フランスに揺られながら DANS LE HAMAC DE FRANCE

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シリュルニク氏による裏切り者 LE TRAITRE SELON CYRULNIK

2007-06-14 23:32:38 | 哲学

昨日の続きで、LE POINT に出ていた精神科医のボリス・シリュルニク Boris Cyrulnik さんのインタビューを以下に。

LP:精神科医にとって裏切りとは?

BC:精神社会学 (psychosociologie) によれば、裏切りはどこかに属しているという感情 (le sentiment d'appartenance) に由来します。子供はその環境、伝統、文化の中で育ちます。そのような背景への信頼を共有することにより、愛着が生れます。この帰属こそ親密な感情を生み、それが非常に効果的な精神安定剤となり、青年になってから探究心を植え付けるのです。

LP:しかし、青年はこの帰属の意識を解き放つものでしょう。それは親への裏切りでは?

BC:もちろん違います。成長するとは、その感情を相対化しなければならないことを自覚することです。半分の人は、問題なくそこに辿り着き、恋に落ち、他の関係を見つけます。他に属するところを見つけるのです。それは裏切りではなく、進化 (évolution) です。母親とは異なる愛し方で妻を愛するのです。

別の愛し方を学ぶためには、親の政治的、宗教的信条を否定することが求められます。それは善き父親に育てられた子供が教会に行くのを拒否するようなことで、それでも親の価値観は尊敬していると言い張ります。しかし、強い信頼感が共有されなくなると両者の関係はうまく行かなくなります。残りの半分はこの過程を歩むのです。

私が共産主義同盟青年団 (Jeunesses communistes) で活動して2年経った16歳の時にルーマニアに行きましたが、そこから困惑して戻ってきました。家にあたたかく招いてくれた私の師や共産主義のインテリ、ユダヤ教徒でない哲学教師に疑問を投げかけました。彼の地の学校教師は、ジュール・ルナール Jules Renard (22 février 1864 - 22 mai 1910) の 「にんじん」 "Poil de carotte" について教える時に、生徒に 「なぜこのような虐待が資本主義社会でしか起こらないのかを説明せよ」 という問題を出さなければならなかったのです。私の驚きは、ユダヤ人のレジスタンスの闘士が疾走したのを私の師は裏切りと見ていたのと同じものでした。今でもはっきり覚えていますが、彼らはこう言ったのです。「そんなことを考えているのなら、お前の居場所はここにない・・・」 と。

LP: 裏切りは全体主義と関係あるということですか。

BC: すべての原理主義は、それが宗教的、政治的、科学的なものであれ、このように作動します。追随主義 (panurisme, suivisme) は完全な服従による感情的、社会的安心を得るものです。そこから外れるものは、どんなに些細なものでも裏切りと見なされます。

LP: しかし、多くの人は原理主義とは関係のない日常で裏切りを感じていますが・・・

BC: そのメカニズムは同じです。私の患者の中に、次のような若いご婦人がいます。夫が飛行機の操縦に熱中していることに、裏切りを感じ我慢できない。自分の嫌いな本を夫が読んでいると、その本を破るところまで行ってしまう。街を歩いていて、連れの男が下着姿のポスターに目をやるのを止めてと言う。これらは全体主義的な愛情 (affectivité totalitaire) です。

LP: 裏切られたという感情と見捨てられたという感情との間に関係はあるでしょうか。

BC: 裏切りを感じるのは傷つきやすさ (vulnérabilité) の証です。充分に強い自分を持っている人は、他人を愛の牢獄のようなところに引き入れる必要を感じません。ユダヤ人虐殺慰霊祭で、親が死んだ上に見捨てられたことを恨んでいる人たちに会ったことがあります。私が彼らの親も生きたかったはずだと言うと、一人の老人が、「そんなことは知ってる。これは論理ではなく、心理的なものだ」 と答えていました。

LP: しかし客観的な裏切りというのはあるのでしょうか。

BC: 真の裏切り者は、何かを奪おうとして愛する振りをする人、ひとの力を利用しようとして誘惑した後、そこから逃げ傷つける人だと思います。真の裏切りと言うには、意図や企みがなければなりません。

LP: 裏切り者は何を感じるのでしょうか。罪悪感 (culpabilité) なのか快感 (jouissance) か。

BC: 罪悪感ということはまずありません。意図を持って行動する真の裏切り者は、むしろ快感を味わうでしょう。

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