視点:リーネ
いつだろうか、姉にあこがれて魔女として軍に志願したのは。
そうだ、バトル・オブ・ブリタニア。欧州最後の防波堤としてブリタニア連邦の孤独な戦いが始まった時だ。
欧州大陸と同じくネウロイに明日にでも蹂躙されると日々不安な生活、空襲警報に怯え防空壕に隠れる日常。
灯火統制のため街は光を失い、物資は配給制へと移行。
身の回りの鉄は軍に供給され、歩けど歩けどカーキー色の兵士ばかり行きかう首都ロンドン。
そんな中、自分はただじっとしていることしかできなかった。
爆弾がが近所に落ちたら学校で反復練習した動作で隠れるほかしない。
いつも周りの人間はリネット・ビショップを優しいとか、いい子とか評価するが知っている。
臆病で引っ込み思案、常に自信が持てないちっぽけな存在だと。
嫌いだった、リネット・ビショップという己が嫌いだった。
自己嫌悪、けど変わろうとせず。
周囲に『いい子』として評価されていることに甘え、変わることを拒んだ。
ただ、当たり前に良家の子女らしく大人しい子として一生を終える以外見ようともしなかった。
変化したのは姉が天空を自由に飛ぶ姿を見てからだ。
家族は魔女の一族としてそこそこ有名で、
母親は第一次ネウロイ大戦で活躍した有名な魔女であったのは知っていた。
しかし空を飛ぶ所は見たことがなく、どんなものか知らなかった。
姉のあの姿は羨ましかった。
まるで天使。
まるで鳥のごとく空を駆ける。
どこまでも、どこまでも高く舞い上がる。
あれになりたい。
初めてだった。
大人の言う事にただ従っているのでなく、成りたい自分に成りたい、と願ったことが。
それからだ、
ほどなくして進学を断りウィッチの訓練学校に進んだのは。
学校生活は軍人になることが前提だったから規律と祖国の忠誠が特に叩きこまれた。
厳しい罰則に厳しい訓練、辛い日々であったが心は満たされていた。
自分から選んだ選択なら何だって耐えて見せる。
何かに変われる自分を信じた。
何かに変わろうとしていた。
訓練学校を卒業して、すぐにここ第501統合戦闘航空団へと配属が決定。
ブリタニアの戦いが火蓋を切った当初から各国のエースを集めた精鋭部隊として有名で聞いた時はしばし驚愕。
顔見知りから祝いの言葉と案ずる声、どれも聞こえない。
自分の実力が認められた嬉しさのあまり何も聞こえなかった。
自惚れだと理解したのはそう時間は掛らなかった。
圧倒的な実力、存在。
比べるのも馬鹿らしいほど両者には溝があるとしか言わざるを得ない。
何より致命的だったのは実戦でまったく訓練で習ったのができなかった。
何度かの捜敵任務で一度もネウロイに遭遇することなく終わったが。
飛行中幾度も緊張、委縮、プレッシャーでバランスを崩し掩機の足を引っ張り。
何もない場所にライフルを誤って撃つ。
「当分、リーネさんは基地で訓練ね。」
帰還後ミーナ中佐にそう述べられる。
瞳は優しさと『しかたがない』という達観が混ざったもの。
悔しかった。
けど、どうしようもない。
所詮自分はこの程度なのだという諦めが心を支配。
鬱屈した感情が溜まり続けて、
宮藤芳佳が現れた。
※ ※ ※
視点:ミーナ
あれから約10分、
最後にレーダーが捉えた情報と哨戒艇、
監視塔等から得た追加情報を元にネウロイを捜索していたがついに見つける。
『見えた、真正面だ!』
先頭を飛ぶ魔眼を発動した坂本少佐が叫ぶ。
彼女が捉えた視界情報は遥か彼方の水平線で水しぶきを上げつつ突き進むネウロイ。
「坂本少佐、ハルトマン中尉、ペリーヌさんはわたしと共に直ちに攻撃にうつりなさい。」
了解、と短く3つ了承の声。
「リネットさん、宮藤さんはここでバックアップをお願いね。」
『はい』『はい!』
