DIARY yuutu

yuuutunna toki no nikki

J.D.ヴァンス『ヒルビリー・エレジー:アメリカの繁栄から取り残された白人たち』(2016年)(その17)「おわりに」私たち(ヒルビリー)が抱える問題を、政府が解決してくれるわけではない!

2020-10-31 14:22:18 | 日記
「おわりに」(384-398頁) 
A  ヒルビリーの親は、その子のクリスマス・プレゼントの購入資金欲しさに、犯罪に手を染めることがある。彼らは、「親の愛情はクリスマスツリーの下に置かれるプレゼントで評価される」と思っている。彼らは、「こどもひとりにつき200-300ドルの出費を覚悟すべきだ」といった強迫観念に取りつかれている。
A-2 だが裕福な人たちの家では、そうした強迫観念はない。Ex. ウシャ(著者の妻)はよくクリスマスに本を貰っていたそうだ。
B 人々は「富める者と貧しき者」、「教育を受けた者と受けていない者」、「上流階層と労働者階層」というように大きく2つのグループに分かれる。
C 「社会政策は役に立つかもしれないが、私たち(ヒルビリー)が抱える問題を、政府が解決してくれるわけではない。」
C-2 「それを解決できるのは、自分たち以外にない。」

「解説」(渡辺由佳里):トランプは白人労働者層に「悪いのは君たちではない。イスラム教徒、移民、黒人、不正なシステムを作ったプロの政治家やメディアが悪い」と言う!(406-415頁)
D 白人労働者層は、プロ政治家を「胡散臭く」思っている。彼らは、自分たちを「煙に巻こうとしている」だけだと思う。ニューヨーク生まれの富豪トランプは、「繁栄に取り残された白人労働者の不満と怒り」、そして「政治家への不信感」の大きさをかぎつけた。
D-2 「悲観的なヒルビリー」らは、「高等教育を得たエリート」たちに「敵意と懐疑心」を持っている。
D-3 ヒルビリーにとっては、リベラルの民主党は「ディバーシティ(多様性)」という言葉で「黒人や移民」だけを優遇している。そして知識人は、自分たちを「白いゴミ」として馬鹿にする鼻持ちならない気取り屋だ。
D-4 トランプは白人労働者層に「悪いのは君たちではない。イスラム教徒、移民、黒人、不正なシステムを作ったプロの政治家やメディアが悪い」と言う。
D-5 「トランプの支持者は暴力的」と言われるが、それは外部の人間に対する攻撃性であって、支持者同士は仲間であり「とてもフレンドリー」だ。
D-6 ヴァンス(著者)が生まれ育った「アメリカ中西部」だけでなく、「古い産業が廃れ、失業率が高くなり、ヘロイン中毒が蔓延するアメリカの田舎町」ではみな「トランプ現象」が起きている。

「解説」(渡辺由佳里)(続):「職を与えられても努力しない白人労働者」がいる!
E  ヴァンス(著者)は「職さえあれば、ほかの状況も向上する、仕事がないのが悪い」というヒルビリーたちの言い訳に批判的だ。「社会や政府の責任にする」ムーブメントに批判的だ。
E-2 「職を与えられても努力しない白人労働者」がいる。「遅刻と欠勤を繰り返し、解雇されたら、会社に怒鳴り込む」同僚がいる。「政府の援助を受けずには自立できないのに、それを与える者たち牙をむく隣人たち」もいる。そして「ドラッグのためのカネを得るためなら、家族や隣人から盗み、平気で利用する人たち」がいる。
E-3 困難に直面した時のヒルビリーの典型的な対応は、「怒る、大声で怒鳴る、他人のせいにする、困難から逃避する」というものだ。
E-4 「将来に希望を抱くことができない。」それが人のエネルギーを殺す。周囲の大人が「努力しても無駄」と思い込んでいる時、「子どもが、希望を抱けるはずはないし、努力の仕方を学ぶこともできない。」
E-5 ヴァンス(著者)は言う。「オバマやブッシュや企業を非難することをやめ、事態を改善するために自分たちに何ができるのか、自問自答することからすべてが始まる。」
F その後、「白人労働者が情熱的に応援したトランプ大統領」は「オバマケア」(医療保険改革制度)を廃止し、多くの国民(その大部分は低所得のヒリビリーたち)が健康保険を失った。
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石井桃子(1907 – 2008)『ノンちゃん雲に乗る』(1951年):新憲法、民主主義、平和主義、文化国家が称揚された時代にふさわしい家庭像、子育て像を示す!

