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フィンキールクロート氏による裏切り LA TRAHISON SELON FINKIELKRAUT

2007-06-15 23:27:50 | 哲学

引き続き LE POINT の記事から、哲学者アラン・フィンキールクロート Alain Finkielkraut さんによる裏切りについての考察 「われわれは裏切りの継承者」 "Nous sommes les héritiers de la trahison." を読んでみたい。

柔軟な姿勢を示してきた左派は、右派が同じように振舞うことに耐えられない。右派の責任者が左派の政府に入った時には、彼は誇りに思い、そして大きくなる。しかし、左派の人が右派政権に入るとその邪悪な精神が顔を出す。それは身を売った者、裏切り者、逆臣、ユダである。なぜなら、左派は犯すべからざる聖なるものだからだ。そして、庶民を富裕層、支配層から守り、すべての局面ですべての不公平と戦う。左派のメッセージは、特権階級が聞こうとしない普遍的な公平である。この際、このメロドラマのシナリオと一度決別して、世界のあり方についての理解を改める必要があるだろう。

今回の選挙でロワイヤルに入れた左派の多くは彼女のプログラムや人柄を支持したのではなく、自分自身やそのイデオロギーへの忠誠心から投票したと私は見ている。不思議な逆転現象であるが、哲学が生まれ、その過程で民主主義が生れるためには、先祖の伝統や善についての見方に意義を申し立てる必要があったのだ。われわれは、「それは何?」 という問により、家族の権威や習慣を否定する精神を受け継いでいる。

哲学者のレオ・シュトラウス Leo Strauss (20 septembre 1899 - 18 octobre 1973) が指摘しているように、民主主義社会には善きものと自分自身のものとの間に緊張関係がある。つまり、考えるということは、ある種の裏切りを意味している。判断し、自ら行動するということは、心を傷つける危険を冒すことである。忠誠心に最高の価値を置くことは、この危険を拒否し、日々の要求を犠牲にして心の安寧を得ることである。彼らの選択を尊重するが、それが長期にわたって有効だとは思わない。とにかく、忠誠心は現実の理解にとって障害になるとは限らず、今回の選挙で明らかなように、非常に矛盾に満ちている。

振り返って見ると、フランスはすべて左派の考え方を持っているが、前を見据える時には希望に溢れていた時の見方に身を置くことは最早できなくなっている。伝統は失われ、揺れ動いている。今日、国家は崩壊しうるもので、必ずしも善とは限らないことがわかってきた。文化は消失しうるもので、注意しなければフランス語の美しさも衰えてしまうことをわれわれは知っている。取り返しのつかない喪失があるのだ。

左派の誤りは、忠告があるにもかかわらず、悲劇に対して無理解であり続け、不安に対して真面目に答えようとしなかったことである (「ポストモダンの爆笑で答えた」 とある)。左派に尊敬に値する謝罪の準備ができている兆候は何もない。彼らは裏切り者を告発しているが、彼ら自身がその最優先の義務を怠っているのだ。それは、人生の意味について共同で討議する過程に貢献することである。

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