新人2人はその場で空中待機に移る。
自然、攻撃組は彼女たちを引き離してゆく。ミーナは首を後ろに回し、遠くに離れてゆく年下たちを見る。
幼さが目立つまだ14歳、それとも一人前の乙女ですでに14歳か。
自分もかつてその年に実戦に参加したが願わくは、彼女たちが引き金を指にする事態にならないことを。
『ミーナ、奴は早いぞ、射程距離にすぐ入る!』
美緒の声に反応、視線を前に戻す。
たしかに速い、しかも低すぎて下からという攻撃の選択肢が阻まれる。
素人的には一見上から打ち放題と解釈可能だがネウロイからすれば攻撃される範囲が事前に知られる。
おまけに超低空、被弾して墜落するさいに仲間に助けられる前に海面に叩きつけられるだろう。
保護魔法があるので衝撃は緩和するがそれでも御免こうむりたい。
「わかってるわ・・・今よ、攻撃開始!」
ミーナの命令一言で4丁のMGから出た鉄の雨をネウロイに降らせる。
例え命中率が全員低くても理論上数撃てば当たる。そして彼女たちはエース、ただのネウロイならば瞬殺されるだろう。
『速いっ・・・速すぎる・・・!!』
美緒、いや坂本少佐の歯ぎしり混じりの通信。
やや遠めとはいえ相対速度が今まで以上に速くてなかなか当たらないのだ。
ミーナは基本戦術である一撃離脱は速度差で無理と判断。
代案を考える。結論、相対速度を零にして張りつく他ない。
「後方に張り付きます、わたしに速度を合わせてください!」
『了解!』『わかりましたわ!』『わかった!』
4つの飛行機雲が海面に向かってカーブする。
超低空での急降下に近いカーブ。さすがベテラン、新人なら海面へぶつけていただろう。
ネウロイからの攻撃はない。毎度の嫌になる量の光線は見なくてすむそうだ。
『当たりなさい・・・!!』
ペリーヌの叫びが合図となって7.92ミリ弾×3と12.7ミリ弾×1で構成された鉄の暴風が再度出現。
海面に無数の水柱が立ち、ネウロイはたまらず回避機動をしようとして速度が僅かに下がる。
そんな絶好の機会をストライクウィッチーズのメンバーは見逃すはずもなく、たちまち命中弾を与える。
後部の推進機関と思しき場所とコアがあった場所に着弾してコアが露出。
明らかに速度が低下して駄目押しとばかりにコアに再び着弾、動きが鈍る。
残り一歩だ、いける。そう誰もが勝利の女神を確信したが。
『分離した!?』
エーリカが驚きの声を上げる。
経験したことがない、まさかトカゲの尻尾切りをネウロイがするなど誰もが想像できなかった。
ネウロイは急激に加速、離脱にうつる。
ウィッチーズは逃がしてたまるかと、切り離した後部を避けてから食らいつくが徐々に離されてゆく。
最大戦速を以てとしてもだ。
『っ・・・なんて速さですの!?』
目測で時速700キロは超えると思われる。
スピード狂のシャーリーでなければ到底追いつけない。
けど彼女はここにはいない。
『くそ・・・宮藤!』
美緒の焦りと自己への叱咤。
ネウロイを防げる物はもう宮藤とリネットのみ。
2人に任せる事態を招くつもりはなかったのも関わらずこのザマにやるせない怒りをぶちまける。
「宮藤さん、リーネさん、お願い。ネウロイがそちらに向かっているわ・・・。」
その怒りについてはミーナも同様で密かに唇を噛み、己の不甲斐なさを攻め立てる。
いっそ連れて来なければ予備がある、と心のたるみができずこの手でネウロイを落としていたのかもしれない。
そう思ったがすぐにミーナは頭を振る。
既に戻りようもない過去に執着して状況が変わるのか?
違うだろ、ミーナ・ディートリンゲ・ヴィルケ。
「いつだって、『こんなはずではなかったのに。』ってばかり、ね。」
ミーナは一人自虐のセリフを吐いた。