2020-10-30 19:19:56 | 日記
(1)
「ある春の朝」①ノンちゃんは、ある春の朝、おかあさんとにいちゃんが、自分に黙って東京に出かけたので、悲しくて泣いた。②ノンちゃんは木に登り、「ひょうたん池」に映る空を覗いていたが、誤ってノンちゃんは池に落ちる。気がつけば、そこは水の中の空(※水に映る空!)。
(2)
「雲の上」③池の中の空の雲の上に、白いひげを生やした「身の上相談所」のおじいさんがいて、熊手ですくって助けてくれた。(その後、ノンちゃんはおじいさんに、自分や家族の身の上を話す。)④ノンちゃんのクラスにはガキ大将の長吉がいると、まずノンちゃんは話した。
「ノンちゃんのお話」⑤それから、ノンちゃんがおじいさんに、ノンちゃんの『生い立ちの記』を順番に話していく。
1.「ノンちゃんの家」⑥ノンちゃんは、東京の四谷に住んでいた。5歳で赤痢になり、死にかかる。⑦奇跡的に回復したあと、ノンちゃんたちは郊外の家に移る。
2.「おとうさん」⑧ノンちゃんは、おとうさんと話をして、色々なことを教えてもらう。
3.「おかあさん」⑨ノンちゃんはおかあさんが好きだ。
4.「おかあさんつづき―にいちゃんのよくばり」⑩にいちゃんは、なんでも欲しがる。よくばりだ。
5.「にいちゃん―にいちゃんのあだ名」⑪「根っこ」の坊主(重い)。「カニ君」。「ムサシ坊」(劇で役をやった)。
6.「にいちゃんつづき―にいちゃんぶたれる」⑫にいちゃんは、「面白いから」と自動車の前に何度も飛び出し、「人に迷惑をかけた」ので、にいちゃんが父にぶたれた。
7.「にいちゃんつづき―にいちゃんのいじわる」⑬にいちゃんは、チャンバラごっこの「那須ノ与一」が好きだ。
8.「にいちゃんつづき―にいちゃんとエス、にいちゃんのうそつき」⑭エスは捨て犬で、にいちゃんがひろってきた。⑭-2 にいちゃんが、おかあさんが縫っていた大切な座布団に、汚い足跡をつけたのになかなか認めなかった。(にいちゃんは座布団があるのに気づかかなかったのだ。)
9.「ノンちゃんのある日」⑮小学校2年生のノンちゃんが、級長になるようにと、先生から言われた。
(3)
「おじいさんのお話」
1.「ある日のにいちゃん」⑯にいちゃんが、メダカをとった。
2.「はな子ちゃんの冒険」⑰はな子ちゃんが、海でおぼれそうになった話。
「小雲に乗って」⑱《うそをつかないと家には帰れない》という試験をノンちゃんが、おじいさんから課された。
(4)
「家へ」⑲ノンちゃんが目覚める。おかあさんが泣いていて、おじいちゃんやおばあちゃんもいた。(ノンちゃんは木から落ちて昏睡したのだ。《ノンちゃんが雲に乗った》のは、昏睡中の夢だった。)
「それから」⑳《雲上大旅行》をしてきたノンちゃんは、やがて回復し、学校にもどりクラスの級長になった。
(5)
著者が『ノンちゃん雲に乗る』を書き始めたのは1942年、35歳の時だ。(出版は1951年。)
(5)-2
小説の中のノンちゃん(田代信子)は小学校2年(8歳)の女の子だ。ノンちゃんは1924年生まれと考えられるから(後述)、ノンちゃん(小2)が雲に乗ったのは、1932(昭和7)年だ。Cf. なおノンちゃんは著者自身と思えるが、著者が小学校2年だったのは1915(大正4)年だから、小説のノンちゃんの時代つまり1932(昭和7)年と異なる。
(6)
その5年後、ノンチャンのお父さんが、1937年の「北支」の戦争について医者の田村先生と話しながら、「うちの坊主も兵隊になって出ていくことになるかもしれない」と言った。この時、ノンちゃんは「女学校に入ったばかり」だから13歳だった。(したがってノンちゃんは1924年生まれと想定されている。)
(6)-2
ノンちゃんと同じクラスの「ガキ大将だった長吉」は戦争に行って帰ってこなかった。(彼は1944年、20歳で出征したと思われる。)ノンちゃんの兄は2歳年長だから1922年生まれで、1937年には15歳だ。ノンちゃんの兄も、戦争に行った(おそらく1942年、20歳で出征した)が、帰ってきた。

