道草あつめ

日常思いついた由無し事を、気ままに拾い集めています。

子ども手当と給食費未納問題

2010-01-30 22:18:05 | 政事
子ども手当を未納給食費に充当、首相が検討(読売新聞) - goo ニュース

確かに、給食費未納で開き直っている家庭に対しては何らかのペナルティーがあるべきだという、倫理的な意識は共感できる。
しかし、給食費を払っているかどうかを調べるのにどれだけの手間がかかるかをわかっているのだろうか。
実際問題として、この手法は現実的ではない。

財政赤字の改善のために、無駄の削減が叫ばれている。
このような状況下で、わざわざ役所の仕事を増やすようなことをするのは、逆行としか謂いようがない。
人件費がかさむか、行政サービスの質が落ちるか、どちらかであろう。
愚策としか言いようがない。

だいたい、智慧が感じられない。
各家庭が給食費を払っているかどうかをいちいち確認して、
その結果に応じて子ども手当支給額云々を計算するくらいだったら、
そもそも、公費をつぎこんで学校給食を無料化すれば良い。
もちろん、子ども手当はその分だけ減額する。
これなら給食費を納めたかどうかという問題は消滅するし、
子育てにかかる費用を減らすという趣旨を少しも損ねていない。

この場合の問題は、各学校で学校給食にかかる費用が異なるという点だろうが、
それは、子ども手当を、自治体経由で支給するようにして、
自治体から家庭に支給する際に、その家庭の属する学区の給食費を差し引けば良い。
少なくとも、一家庭毎に給食費納付の有無を調べるよりは遥かに簡明。


まずは学校給食の無料化から手をつけるべきである。
それは「全ての学童に栄養ある食事を」という給食の理念にも適う。

youtubeの新しい使い方

2010-01-29 01:23:55 | 音楽
もう知られている方法かもしれないけれど、
私はさっき気がついた。


前の記事では、MP3Tubeを用いてmp3をアップすると、もれなく「MP3TUBE」のロゴが付いてくるということを書いた。
これは、ホームページのストリーミングにするにはちょっとかっこ悪い。

そこで先程編み出したのが、
youtube画像の埋め込みの際に、画像サイズを決めるタグ「object width="425" height="344"」を、「object width="425" height="25"」に変更するという方法。
つまり、上下の幅を、バーがギリギリ入る程度まで小さくするのだ。
この手法でHTML文書を作成した結果は、画像の通り。
完全にうまくいった。youtubeの部分はバーしか表示されていない。
バーの中にある拡大ボタンを押さない限り、「MP3TUBE」のロゴは見えない。
読み込み・再生ともに正常。5個同時再生すら可能(意味は無い)。

mp3に画像をくっつけてアップして、
かつ画像を見せずに音声だけを聴かせる。
……なんだかいろいろ本末顛倒のような気もするが、
ストリーミングで音楽再生という目的は果たしている。

しかし、
バーだけ5本並んでいるのは、ちょっとシュールで笑ってしまう。

MP3Tube

2010-01-28 14:11:12 | 音楽
演奏会の録音をホームページをアップしようかと考えているのだが、
中には著作権が切れていないものがあるから、ストリーミングにしないといけない。
しかし、調べてみるといろいろと面倒だ。

この話を後輩にしたら、
「mp3をそのままyoutubeにアップできるみたいですよ」
という。

もしそれが可能なら、相当手間は省ける。
そう思って「mp3 youtube」で検索して出てきたのが、
このmp3tube

早速、いくつか試しにアップしてみると、
こうなった。
http://www.youtube.com/watch?v=udxfwLJgNuY
http://www.youtube.com/watch?v=8w6uGloYjDY&feature=channel

なんだ、mp3をそのままアップ、ではなくて、
画像とくっつけて動画ファイルにしているだけか。
しかも、ただのロゴじゃん。色も微妙だし。
どうせなら、くっつける画像も自分のパソコンの中からアップしたい。

