おりおん日記

電車に揺られて、会社への往き帰りの読書日記 & ミーハー文楽鑑賞記

「大延長」 堂場瞬一

2013年01月17日 | た行の作家

「大延長」 堂場俊一著/実業之日本社 

 人気・実力を兼ね備えた警察モノミステリー作家として知られる著者ですが…私は圧倒的にこの人のスポーツ小説が好きだ。単なる爽やかな青春小説ではなく、スポーツの裏側にある人の心の描き方が緻密だ。試合そのものの駆け引きとは別の次元での駆け引きに手に汗握ってしまう。

  「大延長」は夏の甲子園の決勝戦が舞台。戦うは、公立の進学校で甲子園初出場の新潟海浜と、西東京地区の強豪校で甲子園常連の恒生学園。この2校の監督は大学野球でバッテリーを組み、それぞれに別の道を歩んだ好敵手同士。海浜のエースと恒生の4番バッターはリトルリーグ時代のチームメート。決勝戦は延長15回でも決着が付かず、引き分け再試合にもつれ込む。

  決着が付かなかった決勝戦の初日から再試合が終了するまでのたった一日に、紙幅の4分の3が費やされているのだが、戦術も、気質も、背負った歴史も知っているもの同士が、相手の心理を読みながら戦う試合の面白さは格別です。海浜は、初出場ながら非凡なエースの力で決勝まで勝ち上がってきたチーム。その海浜の監督が、負けを覚悟しながらも、再試合ではエースを登板させないという決断をするまでの懊悩と、決断したあともなお揺れ続ける心理描写が特に心動かされた。

  近いところでは甲子園での田中将大と斎藤佑樹の投げ合いを彷彿させるのかもしれないけれど… 私はこの小説を読みながら、ずっと松坂大輔のことを思っていました。PLを相手に17回を投げきったあの試合は、今思い出しても鳥肌が立つような素晴らしいピッチングだったけれど… でも、甲子園大会という過剰にフィーチャーされてしまった大会のために彼の持っている潜在力を18歳までに搾り出させるようなことをしなければ、松坂大輔は今も輝き続けていたのではないか。野球ファンの心の内にも、松坂が大リーグで活躍するチャンスを先食いしてしまったような惜しい気持ちが少なからずあるのではないか。

  甲子園で優勝投手となることは輝かしい勲章だけれども、しかし、そこはゴールでなく通過点にすぎない。監督としての実力と名誉とプライドを賭けた戦いでもある決勝戦で、敢えて、エースに投げさせない勇気を持った海浜の監督にアッパレ!

  そして、もう1人、ストーリーを追いながら頭に浮かんだのは日ハムの栗山監督。大リーグ行きを公言していた大谷翔平を口説き落とした彼の心のうちにはどんな思いがあったのだろうか… と思っていたら、なんと、「解説」を書いているのはスポーツキャスター時代の栗山英樹氏でした。なかなか渋い人選!

  野球を見ない人にとってはイマイチ面白みが伝わらないかもしれませんが…野球ファンには重層的に楽しめる、長く記憶に残る名勝負です!