《感想1》ノンちゃんは「全甲」(オール5)で級長。おとうさんはインテリでホワイトカラーor経営者のようだ。おかあさんは歌が上手で、音楽学校に入学したい気持ちもあった。おかあさんは良家の出だ。またノンちゃんの家には本がたくさんある。
《感想1-2》小説のノンちゃんのにいちゃんは中学(13歳、1935=S10年入学)、ノンちゃんは女学校に進学(13歳、1937=S12年入学)している。Cf. 旧制中学(男子)への進学率は約7%(S15年)、女学校への進学率は約15%(T14年)だった。(戦前その後、女学校進学率は約24%まで上昇する。)
《感想2》ノンちゃんは素直な子で、頭もいい。中層以上のリベラルな家庭に育つ。
《感想2-2》『ノンちゃん雲に乗る』(1951年)は、新憲法、民主主義、平和主義、文化国家が称揚された時代にふさわしい家庭像、子育て像を示し、本はベストセラーとなった。
《感想3》おカネのある知識階級的・文化的な幸せな家庭。そこの女の子の成長の物語。妬(ネタ)ましい気もする。(評者は、下層の家に生まれた。)
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浮世博史『もう一つ上の日本史』(42) 百田氏の誤り:①「元寇」の語を使わないのは、当時「蒙古襲来」と言っていたため!②「倭寇」は当時の言葉で、「我が国を貶める」意味はない!③「倭」に悪い意味はない!

2020-10-29 15:00:24 | 日記
(42)
P 百田尚樹『日本国紀』は「今日の日本の歴史教科書では『元寇』という言葉は相手国に対する侮蔑的な意味を含むため使用しない傾向にある。それなら我が国を貶める『倭寇』という言葉の使用もおかしい」(百田122頁)と述べるが、これは二重に誤りだ。(下記①②!)
P-2  ①教科書が「元寇」という言葉(江戸時代から使われた言葉)を改めたのは、当時(鎌倉時代)の言葉でないからだ。当時は「蒙古襲来」だった。
P-3  ②「倭寇」に「我が国を貶める」意味はない。「倭寇」は当時(室町時代)の言葉で、侮蔑的意味はない。Cf. 「倭寇」が侮蔑的意味を持つようになったのは20世紀になってからだ。朝鮮出兵や日中戦争の日本の攻撃が「倭寇」と揶揄されるようになったからだ。
P-4 ③百田氏は「『倭』は・・・・決していい意味を表す文字でない」(百田17-18頁)と言うが、「倭」は「従順な」「ゆだねる」「うねった」(『説文解字』)を意味し、悪い意味でない。(Cf. 「矮」(ワイ)とは異なる。)
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「てなし娘」(46)『フランス民話集』岩波文庫:近親相姦的な感情を妹に抱いた兄に対する神(or語り手)の冷淡!

