東北各地の中でも特に大津波の被害が激甚であった南三陸町に
電話をしました。思いがけず淡路島からの応援で町役場に詰めて
居られる方(石田さん)が電話口に出られました。
ボクが満州から引揚げた先が淡路島。その地の三原高校が母校です。
石田さんは洲本市の出身の方ですが、南あわじ市(ボクが
引揚げたが旧阿万町を含む)からも数名の応援部隊が来ておられる由。
兵庫県代表で頑張って下さいと申し上げました。日赤などに
集まる義捐金がなかなか地元の人々に渡らないそうで、ボクは
直接南三陸町に五十万円を送ることにしました。
テレビで青山繁春さんの熱弁に打たれた結果です。
ボクも神戸での大地震の直撃を食いましたし、小学生五年生で
日本の敗戦を旧満州国で体験。母は36歳でソ連軍侵入の直前に死亡、
父は最前線の部隊に狩り出され不在でした。
艱難辛苦なら人一倍経験しています。住み慣れた家も友人も
すべて失った点で、東北の被災者と共通項を持ちます。
自分で持てるだけの荷物で引揚げだため、アルバム一冊も
持ち帰っていません。哀しいです。
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