墨汁日記

墨汁Aイッテキ!公式ブログ

40

2005-11-04 21:03:24 | 駄目
 40歳なんて、若い人には未知との遭遇だろうな。
 未知との遭遇すら若い人には理解してもらえない危険性すらある。
 ダウトって感じなんだろーねぇ、俺の言ってる事なんか。
 嘘をついてるつもりはないけど、例えが古めかしくて大きなのっぽの古時計だから、若い人には俺が何を言ってんだか理解不能なんだろうね。
 高校卒業するまで、普通に和式のポットン便所のうちで育った。便所紙なんて最近の人は見た事もないだろう。
 風呂場は全面タイルばりで、風呂は浴槽に二つ穴が開いた、煙突のついたガス風呂。昔のガス風呂は、本気で忘れていると沸騰するまで焚いてくれた。
 桜の樹には、必ず毛虫がわいて、若葉の桜の樹の下は毛虫の死体で紫に染まっていた。
 ガチャガチャは20円で、ノートは50円だった。
 携帯電話なんか影も形も無く、電話と言えば、電電公社のダイヤル式の黒電話か、赤い公衆電話。
 テレビにリモコンすらなく、チャンネルの切り替えはダイヤルでガチャガチャやってた。油断すると白黒で、ビデオデッキは誕生だけはしていたが、一般の家庭に出回ってるものではなかった。
 正月には凧揚げに飽きてゲイラカイトなんか揚げてたな。本気で羽根つきをした事がある。
 昔の小学生男子の半ズボンなんか、現代の短パンみたいな代物だった。髪型も坊ちゃん刈りか、坊主刈りしかなかったしな。女の子は三つ編みかおかっぱだった。
 昔が良い時代だったかどうかは知らんが、俺もじき40才だ。
 まさかパラサイトシングルのフリーターになるなどとは夢にも思ってなかった。


徒然草 第百十三段

2005-11-04 20:05:56 | 徒然草
 四十にも余りぬる人の、色めきたる方、おのづから忍びてあらんは、いかがはせん、言に打ち出でて、男・女の事、人の上をも言ひ戯るるこそ、にげなく、見苦しけれ。
 大方、聞きにくく、見苦しき事、老人の、若き人に交りて、興あらんと物言ひゐたる。数ならぬ身にて、世の覚えある人を隔てなきさまに言ひたる。貧しき所に、酒宴好み、客人に饗応せんときらめきたる。

<口語訳>
 四十にも余る人の、色めいた方、自から忍びているのは、いかにもならない、言葉に打ち出して、男・女の事、人の身の上をも言い戯れるのこそ、似合わず、見苦しくない(?)。
 大方、聞きにくく、見苦しい事、老人の、若き人に交わって、興あろうと物言い至る。数ならない身にて、世の覚えある人を隔てなき様に言う。貧しき所に、酒宴好み、客人に御馳走しようと煌めく。

<意訳>
 四十にもなろう人が色めいたとしても、心に秘めているなら問題はないかな。
 男女の秘め事や、他人の恋愛ごとを四十にもなって喜んで語っているようだと、年相応の知性が無く、見苦しいと感じる。
 見苦しき人。
 若い人に交じって、受けを狙う老人。
 たいした身分でもないのに、有名人を自分の友達の様に語る人。
 金も無いのに宴会を好み、飲み代をおごる馬鹿。

<感想>
 自分を知れ。分をわきまえろ、慎めと言っている。
 これは兼好の美意識が導き出した言葉で、自分への戒めである。けっして他人への教訓などではない。そもそも兼好は他人なんかどうなろうと知ったこっちゃないのである。と、思われるフシがある。
 本当に兼好は、誰に読んでもらおうと徒然草を書いたのだろうか。

原作 兼好法師


徒然草 第百十二段

2005-11-04 01:18:42 | 徒然草
 明日は遠き国へ赴くべしと聞かん人に、心閑かになすべからんわざをば、人言ひかけてんや。俄かの大事をも営み、切に欺く事もある人は、他の事を聞き入れず、人の愁へ・喜びをも問はず。問はずとて、などやと恨むる人もなし。されば、年もやうやう闌け、病にもまつはれ、況んや世をも遁れたらん人、また、これに同じかるべし。
 人間の儀式、いづれの事か去り難からぬ。世俗の黙し難きに随ひて、これを必ずとせば、願ひも多く、身も苦しく、心の暇もなく、一生は、雑事の小節にさへられて、空しく暮れなん。日暮れ、塗遠し。吾が生既に蹉蛇たり。諸縁を放下すべき時なり。信をも守らじ、礼儀をも思はじ。この心をも得ざらん人は、物狂ひとも言へ、うつつなし、情なしとも思へ。毀るとも苦しまじ。誉むとも聞き入じれ。

<口語訳>
 明日は遠き国へ赴こうと聞いた人に、心しずかに成せない技などを、人言いかけるのか。にわかの大事をも営み、切になげく事もある人は、他の事を聞き入れない、人の愁・喜びをも問わない。問わないとて、なんでだと恨む人もない。されば、年もようようたけて、病にもまといつかれ、ましてや世をも遁れたる人、また、これに同じかるべき。
 人間の儀式、いづれの事も去り難くないか。世俗の黙り難いにしたがって、これを必ずとすれば、願いも多く、身も苦しく、心の暇もなく、一生は、雑事の小節にさえぎられて、空しく暮れる。日暮れ、みち遠い。我が生すでに斜陽だ。諸縁を放下すべき時だ。信をも守らず、礼儀をも思はず。この心をも得られん人は、物狂いとも言へ、うつつなし、情ないとも思え。毀るとも苦しまない。誉めるとも聞き入れない。

<意訳>
 明日に遠い国へ旅立つ人や、明日の命も知れない人間に、心を静かにしていられないような事を頼んだり、言ったりする人はいるだろうか。
 自分がやるべき大事な事がある人間や、明日の命も知れない人間は、他人の言葉など聞き入れないし、他人の憂いや喜びを受け入れる余地もない。受け入れないからと、なんでだと恨む人もいないだろう。なら、老人や病人、まして遁世者は、明日、遠い国に旅立とうとしている者と同じ様に生きるべきだろう。
 人の儀式など長ったらしくてつきあってらんない。世間の暗黙の了解に従って生きれば、望みごとばかりが多くなり、忙しく、心も定まらない。一生は雑事の小片にさえぎられ空しく暮れる。日は暮れ、道は遠い、わが人生もすでに斜陽だ。
 諸縁を放棄すべき時だ。
 約束事も、礼儀も関係ない。この心がわからぬなら、気違いとでも、馬鹿とでも、無責任とでも言え。なんと言われようが苦しまないし、誉めようとも聞き入れない。

<感想>
 なんて激しい言葉だろうと思う。

原作 兼好法師