もっとも、そうなったら、
こういう便利なサイトに頼らず、自分でちゃんと編集しろ、
という話なのだろう。

墓石とコンクリート

2010-01-27 10:50:45 | 精神文化
春、コンビニの警報ランプの上にツバメが巣を作っていた。
何羽もヒナが生まれて、ぴーぴー鳴いていたのを記憶している。

ある日、一羽のヒナが死んでいた。
そこで、裏のハナミズキの根元に埋めた。

先日、いつものようにコンビニに行くと、
ハナミズキのあった場所に電柱が立っている。
そして、地面はすっかりコンクリートで覆われている。

死体を埋めた時には、
生きているヒナに病気が移らないように、
としか考えていなかったが、
いざコンクリートで覆われてみると、
完全に潰されてしまったんだな、という思いが湧く。

もっとも、彼らから見れば、
我々人間が、死体を埋めた上に墓石を立てるのも、
コンクリートで覆うのと大差ないであろう。
どちらも、死者を地中に固く封印するように見える。


実際、墓石というのは、元々そういう役割を意図したのかもしれない。

かつて、死者というのは、
生前どんなに仲がよく、恨みが全くなくても、
生者、特に身内に祟るものであった。
古代中国の道教では、
「注連」(死者が生者を道連れに引き込む)ということが説かれ、
死者が遺族に害をなさないように様々な儀式が行われていた。

近代的な言葉で表現するならば、即ち、伝染病である。
死体のすぐ近くにいるというのは、衛生上非常に危険な行為である。
特に昔は、火葬をしなかったから、死体から疫病に感染する者も多く、
菌やウィルスを知らない人々は、それを「祟り」「注連」として畏れたのであろう。

故に、
地中深くに埋めるのみならず、上に重い石を置いて封印し、
地上の生者に影響を及ぼさせないようにしたのではなかろうか。

魂の軽さ

2010-01-26 21:02:34 | その他雑記
裏の駐車場に住んでいたノラ猫が、今朝、死んでいた。
市役所に連絡して、引き取ってもらった。
その後どうするのかは詳しく聞かなかったが、
どうも専用の場所があるらしい。

段ボールに入れる際に死体を持ち上げたのだが、
意外と重い。

葬式で人間の死体を持った時も重かった。
動かなくなった死体というのは、生前よりも重く感じるものだ。


「魂の重さは21g」という都市伝説があったが、
私が設定を作るなら、「-21g」にするだろう。
少なくとも、空気よりは体積あたりの重量を軽くする。

「魂魄」という考え方では、
死後、「魂」は天に昇り、「魄」は地に沈むという。
ならば「魂」は空気より密度が低くて然るべきだし、
その方が死体の重さも説明できる。
「魂は天国に行く」という言い方でも、
やはり魂が軽いに越したことはないだろう。



そういえば、まだ見終わっていないが、
「ベンジャミン・バトン」には、人の死が数多く描かれている。
淡々としているが、それがまたリアルに迫ってくる。
どんどん若返る男という数奇な設定というよりも、
周囲の死の方が主題なのだと分かってきた。

話はそれるが、
ブラピは老人を演じている方がハンサムに見える。

もっとそれるが、先日、「Mr. and Mrs.スミス」を見た。
調べてみると、この映画がキッカケで、主演俳優二人は本当に夫婦になったらしい。そして、つい最近破局したとかしないとか。

結婚も浮気も離婚も、生きていてこそである。

粘菌

2010-01-24 17:52:20 | その他雑記
粘菌の特性「交通網整備に」(中国新聞) - goo ニュース
ただ、人間の作った交通網は、一度に体系的に計画して作り始めたものではないというのと、作った後に位置を変えられるものではないから、粘菌に比べるとそもそも条件が悪い。

粘菌というとついついナウシカを思い出す。何となく得体のしれない、我々とは全然違う構造の生き物の代表格のようなイメージ。湿度が高い地域では、ごく稀に、ある日突然庭にどばーっと色鮮やかな粘菌が広がっていることがあるとか。いきなりそんなのを見たら、エイリアンかと思うだろう。実際、『太平広記』などに記述のある「太歳」(地中から掘り出される肉塊)は、巨大な粘菌だったのではないか、という話もある。

