日本で政治的に左派と呼ばれる人種は絶滅危惧種であった。
60、70年代に活動した人間も高齢化と共に自然消滅しつつあり、
後継者は少なく、掲げるテーマもカビと埃を被り時代と共に忘れ去られるのは必衰と見られた。
一応野党の大半は左派と言われているが、
政治的思想を抜いても立場に見合った知識と責任を放棄した挙句、
身内同士でかつての学生運動時代のごとく内ゲバを繰り広げることに夢中になっていた。
それでもなお保守派を圧迫させる程度の勢力を保てているのは、
メディアの「同志」により「お化粧」を施されたお陰に他ならない。
だが「お化粧」の腕は確かで、
専門家に対し無条件に等しい信頼を抱く日本人の特性も相まって保守派は徐々にその支持を失いつつあった。
だからこそ今が好機だ。
密談を交わす男女の間に声が上がる。
あの軍国主義者が「不幸な事故」で倒れれば、
それをネタに同志たちは保守派を攻めることができる。
無知蒙昧な市民はより思想的に正しい方向へ目覚めるだろう。
しかし、と別の人間が口にする。
仕掛けたのが我々側の人間と知られるのは不味いのでは?
暴力革命の路線は既に放棄して久しく、今更方針を展開するのか?
反動主義者のネットウヨクがここにいるわ!
慎重論を口にした男性を中年女性がヒステリックな声で高らかに非難する。
周囲の人間も男性に対し粘着性を帯びた視線を向ける。
同志諸君。
今は争う時ではない。
反動主義者を総括すべく、
周囲の人間が慎重論を唱えた男性を取り囲んだ時、
中心人物が待ったの声をかける。
慎重論、大変結構。
しかし今は果敢な行動こそが求められている。
そもそも、これは義挙である。
軍国の亡霊は亡霊らしく退治せねばならない。
ゆえに我々は断固たる態度を持ってこの義挙を成功させねばならない。
この演説に周囲から割れんばかりの拍手が沸き上がる。
しかし手段はあるのか?
そんな質問が出るが男は余裕を以て答える。
何、私には頼れる同志がいる。
必要な物は揃えることを約束しよう。
無論、国家の犬どもに露見しない伝手がある。
おお、とどよめきの声が上がる。
具体的な物は後日渡そう。
それまでの間、同志諸君はくれぐれも口を滑らせないように。
そう、例えばあの大学生たちのように軽すぎる口は全てが台無しになってしまう。
ああ、あの。
と嘲笑の声が周囲から発生する。
あの団体は同志でなく文字通りの盾に過ぎないとの認識ゆえの反応であった。
同志諸君。
諸君らの希望は間もなく叶う。
だからこそ、今は耐えるのだ。
異議なし
「馬鹿者ばかりであったな。
日本の・・・いや、帝国のためにせいぜい派手に散ると良い」
一連の会話を聞いたとある男がそう感想を口にした。