King Diary

秩父で今日も季節を感じながら珈琲豆を焼いている

所詮デジカメ画像

2005年10月13日 23時12分02秒 | 日々のこと
デジカメが修理から帰ってきて、また日常的に持ち歩ける
日々が戻ってきました。
そして、改めて思ったことは、手元に残したい写真は、
デジカメでは撮れないと言うことです。
私の持っているのは、500万画素ですがコンパクトカメラの
半分も絵につやがありません。デジカメの一眼も持っています
が、それが最低限度ですね。手元に残せる絵を撮るということでは。
さてそうした時に、やはり普段からそのデジカメを持ち歩かなければ
ならないのかというと、とてもそんなことやってられません。
元々写真に残したいという欲求自体ははなはだしい欲求なのです。
ネットで多くの人にみてもらいたいとか、自分の記念にしたいとか
そういったことで言えば、一番肝心なのは記録でなくてまず自分で
感動して、心に留めておくことです。それがいずれは、いろんな記憶と
こん倒して混迷して正確な記録でなくなっても、それはそれでいいのです。

写真を撮るために旅行するとか、人に見せるために写真に撮るとか
そんなことよりもまずしっかり見る事が成されていないのです。今まで
私も写真に撮ったことで旅の目的を完了してしまったり、自分がまず
みて十分に触れ味わい感動していないことが間々ありました。
今では、誰でもデジカメを持っている時代ですが、今までみんなが持って
いたコンパクトカメラや写るんですの様なインスタントカメラより、
画像も良くなくて、パソコンで印刷した絵が一年で変色してしまうものを
この先ずっと皆さん続けて撮るのでしょうか。この間の結婚式でも
ほとんどの人が自分のカメラで色々写真を撮っていましたが、それを
ずっと保存する人がいるのでしょうか。すばやく再生できたり、ネット
ですぐ公開できたり、活用方法はたくさんありますが、それが全然
絵的にきれいでないことや、保存性に優れていないことは皆承知なのか
今日はすごく疑問に思いました。
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