2020-10-29 11:38:02 | 日記
(1)
兄と妹が一緒に暮らしていた。父母はもう死んでいなかった。兄には妻がいた。だが兄は妹をかわいがり、自分のお粥は、必ずまず1匙すくって妹に食べさせ、また夕方、家に戻ればまず妹にキスをした。兄の妻(兄嫁)は「腹黒い女」で妹にやきもちを焼き、魔女に会いに行って訴えた。
《感想1》兄の妻は「腹黒い女」と思えない。兄の態度が問題だ。兄は、むしろ妹と結婚すればよかったのだ。近親相姦の匂いがする。
(2)
魔女が兄嫁に言った。「お前の旦那が飼っている《子犬》を溺れさせ、『妹がやった』と旦那に言えばいい。」兄嫁は言われた通り《子犬》を溺れさせ、夕方、帰ってきた夫に、「あんたの妹が《子犬》を溺れさせた」と嘘を言った。兄が妹に問いただした。妹はただ「私がやったかどうかは、神様がご存じよ」と答えた。
《感想2》妹は「自分がやってない」とも「自分がやった」とも言わない。「神様がご存じよ」と答えた。兄は、兄嫁の証言のみで、妹の証言が取れないので、判断を保留した。
(2)-2
兄は今まで通り、お粥の最初の一匙を妹に食べさせた。
(3)
兄嫁はまた魔女に会いに行った。魔女のアドバイスで、兄嫁は、旦那の立派な《馬》の尻尾を引っこ抜き、夕方、帰ってきた夫に、「あんたの妹があんたの《馬》の尻尾を引っこ抜いた」と嘘を言った。兄が妹に問いただした。妹はただ「私がやったかどうかは、神様がご存じよ」と答えた。
《感想3》妹は「自分がやってない」とも「自分がやった」とも言わない。「神様がご存じよ」と答えた。兄は兄嫁の証言のみで、妹の証言が取れないので、判断を保留した。(※《子犬》を溺れさせた時と同じ。)
(3)-2
兄は今まで通り、お粥の最初の一匙を妹に食べさせた。
(4)
兄嫁はまた魔女に会いに行った。魔女のアドバイスで、兄嫁は、旦那の《息子》を鍋で煮て殺し、夕方、帰ってきた夫に、「あんたの妹があんたの《息子》を鍋で煮て殺した」と嘘を言った。兄が妹に問いただした。妹はただ「私がやったかどうかは、神様がご存じよ」と答えた。
《感想4》妹は「自分がやってない」とも「自分がやった」とも言わない。「神様がご存じよ」と答えた。兄は兄嫁の証言のみで、妹の証言が取れないが、ひどい事件(事実)が3回も起こり(《子犬》《馬》《息子》)、しかも兄嫁が3回続けて「妹がやった」と言うので、ついに兄は「妹がやった」と判断するに至る。
(5)
兄が妹に言う。「お前のしたことはひどすぎる。お前を殺しはしないが、森に行く。」兄は妹を連れて森に行き、妹の両手を切り落とした。
《感想5》生きた人間の両手の切断とは、何という残酷。ただ殺しはしなかった。兄は妹を愛していた。殺せなかった。(ただし近親相姦的な愛だ。)妹にとっては言われのない無実の罪だ。(Cf. 神の信仰を試す試練だったのかもしれない。)
《感想5-2》兄嫁の焼きもち(=嫉妬)はすさまじく恐ろしい。妹を家から追放し、夫にその妹の手を切断させた。兄は、悲しくつらい決断をした。兄は妹を(近親相姦的に)愛し続けていた。
(6)
兄が妹を森に残し、立ち去ろうとした時、サンザシのとげが兄の足に刺さった。妹が言った。「神様のお許しにより、私の『両手』でとげを抜ける時まで、とげが兄さんの足の中で根を張りますように。」
《感想6》妹はこれまで3度、「神様がご存じよ」とのみ言った。そして今回、妹は不可能な条件(切断されすでに存在しない「両手」で兄の足のとげを抜く)を提示したうえで、「神様のお許し」(奇蹟)のみがその不可能を可能にすると言った。
《感想6-2》妹にはすでに「両手」がない。だから「私(妹)の『両手』で(兄の足の)とげを抜ける」ということはこの世界の事実としてはありえない。妹は「神様のお許し」(奇蹟)がない限り、兄は「サンザシのとげ」の痛みに苦しめと願った。妹の《呪い》だ。
(7)
妹は森でたった一人、しかも両手なしで何とか飢えをしのいでいた。あるとき、王子が妹を見つけた。その娘(妹)があまりに美しいので、王子は娘を城に連れて行った。王子の母は、両手のない娘(「てなし娘」)と王子が結婚することに反対したが、王子は「身の回りの世話には召し使いを雇います」と反論し、娘と結婚した。
《感想7》王子は「両手のない娘」(「てなし娘」)と結婚した。すごいことだ。美人であるだけでなく、人柄・人格が魅力的だったのだ。そして「身の回りの世話には召し使いを雇います」と、さすがに王子は、経済的に裕福だ。(カネがある!)
(8)
やがて王子と娘の間に、双子の男の子が生まれた。だがその時、王子は戦争に出かけていた。母親が「二人の男の子が生まれた」と手紙を書いて王子に送った。ところがこの手紙が魔女の手に渡り、魔女が「二匹の黒い子犬を産んだ」と書き換え、その手紙が王子に送られた。
(8)-2
手紙を受け取った王子は驚き嘆いたが、次のように返事を書いた。「二匹の黒い子犬は生かしておくように。城に戻ったら、どうするか自分で決める。」
《感想8》魔女は、娘が不幸になること、娘の幸福を阻止することを目指す。娘の兄嫁の依頼(嫉妬、妬み)に忠実だ。だが王子は娘を愛している。そして自分の目で確かめるまで「母親の手紙」が語る内容を信じない。
(9)
再び、魔女が王子の返信の手紙を手に入れ、その内容をも書き換えた手紙とすり替え、王子の母親に届けた。そこには「二人の子ども(=二匹の黒い子犬)を殺し、妻(娘)も殺すように」と書いてあった。