しかし、その効率的なシステムはやはりすごい。粘菌コンピュータなるものの構想もあるという。「賢い」という表現は適当ではないだろう。むしろ、一旦どばーっと広がるという絨毯爆撃的な力技を用いて、最終的に最短経路に集約するのだから、余計なことを考える知能がないからこそできるのだと言える。徹底して一つの行動原則を遵守するのだから、迷いや矛盾がなく、一貫したシステムを実現するのではないだろうか。

こんなサイトもある。大学が作ったにしてはしゃれている。
南方熊楠にも見せてやりたいものだ。
粘菌生活

新聞

2010-01-23 00:13:55 | 社会一般
東大総合図書館には、様々な新聞がある。
国内のメジャー紙はもちろん、海外紙もあるから、
毎日図書館に通えば、新聞を購読する必要はない。

中には変なものもある。

例えば、『神社新報』。
1月18日の一面では、「全国初詣人出調査」「全国的な寒波が影響 参拝者は各地で現象」と題する記事が載り、各都道府県の参拝者数と分析を行っている。また、宮中祭事や皇室に関する記事が紙面の多くを占めるのも、なるほど神道というべきか。
しかし、この新聞、読んでいると相当気持ち悪い。旧仮名を使っているのに、新漢字。
例えば、兵庫県の参拝者数について、
「県警本部では警備対象全体での参拝者数を発表してゐない。上位三社では三一○・一(四・○増)」
「ゐ」を使うなら、「對」「體」「數」も使って欲しい。

「天皇陛下には皇族を伴はれ長和殿ベランダから親しくこれにお応へになられた。」(1月11日号)
気持ち悪い気持ち悪い。頼むから「お應へになられた」と書いて欲しい。


一通り眺めて気持ち悪くなった後、
ふと脇をみると『前進』がある。
「国鉄決戦で民主党政権を打倒し プロレタリア革命勝利を開こう」「社保庁525人解雇に怒りの大反撃」
「資本主義を打ち倒す世界史的な激動、大動乱の時代が始まった。日本の階級闘争は……(中略)……労働者階級の死活を決する一大決戦を迎えている。勤労千葉などが呼びかける2・13全国労働者総決起集会まで1カ月だ。5千人結集へ全力で闘おう。本誌新年号の革共同政治局1・1アピールを武器に……(以下略)……」(1月18日号)
すごいすごい。まだあったんだ、こんな新聞。

「危機に立つブルジョアジーの階級意思の凶暴さ」「資本主義とそれを支える労働貴族」「日の丸・君が代」不起立闘争へ 団結と職場支配権を奪い返し 日教組本部・鳩山政権打倒を」「革命の火薬庫・沖縄に火をつけ 民主党・連合政権を打倒しよう」「反帝国主義・反スターリン主義世界革命の勝利へ」
これは凄い。よくできている。よくできているというか、本気だ。

1月1日号を見ても、一貫している。
「マル青労同の黄金時代を築け」「資本主義にとどめ刺せ」「2010年国鉄決戦に勝利し プロレタリア世界革命へ」「スターリン主義によって歪曲されてきたマルクス主義を、労働者の手にとり戻す闘い」

ちなみに、記事はホームページにアップされている。


『三里塚』も一緒に並んでいたけれど、
これもホームページにアップされている。

図書館内に誰か中核派がいると見た。



同じ棚に『解放』も並んでいた。
こちらは革マル派の発行する新聞。
なるほど、バランスは取れている(?)。

以下はその1月18日号。
「1・24労学統一行動に総決起せよ」「われわれは、「オバマジョリティ」に飲みこまれた広島の既成指導部翼下の「反核」運動を乗り越え、米―中・露の新たな革命的反戦闘争を創造するために奮闘しなければならない」「首切り容認の労働貴族を弾劾し 春闘の爆発をかちとれ」「京浜工業地帯のど真ん中から労働運動の危機突破の炎を」「帝国主義打倒! スターリン主義打倒!」

