おりおん日記

電車に揺られて、会社への往き帰りの読書日記 & ミーハー文楽鑑賞記

「笑い犬」 西村健

2008年06月23日 | な行の作家
「笑い犬」 西村健著 講談社文庫 (08/06/22読了)

 バブルが終焉を迎え、土地の価値が下落に転じると、甘言を弄して無理やり金を貸し込んだ融資先から、有無を言わせず資金を回収-。多くの銀行員がやったことというよりも、ほとんど全ての銀行が組織的に手を染めたこと。芳賀も、勤務先の銀行に対する功名心から、バブル期には誰よりも熱心に貸し込み、バブルが終わると誰よりも熱心に貸しはがしに取り組んだ結果-脅迫と詐欺で逮捕されてしまう。弁護士のアドバイスを信じて裁判に臨んだが、結局は完全敗訴。そこで初めて、自分がハメられたことに気づく。弁護士は、芳賀だけをスケープゴートにして組織を守りたい銀行とグルだったのです。

 刑期を終えて出所しても、芳賀は、元の勤務先から監視を付けられ、命すら狙われる。なぜ、そこまで、執拗に自分を追うのか-当初は判然としなかったものの、事件に疑問を抱くフリージャーナリストの力を借りて、芳賀は真相に近づく。そして、いったんは、バラバラになってしまった家族が再び絆を取り戻す。-と書くと、この小説は、「銀行がそこまで芳賀を追いつめる理由難なのか」を解き明かすための、一見、普通の推理小説で、最後に、家族話でホロリとさせるホームドラマテイストのように思えますが…実は、そうでもないのです。

 この小説のメインの描写は、芳賀が有罪になってから、刑期を終えるまでの刑務所暮らしに費やされているのです。「もしかして、体験者ですか?」と聞きたくなるぐらい、これが、かなり、リアルで面白い。起床から点呼までの5分間での慌しい着替え&布団片付けの様子とか、昼間の作業中にお手洗いに行きたくなった時の手続き方法、雑居房内での囚人たちの日常会話、運動会の時に特別に配られるお菓子の銘柄、-等々、いずれも、妙に、生々しい。さらに、刑務所内におけるリーダーたちが、いかに、パワーバランスを保つかという知恵の働かせ方も相当なもの。なるほどねぇ-と感心してしまいます。しかし、この脱線部分がなかなかに面白いだけに「これって、いったい、何の話だっけ」と、やや焦点ボケしてしまっているような気がします。

 ミステリーとしての完成度を上げるためには、もうちょっと贅肉をそぎ落としたストーリーにした方が断然いいと思います。ただ、勤務先であった銀行が芳賀を消そうとした理由というのが、意外と、平凡というか…さほど複雑な話でもないので、独自性を出すためには、刑務所内の描写を厚くするしかなかったのでしょうか??? つまらなかったというわけでもないけれど、絶賛するほどでもなく、ちょいオシイという感じでした。



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