《感想9》何という悪辣な魔女だ。魔女は(ア)兄嫁の依頼(嫉妬、妬み)に忠実というだけでなく、(イ)人(娘)が不幸になることを望む。
(10)
王子からの(魔女によって書き換えられた)返事を受け取った王子の母は、嫁(娘)にむかって言った。「とてもあなた方を死なせたり、殺したりすることは出来ません。さあ出発しなさい」と3人(「てなし娘」と2人の子ども)を城から立ち去らせた。
《感想10》王子の母親は、「二匹の黒い子犬」が生まれたなどと手紙を書いていない。「二人の男の子が生まれた」と手紙を書いて王子に送った。だから、「二人の男の子」も「娘(妻)」も殺すようにと返事を書いてよこした王子が《狂った》と思ったはずだ。だから王子の指示に従わず、「死なせたり、殺したり」せず3人(「てなし娘」と2人の子ども)を城から出発させた。
(11)
女は両手がなかったので、「振り分けにかつぐ袋」を作ってもらい、二人の子をそれぞれ背中と前にぶら下げて、城を出て行った。途中、池を通りかかった時、女が、「神様、喉が渇いて死にそうです」と叫ぶと、「お飲み」と声が答えた。女が身をかがめたとたん、子が池に落ちてもがきだした。さあ大変、女には手がないから子を救えない。すると突然、片方の手が生えて、子供を救い上げることができた。
《感想11》「神様」の奇蹟が起きた!手が生えた!(まず1本の手が、生えた。)
(11)-2
また女が叫んだ。「神様、喉が渇いて死にそうです!」するとまた「お飲み」と声が答えた。女が身をかがめたとたん、もう一人の子が池に落ちた。するともう一方の手が生えた。女はその子を救った。
《感想11-2》2度までも「神様」の奇蹟が起きた!女の両手が生えた!
(12)
池の近くに一軒の農家があった。実は池も農家も王子(夫)の領地だった。農家のおかみさんが、こんな風にして逃げてきた女(王子の妻)を、親切にも農場の下働きとして置いてやることにした。
《感想12》下働きを雇える程度の経済力がある農家だ。
(13)
王子は戦地から城に戻った。母親から話を聞き、王子は事情が分かった。①「二人の男の子が生まれた」という王子の母親の手紙が改ざんされ、娘が「二匹の黒い子犬を産んだ」と王子には伝えられたこと。また②「二匹の黒い子犬は生かしておくように」という王子の手紙も改ざんされ、「二人の子ども(=二匹の黒犬)を殺し、妻(娘)も殺すように」という手紙が王子の母親に届いたこと。
《感想13》誰が手紙を改竄したのか、調査して、下手人を探すよう王子と母親は家臣に命じたはずだ。
(14)
王子は直ちに、妻と二人の子どもを探しに出かけた。「死んだにせよ、生きているにせよ、見つけるまで城に戻りません」と王子は言った。やがて王子は2人の子供と、奇蹟によって両手が生えた妻を発見し、一緒に城へ戻ることとなった。王子は、農家のおかみさんに言った。「妻と二人の子を預かってくれたお礼に、この農場を差し上げよう。」
《感想14》神の奇跡は素晴らしい。王子の妻の両手が生えたのだ。彼女は健常者となった。
《感想14-2》農家のおかみさんに、農場をあげた王子も太っ腹だ。
(15)
手紙を改竄しでっちあげの話を書いた魔女は捕まり、火あぶりとなった。
《感想15》「人が不幸になることを望む」魔女は、悪辣だ。誰が手紙を改竄したのか、調査して、下手人を探すよう王子と母親に命じられた家臣が、魔女を捕らえたのだろう。
《感想15-2》だが、当時は「自白」が重視されたから、激しい拷問が行われたはずだ。「改竄した」、「魔女だ」と自白させられ火あぶりになった者が、本当に「改竄」の下手人で、「魔女」だったかは不明だ。
(16)
その後、王子(夫)と妻(娘、妹)と2人の子は、城で一緒に幸せに暮らした。ある日、王子の妻(妹)は、「兄さんの足に刺さったとげに根が生え、どんどん伸びて、とうとう煙突から外へ突き出してしまった」という噂を聞いた。
《感想16》これは、妹の両手を切断し立ち去る兄に、妹がかけた《呪い》だ。サンザシのとげが兄の足に刺さった時、妹が言った。「神様のお許しにより、私の両手でとげを抜ける時まで、とげが兄さんの足の中で根を張りますように。」
(16)-2
王子の妻(妹)は、兄に会いに出かけた。「とげにつかまったのね、兄さん。」「ああそうなんだ。」妹が両手でとげに触れると、途端にとげは抜け落ちた。
《感想16-2》妹に両手が生えたのは神の奇蹟であり、「神様のお許し」だ。切断され失われた「両手」が「神様のお許し」によって復活し、「両手でとげを抜ける時」が来た。かくて妹が「両手でとげに触れると」、足の中で根を張っていたとげが抜け落ちた。妹の《呪い》は解け、呪いの内に含まれていた《予言》が成就された。
(17)
「てなし娘」の物語の終わりは不吉だ。語り手が言う。「それから兄さんがどうなったか、わたしは知らない。」
《感想17》王子の妻(妹)の兄に、「神は祝福を与えなかった」ということだ。兄の以後の人生がどうなるかは、偶然に支配される。(神は助けない!)近親相姦的な感情を妹に抱いた兄に対する神(or語り手)の冷淡だ。
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『鬼滅の刃』TVアニメ(2019年)第1-8話:鬼は「死」、人間は「生」、鬼を人間に戻すとは死者の「蘇り」だ!この世は半分が「鬼」、半分が「人」、殺し合いの世の中だ!(「鬼」とは実は「人」だ!)