……しかし、『前進』とよく似ている。さすがは元同一会派。



私はいつも思う。
お前らのいつまでも同じことやってる頭の中身にこそ、革命が必要だ、と。

しかし、こういう人たちの存在は、表現の自由のバロメーターでもある。
そして、右翼とバランスを取っているのかもしれない。

少子高齢化は著しく進んでいることと思われるが、
今更転向もできないだろうし、
まぁ、せいぜい頑張って欲しいものでもある。

ハイチに豪華客船

2010-01-22 11:45:24 | 精神文化
地震発生後のハイチでバカンスを楽しむというのは、節操がない。しかし、支援物資を運んで来て、被災を免れたホテル等の現地産業にお金を落として行くのだから、問題は複雑。

一番良いのは支援物資と援助金だけを積んで寄港し、それだけ置いてさっさと帰ることかもしれない。しかし、会社には、旅行を中止した上にそれだけの出費をする余裕はあまりないだろう。客側にその負担を求めることもできない。「プランはキャンセルです。旅行代金の八割は払い戻ししますが、残りの二割を“行ったつもり寄付”に充てます。援助物資を送ります」と言われても、どれだけの人が納得するだろうか。
だから、「寄港は中止して、災害救助にほとんど貢献しない」か「中止せず、被災地に援助物資を運ぶ」の二択にならざるを得ないと思う。

しかし、そうは言っても、
人が大勢死んでいる目の前で、水着で泳いだり遊んだりされると、かなり不快だろう。また、泳いだり遊んだりしている側だって、あまり気持ちの良いものではない。

彼らが来ることによって、その援助物資によって、多くの人たちが助かるのは事実であるが、人間のメンタリティは、そうそう効率的にはできていない。



と、そんなことを考えていたのだが、
よくよく見ると、「ラバディは首都ポルトープランスからは160kmあまり離れている」とのこと。
阪神大震災で言えば、名古屋くらいの位置か。
神戸が酷い惨状になっているからといって、名古屋に観光しに行くツアーが「無神経」とののしられる筋合いはない。

むしろ、それで名古屋旅行がキャンセルになったら、現地産業にはえらい迷惑。

なんじゃこりゃ。
ひどい報道だなぁ。


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「震災ハイチに豪華客船は適当?=「無神経」「経済支援」で賛否」
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201001/2010012000499&rel=y&g=int

ロイヤル・カリビアン社ホームページ
2010年01月15日発信「ハイチ地震によるクルーズ変更はございません」
http://www.royalcaribbean.jp/cruise/rci/info/news.do#news118

元ネタ

2010-01-16 19:12:51 | 精神文化
かなり昔の映画だが、「マトリックス」をようやく見た。

世界観についての発想は非常に面白い。
「桶の中の脳」の思考実験をモチーフにしているようであり、
また、時々、禅から取材した言葉が出てくる。

ただ、ストーリーの展開やラストは、
なんかいろいろツッコミが残って、すっきりしない。


しかし、こういうメジャーなものは、とりあえず見ておく方が良い。
例えば、
鳩山氏のフラッシュ集は何年も前から見てバカにしていたものだが、
今、初めて、vol.13が「マトリックス」に取材したものだと分かった。

やはり、元ネタを知らないと、作者の意図は分からない。

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最近、電車の中の暇潰しに『論衡』を読んでいる。
その中で、語増篇・儒増篇・問孔篇のあたりが非常に面白い。
『史記』や『論語』の記述にいちいちツッコミを入れているが、
そのツッコミ具合が、絶妙に、お笑い。
ラーメンズの「ホコサキさん」系のおかしさがある。

電車内で漢文を読んで笑っている姿は不気味な気がする。
これもやはり、『史記』や『論語』の元ネタを知っていてこそであろう。
注釈付の日本語訳も出ているようだが、
本文と脚注を行ったり来たりしながら読んでも、
王充が意図したテンポの良さは味わえないだろう

外国人参政権

2010-01-15 17:53:03 | 政事
古典的な法理としては、基本的人権と市民権を分けて考え、
参政権は明らかに後者に属する。
基本的人権は国籍に関わらず全ての人間に保障しなければならないが、
市民権については、どの人間を社会の責任ある構成員として認めるか、議論が必要となる。
(もっとも、私自身は自然権思想には懐疑的である。)

