「平成側の状況は・・・悪いらしがどの程度だ?」
「詳細は後程書類を渡しますが武官から報告では、
銀座において左派の抗議活動が極めて活発で、
一部で不穏な動きがあり総理の安全に不安を訴えています」
「向こうの野党連合が北京で軍国主義者を一歩たりとも日本に入れない、
と共同声明を発したとの特命大使の吉田から報告されています・・・嶋田さん、また何かやらかしまよ連中」
「だが、それでも行くしかないさ。
元々首脳同士の会談は事前に交わされていた約束だ。
それに俺は元々戦犯役として期待されていたわけだから今更怖くないさ」
「・・・アメリカを下した今この事を言うな、嶋田。
夢幻会の奇人変人連中を纏めるのに必要な人材なのだから」
「随分評価してくれるようで、どうも・・・というか貴方がそれを言いますか近衛さん!?」
――――――昭和20年(1945年) 某料亭
「そろそろか?」
「はい、間もなくお見えになるはずです」
狭間陸将の問いに菅原が答える。
銀座と異世界を繋ぐ2つの古代ローマ風の門の前には、
平成日本と昭和日本の関係者が勢ぞろいしており、門の向こうから来訪する人物を待っていた。
「・・・しかし、嶋田総理か。
我々の歴史の中では評判はよろしくなかった人物だが、
向こうでは対米戦に勝利し、戦後の世界体制を構築しつつある大物政治家とはな」
「外務省の方も当初は我々側の歴史に存在する嶋田繁太郎をイメージしていましたが、
向こうの日本に赴任している部下からの報告では、極めて有能な人物との報告されています」
史実における嶋田繁太郎の評判は非常によろしくない。
保守派、東条の腰巾着、そして敗戦後の晩節を汚す行為。
等と褒められるような要素が何一つなく架空戦記では決まって悪役と表現されている。
だからこそ、あの嶋田繁太郎が総理大臣であり、
空母や航空機の導入を主導するなど山本五十六的なポジションであることに驚愕した。
「だが、大丈夫かね?
私が言うのもアレだが・・・。
彼に対する我々側の世論の受けが非常に悪い。
現にこの門の向こうにある銀座では70年代の学生運動のような状態になっている」
平成の銀座門正面はまたもや人ごみで埋もれていた。
首脳会談のために訪問する嶋田総理を抗議するために多くの左派団体が集結しており、
今の所は警察と公安が秩序を保たせているが、いざ本人が来た瞬間どうなるか?
ハガチー事件のように取り囲まれるような事態も十分考えられていた。
「ええ、正直外務省はその点を理由に乗り気でありませんでした。
しかしそれを踏まえてもなお早期首脳会談を、と向こうの強い要望がありましたから」
「強気だな、我々を信頼している・・・わけではないな。
もしも総理に何かあればそれを理由に外交的に揺さぶりを仕掛けるつもりだな」
「きっとそうでしょう。
何もなければ問題ないのですから、
どちらに転んでも向こうには利があります」
2人して相手の強かさと自分たちの条件の悪さに思わずため息を吐く。
何せつい最近総理が突然の辞任をして交代したばかりな上に、外野からの雑音。
夜盗(野党)連合の足の引っ張りなどと、客人を歓待するどころの話ではななかった。
「銀座駐屯地から外は警察の管轄だ。
自衛隊は何もできない、後は何も起こらぬように神様仏様・・・。
いや、ここは特地だからあの武神ことロウリィ・マーキュリーに祈ってみるとするか」
「では、自分も。
正に現人神ですからね彼女は。
知覚できない神よりもご利益がありそうですね」
狭間陸将の冗談に菅原が笑う。
本当に神がいるこの世界ならご利益は叶う可能性が高く、
日本人らしく「多くの神様の1人」として2人して内心で祈りをささげた。
しばらく祈りを捧げていた時、
帝国の名を冠する日本側の人員があわただしく動き始めた。
狭間陸将の元に官僚の1人が駆け足で近づくと密かに耳打ちする。
「ふむ、来るようだな」
「はい」
狭間陸将は改めて制帽を被り直し、菅原はネクタイを締める。
周囲も同じように身なりを整え始め弛緩していた空気が緊迫する。
そして門の向こうから人影が見えてくる。
少数の軍人と官僚と共にする集団、その中心に彼はいた。
「大日本帝国内閣総理大臣、嶋田繁太郎に、捧げーーーー銃!」
自衛隊の儀仗兵が一斉に捧げ銃をし、
音楽隊が訪問の儀式に威厳を付与するメロディーを流す。
「さあ、始まりだ」
嶋田繁太郎とはどんな人間か、
その目と耳で確認する時が来たと菅原が呟いた。