「夏」 Summer
血を吐くような 倦(モノ)うさ、たゆけさ I am in melancholy and in tiredness like vomitting my blood.
今日の日も畑に陽は照り、麦に陽は照り Today also, the sun shines over fields, and over wheat.
睡(ネム)るがような悲しさに、み空をとおく Because of my saddnes like making me sleepy, the sacred sky is in the far distance,
血を吐くような倦うさ、たゆけさ and I am in melancholy and in tiredness like vomitting my blood.
《感想1》この詩人は憂鬱が嫌いだ。それはそうだ。憂鬱=「倦(モノ)うさ」のため彼は精神的に「血を吐く」。死ぬほどに苦しい憂鬱。彼は死にそうだ。しかし彼は生きることにとどまる。
《感想1-2》だるさ=「たゆけさ」が身体的で、一層耐え難い。「血を吐く」ほどの身体的状態。
《感想1-3》彼は明るさに惹かれる。彼には生きる欲望がある。「畑に陽は照り、麦に陽は照り」、それが彼はうらやましい。「空」に敬意が表される。「み空」だ。だが生き生きした「生」から自分の憂鬱がはるかに「とお」い。彼は「血を吐くよう」だ。
空は燃え、畑はつづき The sky is in fire, fields extend,
雲浮び、眩(マブ)しく光り and clouds float shining brightly.
今日の日も陽は炎(モ)ゆる、地は睡(ネム)る Today also, the sun burns, and the earth sleeeps
血を吐くやうなせつなさに。 becuse of my sadness like vomitting my blood.
《感想2》詩人の「血を吐くやうなせつなさ」は、心底から「燃え」、「眩(マブ)しく光り」、激しい対照と激変の「心の歴史」の再来を願う。彼は今、精神的、身体的に疲れた自分を不甲斐なく思う。
嵐のやうな心の歴史は The stormy history of my mind sleeps
終焉(ヲワ)つてしまったもののやうに far beyond the burning sun,
そこから繰(タグ)れる一つの緒(イトグチ)もないもののやうに as if it came to an end,
燃ゆる日の彼方(カナタ)に睡る。 or as if it had not any beginning where I can make.
《感想3》彼は「嵐のやうな心の歴史」が「終焉(ヲワ)つてしまった」、今や「睡る」と言う。確かに今はそうだ。「血を吐くような 倦(モノ)うさ(※憂鬱)、たゆけさ(※だるさ)」だから。
《感想3-2》だが、大丈夫だ、彼は死なない。なぜなら彼は「燃ゆる日」をあこがれるから。
私は残る、亡骸(ナキガラ)として―― I remain to stay as a dead body ――
血を吐くやうなせつなさかなしさ。 I am in sadness and in loneliness like vomitting my blood.
《感想4》詩を書く限り、彼は死なない。彼は「亡骸(ナキガラ)」だが、堂々と生きて歌う。彼は「血を吐くやうなせつなさかなしさ」のうちで立派に歌う。彼は死なずに歌う。彼は「燃ゆる日」をあこがれる。
血を吐くような 倦(モノ)うさ、たゆけさ I am in melancholy and in tiredness like vomitting my blood.
今日の日も畑に陽は照り、麦に陽は照り Today also, the sun shines over fields, and over wheat.
睡(ネム)るがような悲しさに、み空をとおく Because of my saddnes like making me sleepy, the sacred sky is in the far distance,
血を吐くような倦うさ、たゆけさ and I am in melancholy and in tiredness like vomitting my blood.
《感想1》この詩人は憂鬱が嫌いだ。それはそうだ。憂鬱=「倦(モノ)うさ」のため彼は精神的に「血を吐く」。死ぬほどに苦しい憂鬱。彼は死にそうだ。しかし彼は生きることにとどまる。
《感想1-2》だるさ=「たゆけさ」が身体的で、一層耐え難い。「血を吐く」ほどの身体的状態。
《感想1-3》彼は明るさに惹かれる。彼には生きる欲望がある。「畑に陽は照り、麦に陽は照り」、それが彼はうらやましい。「空」に敬意が表される。「み空」だ。だが生き生きした「生」から自分の憂鬱がはるかに「とお」い。彼は「血を吐くよう」だ。
空は燃え、畑はつづき The sky is in fire, fields extend,
雲浮び、眩(マブ)しく光り and clouds float shining brightly.
今日の日も陽は炎(モ)ゆる、地は睡(ネム)る Today also, the sun burns, and the earth sleeeps
血を吐くやうなせつなさに。 becuse of my sadness like vomitting my blood.
《感想2》詩人の「血を吐くやうなせつなさ」は、心底から「燃え」、「眩(マブ)しく光り」、激しい対照と激変の「心の歴史」の再来を願う。彼は今、精神的、身体的に疲れた自分を不甲斐なく思う。
嵐のやうな心の歴史は The stormy history of my mind sleeps
終焉(ヲワ)つてしまったもののやうに far beyond the burning sun,
そこから繰(タグ)れる一つの緒(イトグチ)もないもののやうに as if it came to an end,
燃ゆる日の彼方(カナタ)に睡る。 or as if it had not any beginning where I can make.
《感想3》彼は「嵐のやうな心の歴史」が「終焉(ヲワ)つてしまった」、今や「睡る」と言う。確かに今はそうだ。「血を吐くような 倦(モノ)うさ(※憂鬱)、たゆけさ(※だるさ)」だから。
《感想3-2》だが、大丈夫だ、彼は死なない。なぜなら彼は「燃ゆる日」をあこがれるから。
私は残る、亡骸(ナキガラ)として―― I remain to stay as a dead body ――
血を吐くやうなせつなさかなしさ。 I am in sadness and in loneliness like vomitting my blood.
《感想4》詩を書く限り、彼は死なない。彼は「亡骸(ナキガラ)」だが、堂々と生きて歌う。彼は「血を吐くやうなせつなさかなしさ」のうちで立派に歌う。彼は死なずに歌う。彼は「燃ゆる日」をあこがれる。