栂尾の上人、道を過ぎ給ひけるに、河にて馬洗ふ男、「あしあし」と言ひければ、上人立ち止りて、「あな尊や。宿執開発の人かな。阿字阿字と唱ふるぞや。如何なる人の御馬ぞ。余りに尊く覚ゆるは」と尋ね給ひければ、「府生殿の御馬に候ふ」と答へけり。「こはめでたき事かな。阿字本不生にこそあなれ。うれしき結縁をもしつるかな」とて、感涙を拭はれけるとぞ。
<口語訳>
栂尾の上人、道をお過ぎなられますに、河にて馬洗う男、「あしあし」と言いませば、上人立ち止って、「あれ尊いよ。宿執開発の人かな。阿字阿字と唱えるぞ。如何なる人の御馬か。余りに尊く覚えるのは」と尋ねられましたらば、「府生殿の御馬にございます」と答えました。「これはめでたき事かな。阿字本不生にこそあれ。うれしき結縁をもしたかな」と言って、感涙を拭われたんだと。
<意訳>
栂尾の上人が道をお歩きになられている途中。
川で馬を洗っている男を見かけました。男は「足、足」と言いながら馬の足を上げさせようとしています。
すると、上人は何を思ったのか、足を止め、馬を洗う男に声をかけられました。
「なんと尊い! きっとあなたは前世で功徳をつんだ方の生まれ変わりなのでありましょうね。馬を洗う時にまで『 阿字阿字』と根源の言葉を唱えておられます。ところで、その馬はどなたの馬なのです? きっとその馬も、尊いお馬様なのでしょう?」
と上人が聞かれますので、男はチンプンカンプンながら答えました。
「府生殿の馬でございます」
「これまためでたい! 『阿字不生』とは! 『阿字』は全ての根源であり、生まれもしなければ滅びもしない。そこまでの悟り。なんとうれしいご縁を結べました事か!」
上人はそう言われて、感涙をぬぐわれたそうです。
<感想>
この段の主役である栂尾の上人。
高山寺をおこした華厳宗の僧で、「明恵上人」がとりあえず本名。
栂尾(とがのお)に住んでたので、「栂尾の上人」ともよばれた。
死に際の奇跡が有名で、奇談も多い。歌も詠む。自選の歌集『遺心和歌集』があり、それを弟子の高信が編集したのものが『明恵上人集』。
栂尾の上人に少しだけ興味を覚えて、少しだけ調べてみたら、こんな歌を見つけた。もう充分、この歌だけで彼のキャラクターはなんとなくわかった。
「あかあかや あかあかあかや あかあかや
あかあかあかや あかあかや月」
原作 兼好法師
<口語訳>
栂尾の上人、道をお過ぎなられますに、河にて馬洗う男、「あしあし」と言いませば、上人立ち止って、「あれ尊いよ。宿執開発の人かな。阿字阿字と唱えるぞ。如何なる人の御馬か。余りに尊く覚えるのは」と尋ねられましたらば、「府生殿の御馬にございます」と答えました。「これはめでたき事かな。阿字本不生にこそあれ。うれしき結縁をもしたかな」と言って、感涙を拭われたんだと。
<意訳>
栂尾の上人が道をお歩きになられている途中。
川で馬を洗っている男を見かけました。男は「足、足」と言いながら馬の足を上げさせようとしています。
すると、上人は何を思ったのか、足を止め、馬を洗う男に声をかけられました。
「なんと尊い! きっとあなたは前世で功徳をつんだ方の生まれ変わりなのでありましょうね。馬を洗う時にまで『 阿字阿字』と根源の言葉を唱えておられます。ところで、その馬はどなたの馬なのです? きっとその馬も、尊いお馬様なのでしょう?」
と上人が聞かれますので、男はチンプンカンプンながら答えました。
「府生殿の馬でございます」
「これまためでたい! 『阿字不生』とは! 『阿字』は全ての根源であり、生まれもしなければ滅びもしない。そこまでの悟り。なんとうれしいご縁を結べました事か!」
上人はそう言われて、感涙をぬぐわれたそうです。
<感想>
この段の主役である栂尾の上人。
高山寺をおこした華厳宗の僧で、「明恵上人」がとりあえず本名。
栂尾(とがのお)に住んでたので、「栂尾の上人」ともよばれた。
死に際の奇跡が有名で、奇談も多い。歌も詠む。自選の歌集『遺心和歌集』があり、それを弟子の高信が編集したのものが『明恵上人集』。
栂尾の上人に少しだけ興味を覚えて、少しだけ調べてみたら、こんな歌を見つけた。もう充分、この歌だけで彼のキャラクターはなんとなくわかった。
「あかあかや あかあかあかや あかあかや
あかあかあかや あかあかや月」
原作 兼好法師