「はぁ~~」
遠坂凛が優等生であるのは家系の選ばれた者の独自の空気。
貴族というオーラを身に刻み常に優雅たれ、とする家訓に忠実に従い努力した結果である。
壁があるならそこを乗り越えねばすまない。
諦めたり達観するくらいなら最後まで足掻く、それが自分があることも理解している。
だからこうしてため息の一つも本来ならばするはずもないのだが、
「なーんで、我が家には媒体の一つもないのだろう?」
ため息の原因、それはこれから約数週間にわたる戦争。
英霊を召還してあらゆる願望をかなえる聖杯を巡って戦う聖杯戦争。
そのため英霊を召還する必要があるのだが、
現世と英霊の座を結びつけるアンカーこと召喚すべき英霊の媒体がないことだ。
まさか自分がまだまだ未熟な歳に父との約束を果たす時期が来たこともあるが、
まがりなりともこの戦争に深く関わった遠坂の家に媒体の一つもないとは、と凜は嘆く。
いや、正確にはなくはない。
だがそれは厳重に封印されておりとてもではないが間に合わない。
凜は一瞬1年ほど前に我がものにした舎弟…もとい弟子一号の解析をアテにしようと思ったが、
「……いや、どうせアイツのことだから全力で首を突っ込んできそうだし」
たまたま同じ学校で見つけた赤毛のモグリの魔術使い。
以前から一方的に知ってはいたが実際に話すとああも面倒な性格、自称正義の味方として黙るはずがない。
きっとあの真剣な瞳で真っすぐ自分を見たまま遠坂を見捨てることなんてできない――――。
「ちょ!!うそ――――なんで!!?」
居間の脇に鎮座している鏡に映った己はこれまた見事に乙女の顔をしていた。
ええい、落ち着きなさい遠坂凛COOLに、いえKOOLになりなさい。
「…………重傷ね」
幾分頭が冷えたがあの阿呆についてはまだ離れない。
八つ当たりに脳内で例の赤毛の少年をガントで追いまわしつつ用が済んだティーセットを片付ける。
そして鏡の前に立ち、服装を整える。
「うん、襟元よし。リボンよし、皺もないし行きますか」
よし、と凜は頷く。
珍しく早起きをしたのだから気分がいい。
ここぞ、という時に現れるうっかりも邪魔も入らなかったし。
では、遠坂凛の優雅な学園生活でも初めて――――。
電話音
「…………」
グッバイ、優雅な朝。さよなら優雅な気分。
この時期に朝から電話してくる奴なんて一人しかいない。
逃げるのだわ。
笑顔がかわいらしく、プリズマな代名詞がつきそうな脳内の天使が囁く。
なお、その姿はなぜか魔法少女のコスプレをした自分だ。
ちくしょう、忘れろマイブラックヒストリー。
電話音
戦わねばなりません、現実と。
なぜか銀髪シスターがニヤニヤと嗤いつつ囁く。
そして、あのスパイシー神父に似てやがると感が囁く。
電話音
「ああ、もう!!!わかったわよ、戦えばいいんでしょ現実と。」
ズカズカ、とお嬢様らしかぬ歩きで電話台に向か、電話を取る。
「もしもし、遠坂です」
「おそいぞ、凛。ふむ、いかんなこんな時間まで鼻ちょうちんを膨らませいているのは」
「生憎これから学校へ行こうとしていた所よ」
「ほう、それは珍しい。また一つ、師として弟子の成長を喜ばねば」
「結構よ」
きっと本当に喜びを表現するために何か送ってくるんだろうな。
そして、嫌がる顔を見てニヤニヤと嗤ったりするんだろうな、この悪徳神父のことだし。
「で、綺礼。アンタはわざわざ嫌がらせ目的のモーニングコールをしてきたの?」
「無論、そのための労力は惜しまないゆえに」
「あ、これから学校にいくからじゃーね、クソ神父」
「待て、聖杯戦争に関する重大な知らせだ。」
米神に青筋を立てつつ電話を本体に置こうとした時に変わらない低い声が聞こえた。
「何よ、監督役は公平じゃなきゃならないんじゃないの?」
「然り、だからこれは後継人ではなく監督役としての連絡だ。
凛、このたびの聖杯戦争のクラス枠は14人となったことをここに伝える」
「ふーん、あっそ。御苦労さま……って!!何よそれ冗談じゃないわよね!!?」
聖杯戦争は基本7人のクラスに分けられた英霊の闘争を以て開始する。
第三次聖杯戦争にはアヴェンジャーという特異な英霊が現れたが召喚された人数には変化はなかった。
なので召喚する人数が大幅に増えたこのたびの聖杯戦争は最高に異常な事態と言える。
「……ねえ、今の今まで聞かれなかったけどなんで?」