2020-10-28 12:49:36 | 日記
『鬼滅の刃』TVアニメ(2019年)第1-8話:鬼は「死」、人間は「生」、鬼を人間に戻すとは死者の「蘇り」だ!この世は半分が「鬼」、半分が「人」、殺し合いの世の中だ!(「鬼」とは実は「人」だ!)
※原作:吾峠 呼世晴(ゴトウゲ コヨハル)
第1話「残酷」
時は大正。主人公・竈門炭治郎(カマドタンジロウ)(物語開始時13歳)は亡き父親の跡を継ぎ、炭焼きをして家族の暮らしを支えていた。炭治郎が家を空けたある日、家族は鬼に惨殺され(母、弟3人、妹1人)、唯一生き残った妹・竈門禰󠄀豆子(ネズコ)も鬼と化してしまう。禰󠄀豆子に襲われかけた炭治郎を救ったのは冨岡義勇(トミオカギユウ)と名乗る剣士だった。義勇は禰󠄀豆子を「退治」しようとするが、兄妹の絆がわずかに残っていることに気付き剣を収める。
《感想1》「鬼」の残虐。「鬼畜米英」の原爆か、「派遣切り」を悲観した自殺か、「いじめ」による自殺か・・・・憎むべき「鬼」ども。鬼による人の惨殺、人による鬼の惨殺。鬼と人の殺し合い、実は人と人の殺し合いの残酷!
《感想1-2》「鬼」と化した妹、しかし「人間らしさ」も残る妹。妹を「人間」に戻したい。鬼は「死」だ、人間は「生」だ。テーマは死者の「蘇り」だ。普通はかなわない希望の実現という「空想」!
《感想1-3》妹・禰󠄀豆子(ネズコ)はまだ完全に死んでいない。(「鬼」になり切っていない。蘇生の可能性がある。人間に戻りうる!)

