、「立憲主義」、「大正デモクラシー」(護憲運動等)など日本人は明治時代からずっと民主主義を求めていた;そもそも明治維新も「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずといへり」と福沢が言ったように身分制のない自由な社会を目指していた:それら「民主主義的傾向の復活強化」をGHQはめざした)、(オ)そして「言論、宗教及思想の自由並に基本的人権の尊重は、確立せらるべし」とされた。(※これらアメリカの占領目的は、多くの日本人の幸福な生活の実現にプラスだったと言ってよい。もちろん「気に入らない」と思う者、Ex.「軍国主義者」たち、Ex. 百田氏のような者も当然いた。)

《感想2-2》GHQが「検閲」をする理由はふたつある。(1)「軍国主義」の「駆逐」のためであり、また(2)「言論、宗教及思想の自由並に基本的人権の尊重」の「確立」のためだ。
《感想2-2-2》GHQの「検閲」と、(2)「言論、宗教及思想の自由並に基本的人権の尊重」は論理矛盾するが、他方で(1)「軍国主義」の「駆逐」という目的とは矛盾しない。だがこの論理矛盾ある政策も日本が「占領」されている間だけのことだ。そして「占領」は戦争状態の継続だから、日本の占領期間中(1945-1952)、GHQの「検閲」は国際法上、可能だ。

《感想2-3》連合国軍(実質はアメリカ軍orアメリカ)は、国際法(ポツダム宣言)を忠実に履行し、1952年、日本の独立(占領の終了)を認めた。ソ連が日本を占領していたら日本は当時の東ヨーロッパのような一党独裁の「ソ連の衛星国」になっていたろう。そんな状況になるくらいなら、GHQの「検閲」など多くの日本人の幸福な生活にとってどうでもいいようなことだ。
Cf. 「十二 前記諸目的が達成せられ且日本国国民の自由に表明せる意思に従ひ平和的傾向を有し且責任ある政府が樹立せらるるに於ては、聯合国の占領軍は、直に日本国より撤収せらるべし。」(『ポツダム宣言』)
《感想2-3-2》ソ連が日本の東半分を占領していたら、日本は分裂国家となっただろう。アメリカの単独占領で日本は(a)民主主義国となり、(b)国も分裂しないで済んだ。これは歴史上、幸運だった。
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