(1)中国政治の王道&華夷秩序という世界観:岡本隆司(1965-)(中国清朝研究)
①中国では鄧小平死後の集団指導体制は、中国史では例外的。歴代皇帝の専制が通常。先月の共産党大会での習近平総書記の3時間半もの演説、「独演会」は言わば、中国政治の王道だ。
②18世紀清朝の雍正帝は、後継者の皇太子を生前、明らかにしなかった。周囲が皇太子を「先物買い」し、皇帝自らの権力が弱まることを恐れた。今回、党最高指導部に、後継の次世代の人物が入らなかったのは、同様の理由だ。(習氏が3期目を狙うかどうかは不明。)
③近代中国は、西欧列強や日本の侵略と戦争、新中国建設後の混乱などで、自信喪失が続いた。
④経済発展で力をつけた中国は、覇権主義的になるだろう。
(ア)領土をめぐる一方的主張。
(イ)「周辺国は頭を下げて当然」という大国意識、いわゆる「上から目線」。中華が上位で周辺国の「夷」が「礼」をもって事(ツカ)える華夷秩序という歴代王朝の世界観を引き継ぐだろう。
⑤「嫌中感情」や「中国脅威論」の昨今だが、中国とは隣人としてつき合わざるを得ないので、中国人の物の考え方を知っておけば、無用な衝突が避けられる。
《感想1》
中国の自信喪失は、阿片戦争(1840-42)の敗北に始まる。
その終了は、2010年、中国のGDPが、日本を抜き世界第2位になったときだ。
中国は170年間の汚名をこれから雪(ソソ)ぐはずだ。
周辺諸国に対し、中国は、華夷秩序観的な姿勢を示すだろう。
ただし、まだアメリカがGDP世界第1位なので、その華夷秩序観は東アジアにとどまる。
《感想2》
「東洋的専制主義(oriental despotism)」(モンテスキュー)と「アジア的停滞」が、かつてセットで論じられた。
中国の「専制主義」の伝統は変わらないが、今や、「アジア的停滞」は終わりつつある。
日本は、律令制の時代も「東洋的専制主義」というほど、天皇権力が強くなかった。それも、律令制の崩壊で、消滅した。
日本では、明治期、立憲主義(民主制)がとりいれられ、戦後日本は、ほぼ完全な立憲主義(民主制)だ。
(2)起業ブーム&IT先進国中国:伊藤亜聖(1985-)(中国経済論)
①中国は、ベンチャー企業の企業価値や投資額で、米国に次ぐ世界第2位である。
①-2 例えば深圳では、若者の企業が多い。スマートフォン、ドローン、仮想現実(VR)、ゲノム解析、ITセキュリティー技術、人工知能(AI)など諸分野。
②日本では、中国に対し「貧しい」「パクリ」とのイメージが強い。そういう面は確かにあるが、「安い人件費を武器に2ケタ成長した」のは、今や昔の話だ。
②-2 深圳(シンセン)の企業、DJIはドローンで世界1。スマホの華為技術(ファーウェイ)は根幹の半導体部品を自社開発する高い技術力をもつ。
②-3 国際特許申請数も、2017年、中国が日本を抜く見込みだ。
③2000年代、中国は「世界の工場」と言われ、自動車、複写機、スマホ等あらゆる分野の製品の生産を担った。そこでノウハウを蓄積した人々が、次々と創業していった。
③-2 米大学が行った起業意識調査によると、中国が上位、日本は下位。
③-3 中国では、若者だけでなく、技術者が会社を辞め起業する。
④中国には起業しやすい環境がある。
④-2 売れるかどうかわからない製品でも、爆発的ヒットを期待し、ファンドや投資家が、積極的に投資する。
④-3 起業に対し、政策の後押し(税制優遇・財政支援)がある。元々は若者の就職難対策の面があった。習近平政権は「大衆創業、万衆創新(大衆による起業、万人によるイノヴェーション)」を唱える。
⑤世界の潮流はデジタル化。
⑤-2 IT企業の巨人「GAFA(米グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)」に対抗できるのは、数億人単位のユーザーをもつ中国企業の騰訊(テンセント)や阿里巴巴(アリババ)だ。