第2話「育手(ソダテ)・鱗滝左近次」(ウロコダキサコンジ)
炭治郎は嗅覚が非常に優れており、鬼の存在を嗅ぎ取る。「鬼」化した禰󠄀豆子は太陽を恐れる。禰󠄀豆子は、鬼の能力の一つとして身長を拡縮できる。昼は日差しを避け、体を小さくして背負い箱に入って炭治郎に運ばれる。炭治郎は、冨岡義勇(トミオカギユウ)の導きで「育手」鱗滝左近次(ウロコダキサコンジ)の元を訪れる。
《感想2》炭治郎は、鬼への復讐を目指す。だが炭治郎は、鬼を殺すことを躊躇する。鬼がかつて人間だったからだ。
《感想2-2》難しい設定だ。戦争は捉え方が二つある。①人間と「鬼」の戦争。(Cf. 戦時国際法など守らない。)敵は人間でなく「鬼」だ。鬼は躊躇なく殺戮する。②人間と人間の戦争。敵も「人間」だ。「武士の情け」や戦時国際法が通用する。
《感想2-3》炭治郎は、「鬼」を、鬼化した「人間」と考える。上記②の立場だ。

第3話「錆兎(サビト)と真菰(マコモ)」
炭治郎は、鬼殺隊(キサツタイ)参加の「最終選別」を受けるため鱗滝左近次(ウロコダキサコンジ)のもとで訓練に励む。(禰󠄀豆子(ネズコ)はずっと半年以上寝ている。)炭治郎は、一方で鬼への復讐、他方で禰󠄀豆子を人間に戻す方法を鬼に問いただすため、鬼殺隊参加をめざす。1年後、「教えることはもうない」と鱗滝(ウロコダキ)が言い、そして「この岩を切れ」と命じる。半年たっても切れない。そこに少年錆兎(サビト)と少女真菰(マコモ)が現れるアドバイスする。(実は二人とも死んでいる。)その半年後、炭治郎は岩を切った。
《感想3》『鬼滅の刃』の世界では、一方で、死者と生者が自由に交流する。(Ex. 錆兎と真菰)、ところが他方で鬼に食われた人間は死に=死者となり再び生者と交流することがない。(Ex. 惨殺された炭治郎の家族)
《感想3-2》死者が鬼化した場合は、死者は死んだまま生者と交流(ただし襲撃・食人)する。鬼化した死者は骨or土とならず、身体を持つ。(心が生前と連続している場合も、そうでない場合もある。)

第4話「最終選別」
家族が鬼に惨殺されてから2年後、炭治郎は命を賭けた最終関門である鬼殺隊の選別試験(鬼のいる山で7日間生き抜く)を受ける。「厄除(ヤクジョ)の面」を、鱗滝(ウロコダキ)から受けとる。巨大な鬼(腕が多数ある巨大な異能の鬼)の出現。「水の呼吸」と「水面(ミナモ)斬り」で鬼の首を落とす。炭治郎にとって、《におい》は戦闘時において敵の気配を読む力として機能し、さらに訓練後は「隙(スキ)の糸」として可視化された。巨大な鬼は、その兄との思い出を忘れず、人間間の愛の思い出を持ち続けていた。炭治郎は祈る。
《感想4》鬼の内に人間を見る炭治郎のあり方は、当然、鬼殺隊の他の隊員たちの多くに受け入れられない。「交戦中の敵」と、「捕虜となった敵」との国際法上の扱いの差異の問題だ。

