「カレーライス」でググると、約 1,260,000 件のヒットがあった。「ライスカレー」だと、約 50,300 件。
また、「カレーナン」だと約 486 件、「ナンカレー」だと 約 784 件であった。(2006年2月5日20:55現在調べ)
すなわち、日本人の感覚としては、「カレーライス」は「ライスカレー」よりはるかに馴染んでいるが、「ライス」ではなく「ナン」になると、「カレーナン」よりは「ナンカレー」の方が優勢である。
ご飯もナンも、カレーと一緒に食べる時には同じようなものであるのに、これは何故であろうか?
あくまで私見であるが、これは、これらの言葉が、「特徴を表す語+本質を表す語」という構造として我々に捉えられているからではないだろうか。
例を挙げて説明すれば、たとえば「毛布」は、「布」として人間の体を包むのがメインの役割であり、「毛」はその「布」の性質の一部である。また、「電車」は「車」として使うものであり、通常では「電(電気)」として使おうとは考えない。
つまり、カレーの話に戻せば、「カレーライス」と言えば、それは「ライス」の食べ方の一種として「カレー」をかけている、という認識である。また、「ナンカレー」と言うのは、「カレー」の食べ方として「ナン」を用いるのであり、「ナン」の食べ方の一種として「カレー」があるのではない。
カレーをナンにつけて食べるのであるから、本来は「カレーナン」と言うべきである。しかし、我々日本人にとっては「ナン」とはカレーを食べる時しか食べないが、「カレー」はご飯やパンとも一緒に食べるものである。そのため、「ナン」とは「カレーの食べ方の一つ」であり、「カレー」という本質に付属するものとなっているのである。
ならば、「カレー」の修飾語に甘んじているナンも、カレー以外の食べ方が一般化すれば、「カレーナン」としての地位を確立するのではないか。
……長々と、どーでもいーコトを書いてしまった。。
しかし、こうした細かい言葉遣いには、我々の無意識な考え方が反映されていて、考えてみるのも面白いと思う。
また、「カレーナン」だと約 486 件、「ナンカレー」だと 約 784 件であった。(2006年2月5日20:55現在調べ)
すなわち、日本人の感覚としては、「カレーライス」は「ライスカレー」よりはるかに馴染んでいるが、「ライス」ではなく「ナン」になると、「カレーナン」よりは「ナンカレー」の方が優勢である。
ご飯もナンも、カレーと一緒に食べる時には同じようなものであるのに、これは何故であろうか?
あくまで私見であるが、これは、これらの言葉が、「特徴を表す語+本質を表す語」という構造として我々に捉えられているからではないだろうか。
例を挙げて説明すれば、たとえば「毛布」は、「布」として人間の体を包むのがメインの役割であり、「毛」はその「布」の性質の一部である。また、「電車」は「車」として使うものであり、通常では「電(電気)」として使おうとは考えない。
つまり、カレーの話に戻せば、「カレーライス」と言えば、それは「ライス」の食べ方の一種として「カレー」をかけている、という認識である。また、「ナンカレー」と言うのは、「カレー」の食べ方として「ナン」を用いるのであり、「ナン」の食べ方の一種として「カレー」があるのではない。
カレーをナンにつけて食べるのであるから、本来は「カレーナン」と言うべきである。しかし、我々日本人にとっては「ナン」とはカレーを食べる時しか食べないが、「カレー」はご飯やパンとも一緒に食べるものである。そのため、「ナン」とは「カレーの食べ方の一つ」であり、「カレー」という本質に付属するものとなっているのである。
ならば、「カレー」の修飾語に甘んじているナンも、カレー以外の食べ方が一般化すれば、「カレーナン」としての地位を確立するのではないか。
……長々と、どーでもいーコトを書いてしまった。。
しかし、こうした細かい言葉遣いには、我々の無意識な考え方が反映されていて、考えてみるのも面白いと思う。
他にはたこ焼き、豚汁、鰯のつみれなど…。
カレーなら、翌日、またその翌日でも食べれます(笑)
日を置くごとに旨みが増すから、すごい食べ物ですよね。
でも、あまり日を置きすぎると食べられない^^;
わたくし、辛党です。初めてCoCo壱に入った時は、10辛を頼んで、友人に「バカか」と言われました。でも完食!……青春の思い出です。
しかし、カレーって、日本人なら誰しも思い出がありますよね。給食とかキャンプとか合宿とか...etc...
カレーって、やっぱりすごいですよね^^
やっぱり、みんなでお話しながら作れるからかな?
失敗がないっていえば焼肉にはかないませんが。。