ここで、
「在日の人たちは戦時中に云々」とか「人種差別が云々」とかいう文脈で「だから選挙権を認めるべきだ」と論じるのは、
全く別の話だと思う。

しかし、日本できちんとした職業を持って、しっかり税金を払っている外国人を「社会の責任ある構成員」として認めるかどうかとなると、
有意義な議論なのではないかと思う。
少子高齢化による労働人口の減少に伴い、外国人労働者は今後更に増加する。(個人的意見だが、「産めよ増やせよ」で自然増加を図るよりも、既に外国で成人まで育ってくれた人間を引き抜く方が、社会的コストは低く済むし、地球資源の問題としても合理的だと思う。)
その善悪はともかくとして、彼らが社会に於いてウェイトを増していくのは現実に不可避なのであり、
その彼らをどうポジション付けるのかは大きな問題であろう。
塩野史観に拠れば、古のローマはこれで成功して巨大帝国を築き、これで失敗して衰退したという。

一つの考え方としては、「代表無くして課税無し」である。
税金をしっかり納めているのだから、その用途決定について一定の権利を持つべきだ、という考え方。

しかし、一方で、所謂「外国人」のどれだけの人間が長期的な視点で責任を持った行動を取れるかどうか、という問題はある。

もっとも、我々「日本人」自身も、責任感という点ではかなり不安。

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ところで、日本にいる外国人で多数を占めるのは、
韓国人・在日朝鮮人、中国人、日系中南米人、の三者だったと思う。
私の身の回りに、日系ブラジル人等の知り合いは皆無で、
韓国人の知り合いも10人いるかどうか分からない。

とりあえず中国人について言えば、
おそらく、彼らのほとんどにとって、
今回の問題はどうでも良いことなのだと思う。

所得税も住民税も消費税もしっかり払っているのに、
そのお金はというと、
一回あたり数百億円かかる国政選挙に使われ、
選ばれた議員に多額の給料を払い、
議会は政策議論に専念せず、個人献金だとかのスキャンダル追及で時間を潰す。
そういう現状に不満はあるかもしれないが、
だからと言って参政権を欲しいとは言わない。

むしろ、「参政権はいらないから、その分、税金を負けてくれ」と言うだろう。

そういえば、以前の日記で紹介したが、
自国でも参政権は不要、と言う中国人もいた。



そうなると、外国人参政権を認めるのではなく、
外国人については、参政権の代わりに多少の免税措置を設ける、
という選択肢もアリなのではないかと思う。
もちろん、この措置は、「外国人労働者は市民の一員として認めない」という理念を固めるものであり、ややもすれば「一億総田舎者社会」とも言われかねないが、
少なくとも金銭勘定の理屈は今よりも通る。

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「代表無くして課税無し」で思い出したが、
皇族には参政権どころか発言権も全くなかった。
所得税や固定資産税は払ってないだろうが、
相続税は間違いなく数億円単位で払っている。

そして、市民権どころか基本的人権も保障されていない。
まぁ、現人神は人でなし、故に人権は不要ということなのだろう。


私は皇室の事情に疎いが、
生まれながらにして週刊誌に私生活ネタを提供し続ける終身アイドルを務め、
高い教養を披露しながら、政治的に危ない発言は一切しない慎重さを有し、
(少なくとも表面では)常に上品な振る舞いを崩さないあの忍耐強さ、
本当に凄い方々だと思う。

――ニンゲンワザではないと常々思っていたのだが、やはり人間ではなかった。



象徴天皇というのは曖昧な制度であるが、
日本人のほとんどは、賛否は分かれるが、皇室についてある程度の関心と意見を持っている。
謂わば皇族というのは、共通の話題を提供することによって、
国民に(少なくともこの話題に関しては)「日本人」としての意識を持たせ、
精神的なまとまりを持たせているような気がする。
それは、天皇を崇拝する人たちの謂うような「精神的支柱」ではなく、
おそらく、巨大なる「内輪ネタ」としてではあるが。

そして、そういった話題や意図のダシにされることに耐えうる精神力を持った彼らは、
やはり只者ではないと思う。