⑤-3 ITのある領域では、中国企業が世界で先駆的だ。
⑥日本と中国は、経済発展の段階も人口構造も違うので、直接の比較はフェアでない。
⑥-2 しかし日本と同じく少子高齢化に悩むフランスでも、若者の起業が盛んだ。
⑥-3 中国を含む海外の変化を虚心に学ぶことは、日本にとって有意義だ。
《感想》
日本で「嫌中感情」は強い。
原因は、共産党嫌い、反日教育、中国人観光客のマナーの悪さ、日清戦争以来の中国人侮蔑意識、GDPで中国に抜かれたことへの屈辱感等だ。
しかし中国は隣人であり、かつては日本に「アジア主義」の伝統もあった。
「隣人から、学ぶべきことは、謙虚に学ぶ」のが、日本の発展に役立つ。
「日中友好」の歴史は長く、今も、実現すべき理想であることに変わりはない。
できれば中国と台湾の友好も望む。(ただし政治体制の違いもあり、難しい問題だ。)
(3)「中国はいい意味でも悪い意味でも刺激がいっぱい」:林竹(リンチュー)(1984-)(漫画エッセイスト、東京学芸大大学院留学)
①「小学生のころから日本が大好きです。理由は何といっても漫画。漫画で私の人生は変わりました。」
②漫画エッセーを書く仕事で、この仕事はiPadとWiFi(無線ラン)があればどこでも、仕事発注を受けることが出来る。今年は雲南、イタリア、東京、京都と移動。
②-2 「こういう生き方ができることが、中国の変化を表している気がします。」
②-3 「ありがたいことに親の世代と比べたら、何をやるのもずっと自由になりました。才能で食べていくことができます。」
③中国の政治について:「中国の一般の人は政治には関わりません。共産党員になる人だって、たとえば公務員になったから党員になったほうが仕事にメリットがある、という感じのようです。」
③-2「ただ、政治的に何が問題になるのか、基準が分からないのは気になります。」
③-4 「厳しいネット規制もなんとかしてほしい。表現を仕事にしているのでグーグルもインスタグラムも自由に使いたい。」
④中国のスマホ社会は、世界一だと思う。財布を持たずにご飯、タクシー、クリーニングまで何でもそろう。
④-2 個人情報漏洩が心配だと思うかもしれない。「もしかして」という問題を考え、立ち止まるのが日本。
④-3 中国は、とりあえず始めてみて、問題が起ったら対策を考える。
⑤「中国はいい意味でも悪い意味でも刺激がいっぱい。」これ以上おもしろい国はない。
⑤-2 中国は何もないところから、新しいものを作り始めている国。みんな走って走って、躍動している。
⑤-3 「もっといいマンションに住みたい」「旅行していいホテルに泊まりたい。」中国では、そうした思いが社会の活力になっている。
⑤-4 「中国の欲望に満ちた感じが、たまらなく好きです。」
⑥「現実を変えるのは政治家や革命家じゃない。旅行やグルメなど、それほど経済的に恵まれていない人でも確実に手にいれられる小さな幸せを届けたいと思って、発信を続けています。」
《感想》
日本の漫画・アニメは偉大だ。世界的な普遍性を持つ。学校教育で、漫画が、悪習・愚劣と教師たちに評価されるのが、残念だ。
中国は、確かに変化している。林竹(リンチュー)氏の「こういう生き方ができることが、中国の変化を表している気がします。」との述懐は、真情がこもる。
中国で、政治は鬼門だ。「中国の一般の人は政治には関わりません。」というのは事実だろう。
「中国の欲望に満ちた感じが、たまらなく好きです。」と人生に極めて肯定的だ。なお評者は、人生に悲観的なので、林竹(リンチュー)氏が、うらやましい。
かくて、このように、日本人と中国人は、友好的にコミュニケーション可能なのだから、日本の「嫌中感情」や中国の「反日感情」が、それぞれ減少することを期待する。
《参考文献》「オピニオン&フォーラム:中国の夢と足元」(『朝日新聞』2017/11/8朝刊)