昨日、「女性と貧困」というテーマで、母子家庭を巡るシンポジウムが日弁連主催で開かれました。
あいにく、このシンポには出られなかったのですが、「貧困」が社会的な問題となるなか、母子家庭はいっそう厳しい状況におかれており、それが大きなテーマとなったはずです。
2002年以降の法改正により、児童扶養手当が削減され、生活保護の母子加算が廃止される一方、就労支援及び養育費の支払い確保等により、自立をめざす方向で政策転換がなされました。
母子家庭の現実の生活状態はかなり厳しく、厚生労働省の調査によれば、06年の母子家庭の平均所得は211万9000円で、全世帯平均の37.6%です。
母親の84.5%が働いており、暮らし向きは大変苦しいが48.8%、やや苦しいの40.7%と合わせると89.5%にものぼり、全世帯あるいは高齢者世帯が50%強(これも大変なことですが)であるのに比しても、苦しい状況におかれていることが分かります。
月18万円の収入で、家賃数万円、光熱水費、電話・ケータイ、子どもの教育、衣類や生活雑費などを引いていけば、食費が母と子ども2,3人で一日1000円程度で暮らすことを余儀なくされます。子どもの塾やお稽古には手が回らないでしょう。
離婚事件などに関わる時に、婚姻費用や養育費の計算をするときに、最後、月に光熱水費にあと2000円上げてほしい、3000円上げてほしい、という攻防になることもあります。女性の働く場所が少なく、賃金も安いということもあり、本当に厳しいものです。
ひとり親家庭は、多くの場合好きこのんでなるわけではありません。それなのに、そのような状況に至った片親(多くの場合母親)が子どもをかかえ、生活に苦しみ、子どもを満足に育ててやれないふがいなさに自分を責め、仕事にかけずり回って、本当にボロボロになってしまいます。
このことは、その状態の不幸ももちろんですが、子どもを生んで専業主婦になった女性の主体性を奪います。つまり、離婚して子どもを抱えてやっていくことが不可能だということであれば、何があろうと離婚という選択肢は自分から選ぶことができなくなるわけです。
また、子どもたちは明らかに経済的格差によるハンディーを受けます。もちろん、お金があれば幸せということばかりではなく、厳しい生活の中で得るものもあるとは思います。でも、教育の差になり、進路の差になって現れてくることも多いことは否定できません。
この母子加算や児童手当が一体いくらの支出になっているのでしょうか。
国民の7割以上が反対する定額給付金を決行しながら、このようなこれから育つ子どもに大きな皺寄せをする福祉の切り捨ては、整合性があるのでしょうか。
現在、憲法で保障された生存権(健康で文化的に生きる権利)の侵害であるから、給付廃止の取消を求める訴訟が起こされています。
まずは、国の政策が間違っていると思いますが、それが実施されてしまう以上、人権を守る司法府はその争いに歯止めをかけて、権利を守ってほしいです。それでこそ人権の番人です。
でも、今の司法はあまり期待できません(司法にかかわる者として恥ずかしいですが)。
だったら、私たちひとりひとりが、そのことを広く訴えて、知らない人にも知ってもらい、そして一票でそんなことを許さない政府をつくる議員を選ぶ(日本は、国会で多数を取った政党が内閣を構成する議院内閣制をとっていますから)しかありません。最後は私たちがあきらめないことです。
あいにく、このシンポには出られなかったのですが、「貧困」が社会的な問題となるなか、母子家庭はいっそう厳しい状況におかれており、それが大きなテーマとなったはずです。
2002年以降の法改正により、児童扶養手当が削減され、生活保護の母子加算が廃止される一方、就労支援及び養育費の支払い確保等により、自立をめざす方向で政策転換がなされました。
母子家庭の現実の生活状態はかなり厳しく、厚生労働省の調査によれば、06年の母子家庭の平均所得は211万9000円で、全世帯平均の37.6%です。
母親の84.5%が働いており、暮らし向きは大変苦しいが48.8%、やや苦しいの40.7%と合わせると89.5%にものぼり、全世帯あるいは高齢者世帯が50%強(これも大変なことですが)であるのに比しても、苦しい状況におかれていることが分かります。
月18万円の収入で、家賃数万円、光熱水費、電話・ケータイ、子どもの教育、衣類や生活雑費などを引いていけば、食費が母と子ども2,3人で一日1000円程度で暮らすことを余儀なくされます。子どもの塾やお稽古には手が回らないでしょう。
離婚事件などに関わる時に、婚姻費用や養育費の計算をするときに、最後、月に光熱水費にあと2000円上げてほしい、3000円上げてほしい、という攻防になることもあります。女性の働く場所が少なく、賃金も安いということもあり、本当に厳しいものです。
ひとり親家庭は、多くの場合好きこのんでなるわけではありません。それなのに、そのような状況に至った片親(多くの場合母親)が子どもをかかえ、生活に苦しみ、子どもを満足に育ててやれないふがいなさに自分を責め、仕事にかけずり回って、本当にボロボロになってしまいます。
このことは、その状態の不幸ももちろんですが、子どもを生んで専業主婦になった女性の主体性を奪います。つまり、離婚して子どもを抱えてやっていくことが不可能だということであれば、何があろうと離婚という選択肢は自分から選ぶことができなくなるわけです。
また、子どもたちは明らかに経済的格差によるハンディーを受けます。もちろん、お金があれば幸せということばかりではなく、厳しい生活の中で得るものもあるとは思います。でも、教育の差になり、進路の差になって現れてくることも多いことは否定できません。
この母子加算や児童手当が一体いくらの支出になっているのでしょうか。
国民の7割以上が反対する定額給付金を決行しながら、このようなこれから育つ子どもに大きな皺寄せをする福祉の切り捨ては、整合性があるのでしょうか。
現在、憲法で保障された生存権(健康で文化的に生きる権利)の侵害であるから、給付廃止の取消を求める訴訟が起こされています。
まずは、国の政策が間違っていると思いますが、それが実施されてしまう以上、人権を守る司法府はその争いに歯止めをかけて、権利を守ってほしいです。それでこそ人権の番人です。
でも、今の司法はあまり期待できません(司法にかかわる者として恥ずかしいですが)。
だったら、私たちひとりひとりが、そのことを広く訴えて、知らない人にも知ってもらい、そして一票でそんなことを許さない政府をつくる議員を選ぶ(日本は、国会で多数を取った政党が内閣を構成する議院内閣制をとっていますから)しかありません。最後は私たちがあきらめないことです。
母子家庭には、一応世間の注目は集まるし、行政も対応してくれる(十分かどうかはさておくとして)。
しかし、現在全く見捨てられた状態にあるのが、父子家庭です。女が子育てしながら働くのがきついことなら、男にとってはそれ以上に厳しいことなのです。育児をやりながらでは必然的に仕事にしわ寄せが発生し、それが収入に影響を及ぼす。そんな状況で、女だったら「子供がいるんじゃ、仕方ないか」で済まされることも、男だったら済まされません。下手すればそれだけで馘首されかねない。悲惨の度から言えば、父子家庭の方が上をいくでしょう。
女の人権も結構ですが、男の人権も忘れて欲しくないものです。苦しんでいる父子家庭に援助の手を。