第5話「己の鋼」(オノレノハガネ)
鬼に殺された子供たちの亡霊が、狭霧山(サギリヤマ)の鱗滝さんの所に帰っていく。藤の花咲く出発点に戻ってきた選別試験合格者は、最初の20余人の大部分が鬼に殺され、生き残った4人が「鬼殺隊」に入隊した。炭治郎に「鎹鴉(カスガイカラス)」が伝令係として与えられる。また玉鋼(タマハガネ)を選ぶ。(その後、玉鋼から作られた日輪刀が炭治郎に与えられる。)
《感想5》「鬼殺隊」入隊志望者は鬼への怨みの権化だ。怨みを晴らすため自分の命を懸ける。だが多くが鬼の返り討ちにあう。
《感想5-2》この世は半分が鬼、半分が人、殺し合いの世の中だ!(鬼とは実は人だ!)

第6話「鬼を連れた剣士」
禰󠄀豆子(ネズコ)をつれた「鬼殺隊」士・炭治郎(タンジロウ)。北西の町で女の子が消える。匂いで鬼を探す炭治郎。異能の鬼。(液体化する鬼。)禰󠄀豆子(ネズコ)が鬼を攻撃する。
《感想6》やさしい兄・炭治郎(タンジロウ)。妹・禰󠄀豆子(ネズコ)を葛籠(ツヅラ)に入れて背負い片時も離れない。(Cf. 妹・禰󠄀豆子はエネルギーを食人によってでなく睡眠で蓄える。)

第7話「鬼舞辻無惨」(キブツジ ムザン)
異能の鬼(液体化する鬼)はボス(鬼舞辻無惨)の存在について何も語らない。何も聞けぬまま、その鬼を炭治郎は殺す。Cf. 鬼舞辻無惨は、千年以上前に生まれた鬼の始祖たる男。自分自身の血を与え人間を鬼に変えられる唯一の存在。炭治郎の家族を殺し、禰󠄀豆子を鬼に変えた仇。実業家(貿易会社)「月彦」と名乗り、妻の麗と子がいる。(本物の「月彦」は鬼舞辻無惨が殺し入れ替わった。)
《感想7》『鬼滅の刃』は鬼舞辻無惨の「陰謀論」という枠組みを持つ。「鬼舞辻」の目的は、「日光を克服して完全な不死となること」。鬼を作るのは、あくまで自分が利用するため。具体的には二つのプランがある。①「太陽を克服した鬼を産み出し吸収する」。②「(自分を鬼にした新薬の原材料たる)青い彼岸花を探す」。
《感想7-2》太陽で「鬼」が分解・消滅する点は、「ドラキュラ」と同じ。

第8話「幻惑の血の香り」
「珠世」(タマヨ)は2百年以上生きている女性の「鬼」で、医者だ。鬼舞辻(キブツジ)と敵対する。人を喰らわず少量の血液を飲むだけで生きることが可能。助手の「鬼」が愈史郎。東京市浅草で、「鬼」が人を襲う。珠代は「鬼」を人に戻す方法を確立すべく、炭治郎に「鬼」の血液の採取を依頼する。
《感想8》一方で、「鬼」と人間の共存をめざす珠世(タマヨ)。他方で、「鬼」の支配(究極的には永遠の生命を持つ一個の「鬼の王」の永久支配)をめざす「鬼舞辻無惨」(鬼の王)。(Cf. 「珠世」の方針は、かつての米ソの「平和共存」を思い出させる。)
《感想8-2》この「鬼舞辻無惨」(「鬼」の王)に相当するのが、20世紀ではヒトラー、スターリン、毛沢東など独裁者だ。「思想良心の自由」「表現の自由」「学問の自由」を認めず、それら権力者は「鬼」の独裁を目指す。(Cf. 日本のS首相の傲慢!)

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