「突然のことだったからな、それに2日前連絡をしたが凜はその時、衛宮士郎の家に泊まりこんでいたからな」
「うぐ、」
ここで遠坂家の呪い「うっかり」の発動だー、と脳内テロップが流される。
「それに聞かれなかったからな」
反省した所でシレッ、と最高に頭にくる答えが出された。
なぜか、電話がミシリミシリと音を立てているのは気のせいだろう。
「ほんっっっっと、アンタはいい性格をしているわね」
「ククク、弟子から褒めてもらえると私も嬉しい」
「褒めとらんわぁ!!!」
があ――、とばかり吠える。
優雅たれな家訓よりもこうして喧嘩上等が似合う彼女には我慢の限界だったのだろう。
もっと文句を言いたかったが時間がないことに気づき、フーフーと荒い息を吐きつつ次の問いを投げる。
「クラスは?そんだけあれば新しいクラスの一つや二つぐらいあるのでしょ?」
「ない、と言いたいところだが断言できない。
基本はクラスが重複して召喚されると思われる」
「…………」
クラスの重複。
例えば最強とされるセイバーが2体召喚されるとする。
と、なると最強VS最強の戦いとなりその矛盾がもたらす結果は最悪相撃ちになりかねない。
その結果を変えるとならば古い英霊か戦士として無双を誇る英霊を呼び寄せるしかない。
が、媒体なしの自分ではとてもではないがそんな余裕は存在しない。
召喚してのお楽しみ、というわけである。
「既に10体は召喚された。
急げ凛、魔女の大鍋は煮だしたのだぞ。
それとも、もし臆したのだとするならば今すぐ教会に……」
「生憎、そのつもりはないわ。
重役出勤、というやつよ、今晩召喚するつもりよ。
にしても聖なる杯を魔女の大鍋と例えるなんていい根性しているじゃない?」
魔女の大鍋、とはドイツの諺で大騒ぎや阿寒叫喚を意味する。
元となったのは魔女が大鍋で蛇やたムカデやらを煮だして秘薬を作ることで、そのさいの混沌、断末魔の様相から来ている。
聖職者から魔女狩り以来の敵であり、
異端として裁く最前線にいた言峰綺礼がよりにもよって聖杯をそう例えるのはなかなか皮肉が効いている。
まさか、聖杯が英霊の魂を煮込んで生贄にするものでないかぎり。
「似たようなものだからだ、それより凛。
よい、心構えだ。これなら今は亡き師も喜ぶだろう」
「ふん……!」
早々に脱落した挙句に父親を死なせた野郎が何をほざくか。
等などと不満を露わにすることもなく、既に終わったものとして流す。
「最後に聞くが凛、おまえは一体何を求めて聖杯を望む?」
声の波長は変わらないが一つの重大な問い。
やや、緊張した雰囲気が電話の向こうから流される。
「そこに戦いがあるからよ」
「――――――――」
問いから瞬時に断言。
反応がないのに凛はいぶかしむがやがて返ってくる。
「ク――く、はははは。
そうか、なるほどそういう理由か、
なるほどなるほど、これもまた運命の結果というものか」
「ううっさいわね、確かに魔術師らしかぬ答えだけど何もそこまで笑う事はないんじゃないの?」
「ああそうだな失礼した。
他人の信念を笑うのは聖職者として失格だ、うむ私もまだまだ未熟のようだ」
「よく言うわ、ポッキリその信念を折って絶望する姿に快感を覚える変態神父でしょアンタは」
教会の活動は神の教えを広めることに説法に懺悔、ボランティアと多様な活動をする。
前任者の人柄ゆえかそうした活動を通じてかなりの信者を獲得している。
そしてこの暗黒神父は表向きは、
真面目な神父として活動しており信者の悩みなどを聞いているが、
「迷える羊の心を解体しただけなのだが」
「苦悩とか触れてほしくない話をえぐり出しているだけでしょーが」
このスパイシー神父は懺悔において他人の心をえぐり取るばかり決して『救い』はしないのだ。
虚脱しておぼろげな足取りで教会をさる信徒に気分が高揚した神父の姿なんて一度ならず見ている。
「む、そろそろ計画通りに……そろそろ学び小屋へ行く時間だと思うが」
「え、あ、うそ。もうこんな時間って、ちょっとマテ―――!!!アンタ絶対確信犯でしょ!!!」
「では、よい朝を。」
「二度と掛けて組んなっっっ!!!」
ガシャッッ、と電話を叩きつける。
最後の最後にあのクソ神父にまんまとやられたからだ。
八つ当たりに神父の顔を脳内で妄想しガントを向けたがニヤニヤ嗤って遅刻するとご丁寧に忠告してきた。
実際事実であったのでいつか絶対コロス、と改めて遠坂凛は誓った。