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想風亭日記new

森暮らし25年、木々の精霊と野鳥の声に命をつないでもらう日々。黒ラブは永遠のわがアイドル。

好きすぎて、

2009-05-10 16:12:01 | Weblog
「‥‥好きすぎて、あがっちゃって近寄れませんでした。」(サンプラザ中野)
昨日行われた忌野清志郎の葬儀式でのコメント。
親しく声をかけていただいたのに‥、好きすぎて緊張してしまって、近寄れなかった。
近寄れなかったというのは親しくなるほど近づけなかったということだが、
多くの業界関係者の追悼の言葉のなかでこれが一番胸を打った。
利害などかけらもない「純粋な好き」だけの気持ちだからだ。
その分悲しみも深いだろうなあ。
どの業界もどんな仕事をしていても、利害抜きに人とつきあうのはとても
難しいのが現実だ。心のどこかで利することを思ってしまうから好きが
純粋でなくなり、「いい人」が純粋ないいではなくなってしまう。
利害に負けてしまう弱さを否定しつづけ、なのに魅力的だった清志郎への
最高の追悼なんじゃないだろうか。サンプラザ中野は走れ走れという歌声しか
聞いたことがなかったけど、そうかそうかと初めて見直した。

昨晩はスカパーで清志郎のビデオクリップを特集していた。
何度も見たことがあるのにまた見ておまけに録画したりして大忙し。
全国のファンが同じことをしているだろうなあ、青山斎場へ行けない人は
見ているだろうなあと思ったりしながら。
有名人が亡くなって、それがちょっとは知っている人だったりしても、
泣いたことなどないけれど、この一週間はときどきほろほろとなった。
死んだからといって終わりでもおしまいでもないとわかっているが、
泣くのだなあ、悲しいのだなあ、と思いながら涙をぬぐった。
カメにどうしてでしょうね、と尋ねたら
「タカラがなくなったからだよ」と言われた。
清志郎は、そう、宝物だったのだ。


19の時父が死んで、すぐには涙が出ずにしばらくして泣いた。
その涙はその後、十数年涸れなかったので困った。
今は元気な母がいつか死んだら泣くのだろうと思うと、とてもいやである。
けっして泣いたりせずに、サンキューマミーと言いたい。
早く父さんとこへ、行きなさーい、と言って送りたい。
父は母をものすごく叱りつけていたが、本当の気持ちは「一番大事な人」
だと思っていたことをわたしは知っているからである。
一番大事だと思ってくれていることを、生きているうちに知ることは難しい。
伝えあえばいいのに。「愛し合ってるかーい」はそういう言葉だった。

清志郎が生きているときに、まだ元気だったときに5万人のファンが集合して
「激しい雨」を熱唱してほしかった。
そして「あのころの、平和だったころの」ことを大事に思っていると
一緒に叫んでもらいたかった。
死んでから清志郎の願いは少し叶ったのだろうか、なあ‥‥。
なんだか、こういう現実に泣いているのかもしれないなあ。



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